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先制攻撃権限も明記。北朝鮮「核保有国宣言」が中国を追い込む訳

9月7日に始まった最高人民会議で、北朝鮮が核兵器の使用条件などを定めた法令を採択。金正恩総書記は「核保有国としての地位は不可逆」と、非核化の意思がないことを内外に示しました。この事態を長年北朝鮮の後ろ盾の役割を果たしてきた中国はどう見ているのでしょうか。メルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では、著者で多くの中国関連書籍を執筆している拓殖大学教授の富坂聰さんは、「複雑な気持ちで見守っている」と解説。北朝鮮とはもちろん、韓国との関係もこじらせることは避けたい中国の事情を記しています。

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北朝鮮の核保有国宣言で窮地に立たされる中国

中国外交にとっては、アメリカとの対峙とは別の意味で頭の痛い新たな問題が浮上したのではないだろうか。北朝鮮の非核化をめぐる新たな動きだ。今月7日から北朝鮮は第14期最高人民会議第7回大会(=国会に相当)を開催した。そして8日の朝鮮労働党総書記(国務委員長)の金正恩の施政方針演説では、予想通り重要メッセージが発せられた。「北朝鮮の核保有国としての地位は不可逆(=放棄しない)」という宣言だ。

北朝鮮はこの前日、最高人民会議で核兵器の使用条件などを定めた法令(以下、「法令」)を満場一致で採択している。最大の特徴は、「防衛目的での核兵器の先制攻撃の権限が明記された」(シンガポールCAN『アジア・ニュース』9日午後9時)ことだという。

8日の施政方針演説で金正恩は、核を放棄しない理由として、「地球上に核兵器と帝国主義が存在し続け、アメリカやその仲間によるわれわれを陥れる策略がなくならない限り、われわれの核戦略強化の取り組みは終わらない」(同CNA)と力説した。

もう少し詳しく言葉を並べれば、「核兵器はアメリカの脅威に対する自衛のための抑制手段」であり、「核開発に対する国際社会の制裁は朝鮮人民の不満を高めようとするもの」に過ぎず、よって「核は人民の運命であり自衛権を放棄することはない」(韓国KBSニュース 9月9日)という理屈だ。

以前から核保有の権利について強硬に主張してきた北朝鮮だが、今回は非核化だけではなく「そのためのいかなる交渉もあり得ない」と断じた点が目新しいと指摘される。先に引用したKBSの番組に登場する専門家は、「(韓国内には)北朝鮮の政策が変わったら交渉の余地が生まれる、との認識があったが、そのようなことはないと断言したに等しい」と解説していた。

今回の「法令」は、核兵器に関するすべての決定権が金総書記にあると定め明記した。同時に、もし金総書記を中心とした指揮統制システムが敵の攻撃により危機に瀕すれば、自動的かつ即時に敵への核攻撃が断行されることも盛り込まれた。さらに核兵器や大量殺りく兵器による攻撃や危機が差し迫ったと判断された場合。作戦上の必要性が高まったと金正恩総書記が判断した場合には、核兵器の先制攻撃もできると明記したのだ。

前出・CNAは「金正恩総書記が殺害された場合、別の高官が核攻撃を命じられることを示唆している」と報じた。いずれにせよ北朝鮮が核の報復に向けた態勢を整えてきたことは間違いないようだ。韓国政府は「引き続き北朝鮮の完全非核化を推進する立場」とKBSは報じたが、一方で「北朝鮮の7回目の核実験が迫っている」との見立ても伝えている。

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興味深いのは、北朝鮮が今回の「核開発継続宣言」を行った背後に、現在の国際情勢を「好機」ととらえていることが挙げられることだ。金正恩は演説のなかで、「われわれはいまの局面を軍事力を強化する機会にしてゆく」と述べている。こうした北朝鮮の動きを、中国は当然のこと複雑な気持ちで見守っている。

最も引っかかっているのは、いうまでもなく「7回目の核実験の可能性」だ。これを実行されれば、さすがに中国の立場も難しくなる。そもそも中国は北朝鮮の核保有にネガティブであった。隣国が核兵器を持ち自国の優位が失われることを喜ぶ国はないのだから、これは当然だ。さらに北朝鮮に対抗し韓国が核武装に走り、日本までが核武装を議論し始めるとなれば、それこそ中国にとっては最悪の展開だ。

そんな未来の話をしなくとも、難題はすぐにでも降りかかる。北朝鮮の核武装を「中国が容認した」と韓国が受け止めれば、同国との間に不協和音が生れることは避けられないからだ。米中対立が激化し、アメリカからの経済的なプレッシャーが当面収まらないと予測されるなか、ハイテク分野における協力関係で韓国の存在は不可欠である。

またナンシー・ペロシ米下院議長が台湾を強行訪問した後の韓国の対応や、一貫して対中包囲網への参加に慎重な姿勢を取り続けている韓国の態度に、中国は少なからず安堵し信頼を寄せてきた。その韓国に冷や水を浴びせかけるような対応はできないが、かといって北朝鮮との関係をこじらせるのも得策ではないのだ。

結局、中国が採ったのは「存在を消す」ことだった。金正恩が演説した当日の中国の反応は、まるでこの問題に触れるのを避けるかのようであったのだ。午後7時の中国中央テレビ(CCTV)の『新聞聯播』は、トップニュースで習近平が北朝鮮の建国74周年を祝う電報を金正恩に送ったことをトップニュースとして伝えた。

そこでは「朝鮮人民は経済発展と民生改善において新たな成果を収め続けるとともに、新型コロナとの闘いにおいて成功を収めた。良き同志、良き隣人、良き友人として、我々はこれを心から喜ばしく思う。金総書記と朝鮮労働党による指導の下、朝鮮人民は必ずや朝鮮の社会主義事業の推進において新たな発展を実現し、新たな段階へ踏み出すものと信じる」と金正恩をほめあげている。

人民日報傘下の国際情報紙『環球時報』は従来、北朝鮮の核武装に厳しかった。しかし今回は最高人民会議の開催に触れた記事で、朝鮮中央通信社の報道を引用し、「法令」についてはごく簡単に解説しただけであった──
(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2022年9月11日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)

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image by:Attila JANDI/Shutterstock.com

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1964年、愛知県生まれ。拓殖大学海外事情研究所教授。ジャーナリスト。北京大学中文系中退。『週刊ポスト』、『週刊文春』記者を経て独立。1994年、第一回21世紀国際ノンフィクション大賞(現在の小学館ノンフィクション大賞)優秀作を「龍の『伝人』たち」で受賞。著書には「中国の地下経済」「中国人民解放軍の内幕」(ともに文春新書)、「中国マネーの正体」(PHPビジネス新書)、「習近平と中国の終焉」(角川SSC新書)、「間違いだらけの対中国戦略」(新人物往来社)、「中国という大難」(新潮文庫)、「中国の論点」(角川Oneテーマ21)、「トランプVS習近平」(角川書店)、「中国がいつまでたっても崩壊しない7つの理由」や「反中亡国論」(ビジネス社)がある。

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