式典当日にも会場周辺で賛成派と反対派が衝突するなど、国を二分する形となってしまった安倍元首相の国葬。なぜ一国の宰相を務めた人物の国葬は、ここまで賛否両論がぶつかり合うものとなってしまったのでしょうか。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では著者で米国在住作家の冷泉彰彦さんが、国民から国葬に対する大きな反応が出てきた理由を考察。その根底にあったのは、様々な不信感と不安感でした。
※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2022年9月27日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。
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日本の「国葬騒動」と韓国の「ろうそくデモ」が酷似している理由
今回の国葬騒動に関しては、左右対立というのでもなく、とにかく先月に私が述べたように、韓国のろうそくデモのセンチメントに近い「何か」を感じるのです。その「何か」の正体ですが、反対する心情の奥にあるのは、「国家に依拠したい」が「自分の国家観に合わないものには反発」するという反射的行動です。その奥には恐らくは自覚されていないものかもしれませんが、2つの問題があるように思います。
1つは、自分の人生も生活も、そして国家の盛衰ということでも「こんなはずではない」という非常に広範で本質的な不満の感覚です。
もう1つは、その不満の感覚の原点を探って、根本から解決する道筋の見えなさということです。
この2つが、社会に対する不満と不安として強い渦巻を形成しているわけです。ろうそくデモとの酷似というのはそういう意味です。
もう少し具体的に下ろしてみると、世論の深層にはパラドックスが更に複雑に入り組んでいるようです。
「英語ができればグローバル世界に対応できるのはわかる。でも、そこまでの距離は遠い。ひたすら日本の教育を恨む」
「解雇規制を解除して、働かない中高年を追放してチャンスも賃金も現役世代に分配してほしい。だが、規制緩和されたら自分の身も危ないかもしれない」
「ワクチンへの賛否、マスクへの賛否など生存本能の直感的な反映から、社会は分断されている。できれば双方が多様性として共存するのが美しいが、問題の本質からは共存が難しい。自分の日々の振る舞いの中で衝突リスクを回避するのが精一杯」
「大卒で大企業の総合職正社員という階級にしがみつかないと、家族を維持するような年収にはならない。だが、仮にしがみついても泥舟なら一緒に沈む」
「機会均等などなく、学歴と超日本的なコミュ力で階層選別がされるのはおかしい。新卒段階で階層固定がされるのもおかしい。だが、その社会を変える方法論は分からないし、現在のゲームのルールで上を目指すしかない」
「自分も他人も、無理をすると人間は壊れる。壊れた人間に巻き込まれないリスク管理と、自分が壊れない自己管理の必要性が、ゲームのルールを更に複雑にしている」
「その意味で孤立はリスクだが、他者というのも大きなリスクになりうる。経験則からは、家族という概念への信任も手元からこぼれ落ちつつある」
などといった、極めて本質的な「危機」を多くの人が抱えているのだと思います。そして、問題は、政治がその「人々の抱えている危機」つまり「自分が不幸のどん底に突き落とされる」恐怖と、同時に「日本がこのまま衰退スピードを加速して自分の不幸が掛け算的にマイナスに振れていく」恐怖というものを、全く理解していないということです。
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もっと言えば、孤立とかメンタルの問題というのも、成熟社会の病理に衰退社会の下降が重なって重篤化しているわけです。政治にはその危機感を感じ取る能力がないし、期待もされていないというシステムとしての絶望もあるのかもしれません。
たぶん、多くの人が気づいているのだと思いますが、現在、岸田政権が支持率低下を恐れているのには理由があります。国政選挙は向こう3年はないので、安泰のはずでしたが、来年2023年4月には統一地方選があるわけです。このまま支持率が30%を割っていると、有権者は地方選挙では「簡単に浮気する」ので、自分等が惨敗する危険があります。
そうなると、党の地方組織はガタガタになる、その一方で無償ボランティアを供給していた某団体には頼れない、ということで国会議員を含めた全組織が浮足立ってしまうわけです。つまり、国政に関する選択肢があり、それを間違ったので下野するのではなく、他に選択肢はないのに不人気が極端になるということで、内部から崩壊してしまう危険があるのです。
そこで問題になるのが、政権の受け皿です。前世紀の宮沢政権崩壊、あるいは今世紀初頭の麻生政権崩壊の際には、曲がりなりにも受け皿がありました。ですが、今はもうありません。このメルマガの読者の方が鋭く指摘されていたように、外国勢力に浸透を許した自民党には「極端な浅慮」があったわけです。
ですが「高速道路無料化」をすれば消費者が喜ぶだろうと考え、一方でプロのトラックドライバーへの影響は全く考えなかったとか、旧民主党の「浅慮」については、もっと悲惨なレベルです。政権前期は必死になって原発輸出で「成長戦略」などと言いながら、震災の津波被害で全電源喪失事故が起きただけで、世論の風を読んで「原子力平和利用総撤退」を言う。普天間移設を言いながら辺野古反対にも乗っかって論理矛盾に気づかないなど、とにかく政権担当能力がないのが、現在の野党だと思います。
コロナ禍初期には「完全鎖国とサービス業一斉休業命令」で「ゼロコロナ」を実現し、「その代わり徹底的に金をバラまいて補償する」などと言っていたのが、立憲と共産でした。その後の「鎖国政策」はこれに引きずられて行ったという印象もあります。
とにかく、官僚も能力が細っており、自民党も全体を仕切れない、けれども野党にも任せられないし、そもそも反対のための野党という「昔の顔」がまたぞろ復権しているのですから目も当てられません。
そんな中で、様々な不信感と不安感が渦巻く延長で、例えば五輪反対が出てきたのと同じように、今回の国葬に対する大きな反応が出てきたのだと思います。韓国のろうそくデモとの酷似というのはそういった意味です。
国葬より静岡に対応すべきという声もあるようです。ですが、静岡にしても、浄水場の取水口が流木などで塞がれたのを一気に突破するのは、民間業者ではなく、自衛隊の工兵などの仕事だと思います。上水道はライフラインであり、その辺の迅速な判断が行かなかったというのは、県政の大きな問題だと思います。
そもそも、このメルマガで強く訴えていたように、線状降水帯の危険は気象庁の「公式な警報」を待たずしても、雨雲レーダーで時々刻々と変化する様子を見ていれば分かるはずでした。その意味で、県政は後手後手に回った、これは大きな問題だと思います。徹底検証が必要です。
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それはともかく、実行可能で最善手に近い選択肢が提示されない、反対勢力の現実的な統治スキルが許容できる最低ラインを大きく下回っているために、与党が消去法で一択になる、こうした点で英国と日本の政治状況には類似が見られるように思います。
ただ、希望があるとしたら、コロナ禍の後半に差し掛かる中で、そして極端な円安が続く中で、日本の場合は「絶望の共有」という現象が起きていることです。その先には、30年を経てようやくという感じはあるものの、日本社会が変わっていく、あるいは本当に壊死した部分は切り離され、希望だけが残る、そんなゲームの画面上の環境が夜から昼に変わるような曙光の予感がないわけではありません。
安倍晋三氏の国葬というイベントの最大の意味は、それが終わってしまえば、賛否両論の騒動も終わるということです。コロナ禍の出口も、本当に出口に差し掛かったら、正常な経済の中で走り続けていかねばならないということです。
そして、現在の日本社会には、もう過去を清算しないで引きずるような余力は残っていないのかもしれません。その臨界点に達したときに、今でも大卒50%を誇る高度で知的な人口集団を消耗ではなく生産的な方向へ向かわせる、そんな方向転換によって日本の歴史は別のストーリーへと進むのではないかと思うのです。
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