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あまりに幼稚。胡錦涛前国家主席「退席劇」への日本メディアの過剰反応

5年に一度の中国共産党の党大会について、胡錦涛前国家主席が退席する場面の考察に時間と紙幅を割いた日本のメディア。あのシーンを人事への抗議と解釈するのは、「習近平は独裁者」との決め付けがあるためでは?と疑問の声をあげるのは、多くの中国関連書籍を執筆している拓殖大学教授の富坂聰さんです。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では、習近平政治や中国共産党のあり方への理解不足が、既成事実かのような「異例の3期目」「胡錦涛派」などのフレーズを生み出していると、問題提起しています。

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年齢制限という基準は本当に存在していたのか?習近平政治を再考する

5年に一度の中国政治の一大イベント、中国共産党第20回全国代表大会(以下、20大もしくは党大会)が閉幕し1週間が過ぎた。この間、日本のメディアにも大会にからむニュースがあふれた。だが残念なことに、一連の報道のなかでフォーカスされたのが、台湾問題と胡錦涛元国家主席の強制退席劇の2つであったことだ。特に後者は、ネットやワイドショーに限らず、ニュース番組でも大きく扱われた。

テレビは映像中心のメディアであり、ああした動画に反応するのは理解できる。しかし一部の新聞までが、まるで少年探偵団のように侃々諤々と謎解きに参戦する様子をみせられると、さすがに悲しくなった。

胡錦涛がああいう形で退席したことは、華々しいお披露目の場にそぐわないハプニングであったことは間違いない。周囲が慌てていることも伝わってくる。しかし巷間言われるような「李克強総理や汪洋全国政治協商会議主席が最高指導部メンバーから外され、胡春華副総理も冷遇されたことへの抗議」という解説には、首を傾げざるを得ない。

すでに『YAHOO』の原稿でも書いたことだが、胡の体調が、もう5、6年以上前から優れず、海南省の中国人民解放軍301医院海南三亜分院で療養していたことは、一部ではよく知られた話だからだ。

胡錦涛の行動が「人事への不満の表明」と結びつきにくい理由もいくつか挙げた。例えば、「(不満があれば)夏の北戴河会議を含め、元党中央総書記にはいくらでも表明の機会があった」ことや、「元総書記や元政治局常務委員ならば引退後も重要決定に意見をする機会はあり、党中央弁公庁からも閲覧書類が回る」ことだ。

元総書記が本気で習に弓を引くとあらば、あの程度で収まるとは考えにくい。また抗議だったとしたら、なぜカメラがきちんと回っているなかでやらないのかも不明だ。

さらに大きな違和感は、そうしたやり方が決定的に中国共産党(共産党、または党)の文化に合わない点だ。共産党の強みは、権力闘争を内部で消化して表に出さないことだ。その認識は改革開放後の党で共有──趙紫陽という例外はあったものの──されてきた。背景には文化大革命で得た苦い経験があるからだ。

つまり胡があの場で抗議することは党員にとって禁じ手であり、賛同も得られにくい。党内で支持される可能性が極めて低いことを権力のど真ん中にいた元総書記がするだろうか。加えて胡の息子・胡海峰(浙江省麗水市党委員会書記)は習指導部下の現役幹部だ。

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胡海峰は習近平の下で順調に出世をしていて、少し前には習が力を入れるマフィア取り締まりで全国的に知名度を高めるほどの功績を上げ、認められているのだ。胡錦涛が党大会という晴れの舞台で習に赤っ恥をかかせれば息子はどうなるだろうか。それとも胡は、息子の将来を潰してでも、李克強や汪洋、胡春華のために危険を冒したとでもいうのだろうか。さて、こういうことを書き始めると際限なくなるので次に進めたい。

本稿のメインテーマは、習近平政治のメカニズムを日本が本当に理解しているか、否かに焦点を当てることだ。いや、習近平政治どころか中南海の中身を、本当にどれくらい理解できているのか。ひょっとすると既成事実として自然に使われるフレーズ──例えば「異例の3期目」とか「胡錦涛派」という派閥の理解──にさえ疑問の目を向けるべきなのではないかという問題提起だ。

今回の胡の騒動は、背景に「習近平の独裁には党内にも多くの反対がある」という決め付けがある。そのさらに背後には習が強引に独裁体制を築いたとの前提がある。確かに中国の市井の人々の間に同様の反応があることは否定できない。しかし党の中枢が、そうした感覚を共有しているかといえば定かではない。

少し整理しておきたいのだが、習指導部がスタートする時点で、習に独裁を実現する力があったのか、否かである。おそらくなかったはずだ。しかし現実には胡錦涛時代に頻出した「集団指導体制」という言葉は、習指導部のスタートとほぼ同時に消えているのだ。

この矛盾を解くのは公式文書だ。6中全会(中国共産党第19期中央委員会第6回全体会議)の公報や歴史決議などを読む限り、胡錦涛から習近平へと指導者が交代する過程で、意図的に強い力を習に集めたことが説明されている。公報を読み解くための新華社の記事の言葉を引用すれば、以下のようになる。

「中国は30年余りの改革開放を経て国力が増強されていたが、同時に、経済の下押し圧力や貧富の格差、生態環境の破壊、社会矛盾の蓄積など根深い難題にも直面していた。改革も幾つかの阻害が生じており、より科学的なトップダウン設計が必要だった」

歴史決議には、さらに細かく当時の党が抱えていた問題が描かれていて、そうしたことへの対処の必要性も強調されている。この「科学的なトップダウン」が今の形を想定したものかどうかはわからないが、習近平の抜擢と同時に党や軍に大ナタを振るうことが求められていたことは歴史決議にも明記されている──(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2022年10月30日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)

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image by:superjoseph/Shutterstock.com

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1964年、愛知県生まれ。拓殖大学海外事情研究所教授。ジャーナリスト。北京大学中文系中退。『週刊ポスト』、『週刊文春』記者を経て独立。1994年、第一回21世紀国際ノンフィクション大賞(現在の小学館ノンフィクション大賞)優秀作を「龍の『伝人』たち」で受賞。著書には「中国の地下経済」「中国人民解放軍の内幕」(ともに文春新書)、「中国マネーの正体」(PHPビジネス新書)、「習近平と中国の終焉」(角川SSC新書)、「間違いだらけの対中国戦略」(新人物往来社)、「中国という大難」(新潮文庫)、「中国の論点」(角川Oneテーマ21)、「トランプVS習近平」(角川書店)、「中国がいつまでたっても崩壊しない7つの理由」や「反中亡国論」(ビジネス社)がある。

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【著者】 富坂聰 【月額】 ¥990/月(税込) 初月無料 【発行周期】 毎週 日曜日

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