かつてに比べより頻繁に目にするようになった感のある「惨事報道」。しかしこれらの報道は、伝える側にも受け取る側にも注意が求められるようです。今回のメルマガ『モリの新しい社会をデザインする ニュースレター(有料版)』ではジャーナリストの伊東森さんが、惨事報道を巡るさまざまな問題点を取り上げ各々について解説。「惨事報道とメンタルヘルスの関係」を深く掘り下げています。
この記事の著者・伊東森さんのメルマガ
「惨事報道」は、差別も“再生産”する
今年ほど、メディアで「惨事報道」がこれほど流れた1年は、なかったのではないだろうか。惨事報道とは、戦争や災害、あるいは悲惨な社会的状況を伝えるメディア報道のこと。
長引くコロナ禍に加え、芸能人の相次ぐ自殺、「拡大自殺」と称される、日本で起きた悲惨な事件、長期化するウクライナ紛争に加え、今年は安倍晋三元首相の銃撃事件など、心に負荷を与える報道がつづいた。
これら惨事報道に接するときに注意すべき人がいる。過去のトラウマ(心的外傷)体験や、精神疾患を持つ人。そして、幼い子どもたちだ。
惨事報道とメンタルヘルスとの関係を示す研究は数多く存在する。
2001年のアメリカ同時多発テロ事件では、ニューヨークのビルから落下する人をテレビで見ると、PTSD(心的外傷後ストレス障害)や、うつ病になりやすかった。
あるいは、2011年の東日本大震災で活動した災害派遣医療チーム(DMAT)の隊員は、被災地での経験に加えてテレビの災害報道に4時間以上さらされると、ストレス障害のリスクが高まったという。
「災害というと日本では地震や台風などを考えがち。ただ海外では戦争や原発事故、航空機事故も災害に位置づけられる」目白大学の重村淳教授(精神医学)(*1)
とも。
目次
- 惨事報道は、差別も“再生産”する
- 求められるガイドライン
- 求められる「アウトリーチ」型メンタスへルス・ケア
惨事報道は、差別も“再生産”する
近年、日本では無差別殺人・傷害事件が頻発。このような事件は精神医学の領域では「拡大自殺」と言い表す場合もある。ただこのような事件の報道が、差別を生み出す場合も。
京都アニメーションの放火殺人事件では、容疑者に精神障害があったことを多くのメディアが報じた。その結果として、精神障害者の社会復帰を支える「日本精神保健福祉士協会」に対し、
「自分は引きこもりだが、容疑者と違って物事の判断はできる」
「次はうちの子かも」(*2)
との不安な声が多く寄せられたという。このようなことに対し、協会側と報道関係者らが意見交換会を開催。ある精神保健福祉士は、
「病名と犯行との因果関係が明確になっていない段階での報道は控えてほしい」(*3)
と訴えた。
アメリカの犯罪学者J・レヴィンとJ・A・フォックスは、「大量殺人の心理・社会的分析」で、このような犯罪を引き起こす要因を
- 長期間にわたる欲求不満
- 他責的傾向
- 破滅的な喪失
- 外部のきっかけ
- 社会的・心理的な孤立
- 大量破壊のための武器の入手
の6つに分類した(*4)。たた、いずれにしろ、「社会の問題」として、ひとつひとつの問題を乗り越える必要があるだろう。
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求められるガイドライン
世界を見渡せば、事件報道におけるさまざまなガイドラインが存在。
たとえば、複数のメディア業界の専門家が作成したレポート(*5)では、とくに乱射事件報道の留意点を次のようにまとめた。
- 暴力事件の報道は、他者の精神状態や行動に影響を与えうることを把握する
- 被害者を支え、将来の事件を防止するために報道する
- 精神疾患に対する誤解や偏見を深めるような報道は避ける。精神疾患の診断が必ずしも暴力と因果関係があるわけではないことや、精神疾患を抱えながら生活している人の多くは非暴力的であることを明示する
- 事件を単純化したり、センセーショナルに報道することを避ける。暴力行為には複雑かつ複数の動機があることを説明する
- 被害者を非難しない
- 他の人が加害者に共感したり、感化されたりする可能性があるため、加害者についての報道は最小限に留める
- 加害者の写真を過度に拡散しない(ただし加害者が確保されていない場合を除く)
- 加害者の写真と被害者の写真を並べることを避ける
- 映像の使用は繊細かつ慎重におこなう。逆に犯行現場の生々しい映像は使用しない(*6)
求められる「アウトリーチ」型メンタスへルス・ケア
惨事報道による心の対処法としては、まずは適切なメンタルヘルス・ケアが有効であるが、しかし日本のメンタルヘルス障害の有病率は、8.8%とイタリア(8.2%)についで低い水準。
他方、フランスは18.4%、アメリカは26.4%だった。低い有病率の背景には、「スティグマ」ともいう、日本独特のさまざまな社会的偏見が見え隠れする。
これに対処する方法として、たとえば「アウトリーチ」型のメンタルヘルス・ケアが有効だろう。
アウトリーチ(Outreach)は直訳すると、「外に手を伸ばす」ことを意味するが、福祉支援の分野では主に、
「支援が必要であるにもかかわらず届いていない人に対し、行政や支援機関などが積極的に働きかけて情報・支援を届けるプロセス」
のことをいう。
アウトリーチは、メンタルヘルス分野でも近年、注目。たとえば、一般社団法人コミュニティ・メンタルヘルス・アウトリーチ協会が存在(7)。
アウトリーチという切り口で、メンタルヘルス支援ニーズがある人を中心に、社会的孤立状態にある人たちが地域の中で自分らしい暮らしができる社会の実現を目的とする団体だ。
■引用・参考文献
(*1)西日本新聞 2022年7月21日付夕刊
(*2)東京新聞 2022年3月7日付朝刊
(*3)東京新聞 2022年3月7日
(*4)Masahiko Teshima「無差別殺人・傷害事件から考えるメンタルヘルスの問題」Rolling Stone 2022年1月27日
(*5)「Recommendations for Reporting on Mass Shootings」
(*6)「メディアは、惨事情報をどのように報道するべきか?」The HEDLINE 2022年9月15日
(*7)一般社団法人コミュニティ・メンタルヘルス・アウトリーチ協会
(『モリの新しい社会をデザインする ニュースレター(有料版)』2022年11月6日号より一部抜粋・文中一部敬称略)
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