「1」が4つ並ぶ11月11日は中国では「独身の日」。毎年ネット通販大手のアリババが大セールを行い、24時間の売上が日本円で数兆円に及び、日本のメディアも例年その熱狂ぶりを伝えていました。しかし、今年はあまり派手なニュースは聞こえてきません。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では、著者で多くの中国関連書籍を執筆している拓殖大学教授の富坂さんが、上海や北京からの情報として、セールに浮かれて出費額が膨らむのではなく、より現実的になってきていると、買い物の内容の変化を紹介。取引総額は昨年並でもゼロコロナの影響が確かに出ていると伝えています。
この記事の著者・富坂聰さんのメルマガ
いよいよ緩和の日が見えてきたコロナ対策と独身の日の大セールの中身の変化
例年ならば中国全土が大騒ぎをするはずの11月11日。いわゆる「独身の日」だ。このメルマガの読者にはあえて説明する必要はないだろうが、1がから「独身の日」だ。そして90年代の末にネット通販最大手のアリババが大セールを始めたことで、世界的な「大セールの日」となり、毎年凄まじい爆買いの様子がニュース配信されてきた。
ところが今年はなぜか振るわない。日本の新聞の見出しを見ても「中国、熱狂なき『独身の日』 ゼロコロナ政策で消費低迷」とか、「習政権が冷や水浴びせる 中国「独身の日」セール」と、目立つのはネガティブな記事ばかりだ。テレビの報道も大差ない。アリババがGMV(取引総額)を非公開としたことも、熱気の下降に拍車をかけたと考えられている。
変わったのは熱気だけではない。消費者の買い方にも変化が起きていた。とくに注目を集めているのが、中高年の「独身の日」の使い方だ。上海の会社経営者が語る。
「実は今年、我が家は去年の2倍から3倍の買い物をしています。周りの友人と話していても事情は同じみたいです。うちは2万元も買い物をしましたから例年の4倍です」
それならば、やはり中国人の購買意欲は相変わらず旺盛だということになる。だが現実は必ずしもそうではないらしい。謎解きのカギは買い物の中身だという。「今年はみな年間を通して使う消耗品や日用品をまとめ買いする傾向なんだそうです」と語るのは北京のコンサルタントだ。
「今年の『独身の日』は11月11日にスタートしたというよりも、だいたい10月の末から少しずつ始まったというイメージです。そのころから補償金を少しずつ入れて、本番で大きく買う。例えば、1年分の洗剤とかティッシュペーパー、トイレットペーパ─、食用油、醤油などです。置き場所のない家庭にはできませんが、これは一つの流行です。ですから、買い物の狙いは消費を楽しむことではなく、節約なのです」
実際、共同通信は今年の「独身の日」の総取引額が概ね去年並みだったとアリババグループが発表したと報じている。つまり数字だけみれば、過去最高額を記録した昨年と同じで、その数字はコロナ禍を考慮すればまずまずの出来となるはずだ。
しかし、実態はそうではない。前述したように消費の中身が生活用品であれば、1年分の消費を一気に吐き出しただけで、トータルで伸びているわけではないからだ。現実はむしろ冷えている可能性が指摘されるのだ。
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この原因が、少なくとも短期的にはコロナ対策にあるのは間違いない。感染が止まらないことで広がるどんよりした空気。だが、ここにきて中国全土を覆う空気に一条の光が差す出来事が起き、人々が大いに留飲を下げたという。大物が感染対策にものを申したのだ。
かつて南昌蜂起にも参加した共産党初期の大幹部・陶鋳の娘(陶斯亮)だ。彼女は現在の厳しすぎる感染対策を批判する長文の書き込みをネットで発表したのだ。ネットはたちまち大騒ぎとなった。
「陶鋳の娘といえば、いわゆる幹部子弟を意味する「紅二代」の代表的存在。当然、一般人が正論を吐くよりは、ずっと中央には届くでしょう。人々の期待が高まったのも無理からぬところです。そして、それと同じタイミングで党中央からは『厳しすぎる感染対策を見直す』ような発信が続いたのです。だから、『陶斯亮がやってくれた』、『紅二代の力だ』といった反応につながっていったのです。陶斯亮の発信はメディアでもたくさん取り上げられました」(前出・北京のコンサルタント)
余談だが、こういう現象を見れば、日ごろよく言われる「習近平は太子党」という説がいかにいい加減なものかがよくわかる。幹部子弟がみなつながって一つの勢力を形成しているのであれば、紅二代の陶斯亮がわざわざネットで不満を書き綴るまでもなく話は伝わった──習近平に直接電話はできないまでも必ずルートは見つかる──はずだからだ。
さて、その話は一旦横に置くとして感染対策の話にもどして言えば、実際のところ感染対策の緩和──これを緩和と呼んでよいのか否かは迷うところだが──は、陶斯亮の手柄とは言い難い。このメルマガでも何度も触れてきたように、厳しすぎる感染対策は、決して党中央の望んだことではなかったからだ。事実、今年6月の段階で、国務院はわざわざ「行き過ぎた感染対策をするな」と呼びかけている。「なんでもかんでも封鎖すればよいというものではない」という批判は、地方に向けて何度も発せられてきた。
だが、こんな呼びかけをしても地方の暴走が簡単には止まるはずはない。政治的な動機があるからだ。地方をあずかる各地の書記たち(各地の責任者)にしてみれば、やはり感染者を出さないことが第一だ。万が一感染者を出してしまった場合には速やかに「ゼロ」に戻すという以上に手堅い、「上」に向けた最高のアピールポイントは見つからなかったからだ。だが、20大を機にここに大きなメスが入った──
(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2022年11月13日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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