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中国抗議デモの発端、新疆ウイグル「タワマン大量焼死火災」が習近平と中共を追い詰める

新疆ウイグル自治区のウルムチで発生した火災が発端となり、中国全土はおろか世界にまで広がりを見せた習近平政権への抗議デモ。現在は表向き収束し社会生活は平静を取り戻しましたが、異例の3期目政権をスタートさせた習近平国家主席は、自身の権力を盤石なものにすることができるのでしょうか。今回、政治ジャーナリストで報道キャスターとしても活躍する清水克彦さんが、習近平氏が「皇帝」として君臨し続けられるのか否かを考察しています。

清水克彦(しみず・かつひこ)プロフィール
政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師。愛媛県今治市生まれ。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。京都大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得期退学。文化放送入社後、政治・外信記者。アメリカ留学後、キャスター、報道ワイド番組チーフプロデューサーなどを歴任。
著書は『日本有事』(集英社インターナショナル新書)、『台湾有事』『安倍政権の罠』(ともに平凡社新書)、『ラジオ記者、走る』(新潮新書)、『ゼレンスキー勇気の言葉100』(ワニブックス)、『頭のいい子が育つパパの習慣』(PHP文庫)ほか多数。

江沢民元国家主席の追悼を利用した習近平指導部

12月1日、中国の各メディアは、前日死去した江沢民元国家主席(以降、江沢民と表記)の足跡を振り返る追悼ムード一色となった。

「人民日報」など各紙の紙面はモノクロ。中国人が持つ全てのスマートフォンは、白黒の画面に変わり、アリババなどネットショッピングのサイトまでモノクロで見なくてはならなくなった。

極めつけは、12月6日、北京の人民大会堂で営まれた江沢民の追悼集会だ。弔辞を述べた習近平国家主席(総書記。以降、習近平と表記)は、江沢民を「卓越した指導者」と持ち上げたうえで、「動乱に反対し、社会主義を守った」と強調してみせた。

つまり、「国民よ、江沢民の死に対して喪に服せ」「この機に乗じて抗議行動を拡大させるなど到底許されない」と強烈なメッセージを投げかけたのである。

11月26日以降、北京や上海だけでなく中国各地へと拡大した「ゼロコロナ」政策に対する抗議行動。どうしても思い起こされるのは、1989年6月に起きた天安門事件だ。

天安門事件は、胡耀邦元総書記の追悼集会がきっかけとなった。今月に入ってからの習近平指導部の動きは、「同じ轍は踏まない」「追悼の名の下に、何としてでも抗議行動を鎮静化させる」という強い意思を色濃く反映したものとなった。

抗議行動の発端は、ウイグルという因縁の地

今回の抗議行動は、元はと言えば、様々なメディアで報じられてきたとおり、11月24日、新疆ウイグル自治区のウルムチで起こったタワーマンション火災が原因だ。

火災では、逃げ遅れた住民たちが多数犠牲となったが、住民たちが拡散させたSNS、WeChat(微信)を通じて明らかになってきたのが、習近平指導部による行き過ぎた「ゼロコロナ」政策によって、避難と消火活動に支障をきたしたという事実であった。

新疆ウイグル自治区と言えば、イスラム教徒が多い地域だ。中国の歴代の指導部は、ウイグル族の間で独立の機運が高まるのを阻止するため、拷問や虐殺によって、その精神を弾圧し、「天網」と呼ばれる監視カメラで住民の行動を追跡して収容所に送り込み、イスラム文化やウイグルの言語まで捨てさせてきた因縁の地である。

そのような地域で起きた火災による悲劇は、「ゼロコロナ」政策に辟易としている市民、自由に声も上げられないに対する市民たちからの怒りを増幅させ、それが、「習近平下退!」(習近平、辞めろ!)という波となって、中国全土、そして東京やニューヨークなど海外へと拡大したのだ。

習近平指導部に向けられた「抑圧されている」ことへの不満

香港を例に見てみよう。香港では、11月28日、香港中文大学の図書館前で、中国からの留学生を中心に抗議行動がスタートしている。ここは、3年前、習近平指導部の威を借る香港の警察当局に包囲され、2000発を越える催涙弾が撃ち込まれた場所だ。

当時、香港人の学生たちが民主化を求めて立てこもる中、中国人留学生はその行動を批判したばかりか、警察の護衛付きで包囲網から脱出し、香港人学生らの怒りを買った。ところが今回は、中国人留学生が口火を切って抗議行動を始めたのだ。

上海や重慶などの若者と同じく、「白い紙を掲げるだけなら検閲の対象にはなるまい」という考え方から、同じように白い紙を掲げての「白紙運動」が始まったのである。

「香港から隣の広州に入った途端、隔離を余儀なくされる。不便だし文句も言えない」

香港中文大学の教員、小出雅生氏は、「中国の若者たちも、政策の行き過ぎや、自分たちの言動が抑圧されていることを、ようやく自分のこととしてとらえるようになった」と語る。

筆者は、東京で中国人の若者の本音を聞くことができた。11月30日、東京・新宿駅南口で行われた抗議行動を取材したときのことだ。

「私たちはあまりに香港の人たちや新疆ウイグル自治区の人たちに冷たかった。香港でのデモを見て、アメリカなどに煽られているのだと思っていました。でも違いました。私たちも香港やウイグルの人たちと同じように抑圧されていたのです」(中国人女性留学生)

「日本に来て違いを感じたのは、SNSが何の不自由もなく使えるということでした。僕たちが中国で何も知らされないまま、発信もできないまま生きてきたのとは全然違います。ここにいる間だけでも言いたいことを自由に言いたいです」(中国人男性留学生)

一時的には終息へと向かうが…

今回の抗議行動で最も驚いたのは習近平自身であろう。

11月15日~16日、インドネシア・バリ島でのG20首脳会合、そして11月18日~19日、タイ・バンコクでのAPEC首脳会議を無事乗り切り、上機嫌で帰国したところに抗議行動の波紋である。

最初は締め付けを図った。警官隊の動員で抗議行動を徹底的に封じ込め、市民のスマートフォンを逐一確認するなどして抗議行動の芽を摘もうとした。

その後、「ゼロコロナ」政策の成否に言及することなく、規制の緩和にも舵を切った。

上海をはじめとする都市部では、48時間以内のPCR検査の陰性証明がないと、オフィスはおろか、スーパーやコンビニにも入れず、バスや地下鉄にも乗れないといった面倒な状況が続いてきたが、これがうそのように撤廃された。

これに、江沢民死去に伴う政治利用が加わる。中国全土に「喪に服すこと」を呼びかけた習近平指導部は、追悼集会の翌日(12月7日)、全土で新型コロナウイルス対策の規制を大幅に緩和すると発表した。

つまり、習近平は、江沢民の死によって抗議行動鎮静化を練る時間的な余裕ができたばかりか、抗議行動を抑える口実も手にしたことになる。

中国には、古来から、「小事は智によって成し、大事は徳によって成すが、最大事は運によって成す」という言い伝えがある。これに当てはめれば、習近平はまさに「運」で救われたことになる。

筆者の大学院時代の同期で北京在住の清華大学OBは次のように語る。

「清華大学は習近平総書記の母校です。そこでもデモがあり、すぐに鎮静化させるため、学生たちは実家に移動させられました。通話履歴を追跡されたり、スマホのアプリを削除させられたりした学生もいたそうです。今回は、追悼期間などもあって封じ込めに成功しそうですが、抑圧されてきたことへの不満は、いつか爆発しそうな気がします」

習近平は、「皇帝」として君臨し続けられるのか?

今回の抗議行動は、習近平の強権政治に反発し、言論の自由すらない問題を自分のこととしてとらえる若者を大量に生んだ。これが、天安門事件のときのように「民主化」という大きなテーマとリンクし、王丹氏のようなリーダーが登場していたらもっと長期化していたに違いない。

中国の、特にZ世代(おおむね1990年代中盤から2000年代に生まれた世代)を中心にした若者たちは閉塞感を感じている、その矛先は、再び習近平指導部へと向けられる可能性がある。

この世代は5人に1人が就職できていない。中国国家統計局が発表した16~24歳の若年失業率は、2022年7月、実に19.9%と過去最多を更新した。25~59歳の失業率が5%程度であるのと対照的だ。

中国では、16~24歳人口が今後10年程度、増え続ける見通しのため、この先も就活戦線は熾烈な競争になることが予想されるが、現在はそこに新型コロナウイルスの感染拡大と習近平による失政が火に油を注いでしまっている。

大学卒業者の就職先として人気が高いIT業界は、「ゼロコロナ」政策で業績が悪化している。

加えて、習近平が掲げた「共同富裕」に伴う規制強化によって人員削減を進めている企業も多い。つまり、若者だけが憂き目に遭う状況が、習近平の政策によって固定化されつつあるのだ。

10月の中国共産党大会で総書記として3選を果たし、周りを側近やイエスマンで固めた習近平は、形のうえでは、神格化され「皇帝」とも言える絶対的な権力を手に入れることに成功した。

しかし、中国全土に拡がった抗議行動は、思いもよらないところでほころびを生じさせている。

「千丈の堤も蟻の一穴より崩れる」のことわざどおり、「皇帝」の権力は、共産党内部ではなく市民の手のよって脅かされる懸念も抱える。

筆者は、中国問題を考えるとき、いつ、どんな形で台湾統一に乗り出すのかという問題と同様に、市民がいつ「皇帝」に牙を剥くのか、にも注目すべきだと思っている。

とりわけ、来る2023年は、2024年1月に台湾総統選挙、同年11月にアメリカ大統領選挙を控え、様々な動きが出てくる1年になる。習近平が国内をどう落ち着かせ、悲願の台湾統一へと布石を打つのかに着目したいものである。

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清水克彦(しみず・かつひこ)プロフィール
政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師。愛媛県今治市生まれ。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。京都大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得期退学。文化放送入社後、政治・外信記者。アメリカ留学後、キャスター、報道ワイド番組チーフプロデューサーなどを歴任。
著書は『日本有事』(集英社インターナショナル新書)、『台湾有事』『安倍政権の罠』(ともに平凡社新書)、『ラジオ記者、走る』(新潮新書)、『ゼレンスキー勇気の言葉100』(ワニブックス)、『頭のいい子が育つパパの習慣』(PHP文庫)ほか多数。

image by : Xiao Zhou / Shutterstock.com

清水克彦

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