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歴史を動かす米大学「反戦デモ」日本のZ世代が冷笑しかできぬ訳。米国との違い、団塊の責任…いちご白書エモくない問題

子どもを含む民間人に多数の犠牲者を出しているイスラエルのガザ攻撃。これに抗議し、関連企業への投資中止などを求める学生らの反戦デモが全米各地の大学に広がっている。ハーバードやMITなど名門校を含む米国のエリート学生たちは、なぜ逮捕のリスクを冒してまで、コスパもタイパも悪い抗議デモに参加するのか。米国在住作家の冷泉彰彦氏はその背景に、アメリカ映画『いちご白書』(1970)と、日本のフォークソング『いちご白書をもう一度』(1975)に象徴される日米の体験の差、さらに団塊世代とZ世代の関係性の違いがあると指摘する。(メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:米大の学生がデモに走る理由

日本の若者とアメリカの大学生は何が違う?米反戦デモを分析

日本の今の若者世代の空気感からすると、社会問題に関してデモをするというのは、他の意見を見下す敵対行為であり、自分の意見を至上とする唯我独尊ということになるようです。

しかも就職などの制約を覚悟できる一部の特権階級の行動という感覚もあるようで、とにかくある世代から下では、非常にネガティブな印象になっているようです。

その背景には、自己肯定感のレベルがある水準を下回る層をターゲットとした、現状維持勢力のステルス作戦が奏功しているのかもしれません。また、反体制的なカルチャーが全く現状に呼応せずシーラカンス化している問題も指摘できるように思います。

その一方で、アメリカではイスラエルのガザ攻撃による民間人犠牲に憤慨した学生たちによる反戦デモが全国の大学で吹き荒れています。

発端となったのは、ニューヨーク市内のコロンビア大学ですが、現在では、同じNYのNYU(ニューヨーク大学)から、マサチューセッツのハーバード大学、MIT(マサチューセッツ工科大学)、更には評価が急上昇中のノースイースタン大学でも激しくなっています。

コロンビア大学のデモに参加する学生・教職員ら(lev radin / Shutterstock.com)

当然のように、西海岸でも活発化しており、中でも私学の名門USC(南カルフォルニア大学)、そして公立の超名門であるUCバークレーや、UCLAでも多くの逮捕者が出ました。

南部や中西部でも、多くの場合に大学構内はリベラルなカルチャーが多数派ということもあり、ヴァージニア大学(UVA)、テキサス大学のオースティン校などでも逮捕者が出ています。

アメリカの若者たちに根付く「民主主義とデモの伝統」

このようなトレンドですが、突然発生したわけではありません。

また、少数のアラブ系の工作員が意図的に工作したわけでもないと思います。

そうではなくて、アメリカの社会、あるいは若者層の中に「デモ」に関する伝統がある、そのように考えるのが妥当と思います。

1つは、2011年の秋、ニューヨークの金融街「ウォール・ストリート」を「占拠せよ」というスローガンでテント村を作った若者の運動が直接的な記憶のルーツとしてあります。このデモは、ウォール街だけでなく、たちまち全米に拡大して社会現象になりました。

最初は、アンチ・オバマ政権的なニュアンスがあることから、ノンポリもしくは右派の運動かと一瞬思ったのですが、そうではありませんでした。これは、民主党の党内左派の活発化の初めだったのでした。

リーマン・ショック、サンダース現象からアレクサンドリア・オカシオ=コルテスへ

2008年のリーマン・ショック以来の長引く不況の中で、若者の就職事情は厳しい状況が続いている時代でした。

そんな中で、「チェンジ」を掲げて発足したオバマ政権への失望が広がり、若者たちの中に反発心が拡大したのでした。

その根源には、リーマンショックの際に「TARP」という金融安定化政策が取られ、総額7000億ドルの枠組みの中から約2000億ドル(現在のレートでは30兆円強)が金融機関へ注入されたという記憶がありました。

当時の若者達は、そんなカネがあるのなら、俺達に寄こせとか、ウォール街は「ズルい」と言って激怒したのです。

正確に言うと、この2000億ドルのほとんどは「普通株の購入」という形で注入されており、各金融機関が再生した後には「政府は株を売却」しています。

その際にはトータルで差益が出ており、結果的には政府としては儲かっているのです。ですが、若者たちはとにかく「ズルい」ということで怒ったのでした。

その記憶はやがて、2016年の選挙におけるサンダース現象に発展していきます。

ほかならぬ民主党左派の誕生で、その中からはAOC(アレクサンドリア・オカシオ=コルテス)などの次世代リーダーも出てきているわけです。

Z世代の若者たちが共有する「60年代へのノスタルジー」

そうは言っても、現代の民主党左派というのは21世紀の政治運動であり、内容としては環境問題、特に温暖化阻止というテーマがあります。

また、ネット社会におけるプライバシーの問題、そして最低賃金アップや富裕層課税による格差是正などの問題も取り上げています。

選挙の際の運動などは、ネットを駆使して行う世代でもあります。

言い換えれば「Z世代」である若者たちですが、彼らは今回どうしてこれだけ大規模な行動を起こしたのでしょうか。

すでに21世紀に入ってほぼ四半世紀が経過した現在、60年代のベトナム反戦や学園闘争のカルチャーは半世紀以上昔となっているわけです。

冷戦の終了と共に社会主義への憧れも消えて久しい現代に、どうしてという疑問は消えません。

その背景ですが、2つ目の問題として、60年代へのノスタルジーという問題があります。

今のアメリカの若者、特に20歳から40歳ぐらいの世代には、1960年代への漠然とした憧れがあるようです。

今回の「ガザ攻撃反対」にしても、13年前の占拠デモにしても、背景にはこの問題があるように思います。

なぜアメリカの若者層は60年代に“回帰”しているのか

ではどうして冷戦後に生まれた世代、いや、今の大学生に関して言えば「911テロすら知らない世代」に、60年代「回帰」が起きているのでしょうか?

その核には、反戦カルチャーというものがあります。

これは60年代のベトナム反戦のカルチャーが、21世紀初頭の「アフガン・イラク戦争」という「戦時」への反発から広汎に共有されていると考えられます。

その濃厚な記憶が、現在のガザ攻撃への反発につながっています。

つまり、「ガザ(2024)=アフガン・イラク(2001~2021)=ベトナム(1964~75)」という戦争の記憶の連鎖が結ばれることによって、遠い存在であったベトナム戦争の時代への関心が喚起されるわけです。

それがベトナム反戦というメッセージを核に持った60年代のカルチャーへの共感になっています。

ちなみに反戦ということでは、思想的には対極なはずのトランプ主義も、この点では似ています。

今回の件では、アメリカ保守の伝統を利用するために、イスラエルの作戦を支持しているトランプですが、その本質は超孤立主義です。

そのロジックの延長ではあるものの、「反戦」ということでは、トランプ並びにトランプ支持者も同じです。

日本と米国の比較でわかる、若者世代の「意識」の違い

3番目には、世代論の文脈が日本とは異なるという点があると思います。

まず、現在の若者が「団塊世代」に抱くイメージの問題があります。

アメリカの若者は、例えばですが、ヒラリー・クリントンなど、同じ団塊世代でも「リベラル・ホーク」に属する人については、「軍産共同体と結託」しているとして嫌います。

ですが、一般的には団塊世代に対して意外なほどフレンドリーです。

例えば、亡くなったスティーブ・ジョブズがいい例で、彼の伝記を読み、ヒッピー的な天才性にカリスマを感じるという点では、1990年以降に生まれた世代にも幅広い共感を得ていると言っていいと思います。

個々の家庭の中で、平均すると親子の関係が悪くないということもあるかもしれません。

若い日にロックバンドを結成していた祖父が、息子にギターを教えるとか、青春時代の「ハメ外し」の経験談を子供たちに伝えるというような話は結構多く聞かれますし、U2ブルース・スプリングスティーンなどのコンサートには、3世代の観客も多いようです。

団塊世代ではありませんが、例えばテイラー・スウィフトの場合は、母と娘でコンサートに行くというのもあります。

中でも「60年代回帰」の象徴と言えるのが、ビートルズのブームだと思います。

10数年前になりますが、iTunes がビートルズの作品をダウンロード販売を開始した際には、アメリカでは大きなニュースになりました。

そして、現在ではストリーミングを通じて、やはりビートルズというのは巨大な存在感を維持しています。

とにかく、画一化され、規格化された現代の楽曲と比べて、ビートルズの「クラシック」としての価値は不滅だからだという声は依然として大きなものがあります。とりわけ、歌詞の鋭さは現代の若者にもアピールするようです。

日本では「リア充」な若者ほど団塊世代と疎遠に?

今回はコロンビア大学で大規模なデモが発生したことで、60年代のベトナム反戦運動を描いた映画『いちご白書』がある種「再現」された格好となりました。

この映画の主題歌といえば、「サークル・ゲーム」ですが、これを作詞作曲したジョニ・ミッチェルなども、今の若者には人気があります。

ミッチェルは、一時期Splifyから楽曲を引き上げて騒動になったことがありました。

ネトウヨ的な陰謀論のポッドキャストを放置したことへの抗議だったのですが、結局は引き上げが長期化する中で、影響力低下を恐れたのか、今は楽曲が戻されています。

そして、戻ってきてみるとやはり聴取数はものすごいわけです。

楽曲で言えば、”Big Yellow Taxi” が再生数1億7千万で、ビートルズの”Yesterday”が6億という数字と比べても、ミッチェルの人気はかなりと言えます。

どうして団塊世代のカルチャーの影響力が、今の若者にも残っているのかという点ですが、個別の問題として家族の関係の良さのようなものはあると思います。

やや主観的な言い方になりますが、日本の場合は同世代間の「リアル」が充実して「コミュ力」のある人物は親とか祖父母には「むしろ反抗、自立」しているケースが目立つように思います。

アメリカはむしろ反対で、同世代間での人間関係が豊かな人物の場合は、親とか祖父母とかとも良好な関係を保っているケースが目立ちます。

勝利と挫折。日米で真逆な「反戦デモ」の記憶

例えばですが、団塊世代の残した記憶というのも、日米ではかなり違います。

日本の場合は、ベトナム反戦運動というのは敗北の記憶であり、またボートピープル支援などは起きませんでした。つまり一過性の、そして甘酸っぱい敗北の記憶になっています。

外でもない『いちご白書』を扱った日本の楽曲『いちご白書をもう一度』というのが、運動の敗北というだけでなく、成熟は敗北だという腐敗したカルチャーを代表しているのがいい例だと思います。

ところがアメリカの場合に、団塊世代におけるベトナム反戦運動というのは、最終的にニクソンを撤兵に追い込んだ「勝利の記憶」であるわけです。

もちろん、同じ世代でも徴兵されて悲惨な経験をした若者もいます。

ですが、少なくとも反戦の側に立っていた人々には一種の成功体験になっています。これは、徴兵逃れをした場合でもそうです。

例えば、俳優のメル・ギブソンなどの場合は、父親が徴兵を逃れるために米国から豪州に逃げたという個人の物語があり、これに対する反発がありました。

彼が好戦的で愛国的な映画を作ったのは、その反動だと思いますが、これはむしろ例外に属します。

それこそ、クリントン夫妻などはベトナム反戦を戦った中心的な世代であり、そのために、90年代後半には人気を誇ったのでした。

徴兵を逃れたことが傷になっていないということでは、外でもないトランプもその一人です。

その延長で、現在、アメリカのトレンドとなっている「大麻解禁」というのも、最終的に団塊世代のサブカルチャーが勝利している形とも言えます。

米国では「デモ参加者は採用しない」という脅しが通用しない

もう一つ、日本との大きな違いは逮捕歴などが就職には響かないという点です。

まず、逮捕歴を理由に採用を拒むことは法的に禁止されています。

その一方で、今回の一件では、多くの金融機関などは「デモ参加者は採用しない」という脅しをかけています。

ですが、そのように脅している企業に限って、学生たちが「ユダヤ系財閥だ、大学は縁切りを」と非難している企業とカブるので、ほぼ意味はありません。

反対に、シリコンバレー系になると、デモ参加者の持っているカルチャーとはむしろ親和性が出てくるわけです。

基本的に「いちご白書をもう一度」的な日本のカルチャーとはこの辺が全く違います。

そんなわけで、むしろエリート校になればなるほど、この種のデモには熱心になって当たり前という雰囲気が出てきているのです。

そんな中、本稿の時点ではカタールのドーハで行われているガザ和平交渉が大詰めとなってきました。

アメリカではこのニュース、意外なほど扱いが小さく、もしかしたらワシントンのどこかの筋が「デモの影響力」を恐れているのかもしれません。

それはともかく、5日までは「何もかもはハマス次第」と言われていた和平案を、ここへ来てハマスは受諾したようです。

カードはイスラエルに回りました。徹底的にラファ侵攻を進めるとして、一歩も引かないネタニヤフ政権ですが、果たして受諾というカードを切れるのか、まさに、この瞬間に歴史は動くかもしれません。

仮に歴史が動いたとしたら、デモ隊の若者たちの行動は、その動きを後押しした何らかの要素として、歴史に残るかもしれないのです。

※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2024年5月7日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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