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トルコ地震が潰したプーチンとゼレンスキーの直接対話。代わる仲介役は日本しかない理由

16日未明にはウクライナのインフラ施設に対して大規模なミサイル攻撃を行うなど、開戦1年を前に攻勢を強めるロシア軍。そんな中で行われたミュンヘン安全保障会議に世界の注目が集りました。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、この会合でのとある国同士の「偶発的会談」が、ウクライナ戦争の今後を大きく左右するとしてその理由を解説。さらに島田さん自身が日本政府に対して抱いている期待を挙げています。

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プーチン一人も止められず。腰抜け国際社会に役立たずの安全保障会議

いみじくも昨年2月18日から20日に第58回ミュンヘン安全保障会議(MSC-Munich Security Conference)が開催された数日後、ロシアによるウクライナ侵攻が起こりました。

各国の情報機関から「ロシア・ウクライナ国境でロシア軍の動きがみられる」「ロシア政府から警告のようなメッセージが発せられている」「ロシア軍の核兵器戦略軍のアラートのレベルが上げられた」などいろいろな情報が提供され、ロシアによる軍事的な圧力の存在について触れられ、ロシアによる侵略を阻止しなくてはならないとの考えはシェアされたものの、各国の外交・安全保障関係者が集うMSCの場にロシアがおらず(欠席)、危機回避に向けた具体的な策・道筋を示すには至らなかったのが現実です。

この時点では、欧米諸国のリーダーたちは「侵略を行った場合、重大な結果に直面する」(ジョンソン前英国首相)といった警告はしていたものの、「この時代に武力による侵攻など起こすわけがない。ただのブラフだろう」と思い込んでいた節もあり、まだMSCの時点ではロシア・プーチン大統領の意図を読み切れていませんでした。

私も「ロシアの言動はただの脅しであって、国境を越えた侵攻はないだろう」と考えていましたが、その4日後に「あってもウクライナ東部への限定的な攻撃」と思われていたロシアによる軍事行動は、ウクライナ全土に向けた本格的な軍事作戦という形で実行されました。

その後の戦況については繰り返しませんが、この1年の間に「ロシアによる核兵器使用に対する言及と脅し」が繰り返され、世界は久々に核戦争が起こる脅威について意識するようになりました。

ロシア包囲網に穴を開ける自国中心のハイエナ国家たち

またコロナからの復活のために国際的な協調が必要と謳われていたにも関わらず、世界は分断の方向へ進み、先が見えず、緊張感が高まる国際情勢が作り上げられてきました。

そこでは、あまり望ましい形とは思いませんが、ロシアが国際情勢の中心に再登場し、欧米諸国を中心とした反ロシア網の結束を高めると同時に、これを機に欧米主導型の国際情勢に反旗を翻す国々も出てきました。そして、欧米vs.中ロというbig powersからはあえて距離を置き、実利とバランスに基づいて行動を決める3つ目のゆるい国家群が出来上がりました。

どのグループに属していても、ロシアがウクライナへ軍事侵攻を行ったことへの賛意は存在しませんが、欧米諸国とその仲間たちがロシアに課した非常に厳しい制裁を目の当たりにして「次は我が身」と恐れた国も多かったと聞きます。結果として、多くの国々は制裁の輪には加わらず、代わりにロシアと直接、またはインドやトルコ経由でロシアと取引し、先進国でインフレが起こり、物価が上がる中、ロシアからの安価なエネルギーや食糧の供給という実利を選ぶ動きが加速したことで、対ロシア包囲網・制裁に穴が開き、ロシアの延命に寄与するという皮肉な結果につながっています。

「対ロ制裁は効いている」「ロシアは追い詰められている」といった論調をニュースなどでよく目にしたり耳にしたりしていますが、実際にはロシアはまだ戦闘を続け、ウクライナ東部ドンバス地方においては次第に支配地域を拡大する事態も起こっています。ゆえに戦争が長期化し、なかなか解決の糸口が見えないのですが、これは別にロシア軍が健闘しているということではなく、ウクライナを支援する各国からの支援・バックアップがまだロシアを徹底的に追い詰めるレベルに達していないことも理由としてあると思われます。

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ウクライナの懇願に応えるか、プーチンに核ボタンを押させるか

結果として戦争が膠着し長期化しているのですが、今週末に開催される第59回MSC後に、もしNATO各国が予定を前倒しにしてウクライナへの最新鋭兵器の供与を実現するようなことがあれば、戦況が一気に動く可能性があります。すでにドイツ政府とドイツから戦車を供与されているNATO各国は、最新鋭のレオパルト2戦車の供与の前に、レオパルト1型をウクライナに提供する準備に入っているとの情報もありますし、今週、ブリュッセルで行われたウクライナへの支援を話し合う会議でオースティン国防長官が強調したように、春の反転攻勢を実現すべく、さらなる支援が行われるようなことがあれば、膠着状態から抜け出すきっかけになるかもしれません。地上戦が本格化しているウクライナ東部・南部ではという但し書きは付きますが。

ただ残念ながら、戦況に決定的な影響を与えるまでにはならないと考えます。その理由の一つは、ウクライナが懇願している戦闘機の供与は、NATO各国にとってかなりハードルが高いことです。

ゼレンスキー大統領自らワシントンDCやロンドン、パリ、ブリュッセルを訪れて依頼したものの、それぞれの国内での思惑とロシアを刺激しすぎるのではないかとの恐れから、それは実現しそうにありません。ブリュッセルでの支援会議でも話題に上がったと聞きますが、「様々なシナリオ・状況を検討する」とするという形で留まっています。

ロシアがウクライナのインフラ施設を攻撃し、欧米各国からの補給路を断つためにミサイル攻撃をしていますが、それを阻めるのは、防空システムの強化と戦闘機による撃墜と言われているものの、後者については「ウクライナにロシアに対する攻撃性を持たせることに繋がる」という懸念から、「一線を越えることはできないし、すべきではない」という認識に繋がっているようです。

ロシアの核兵器使用のトリガーとなる戦闘機の供与

そして“ロシアを刺激しすぎないように”というラインの裏に必ずあるのが【ロシアによる核兵器使用の可能性】です。

現状では、ロシアが持つ核兵器使用のドクトリンに照らし合わせても、核兵器使用に踏み切る可能性は低い(ほぼない)と考えますが、NATO加盟国がウクライナに対して戦闘機を提供するような決断を下した場合、ロシアにとっては国家安全保障上の脅威が増したと認識され、それが核兵器使用に踏み切る引き金になりかねないと考えられます。そのことは米国も欧州各国も重々承知していると思われることから、戦闘機の供与という要請をあえてスルーしていると思われます。

これまでにウクライナのドローンがロシアの空軍基地を攻撃したり、迎撃ミサイルが誤ってポーランドに着弾したりした際には、米国も英国も戦闘のエスカレーションを恐れて、ウクライナ政府に対して厳重注意を加えたと言われていますが、ウクライナ側がその懸念とメッセージを理解しているのか、それとも意図的に分からないふりをしているのかは、欧米諸国側も見極めることが出来ていないと言われています。そのウクライナに対する信用の欠如も、また戦闘機供与を踏みとどまる理由になっています。

しかし、今週ブリュッセルに集ったNATO各国の思惑と懸念の度合いは、ロシアからの直接的な脅威にどの程度晒されているかによって変わっています。

一番の対ロハードライナーはバルト三国でしょう。NATO各国の懸念は理解しても、自国が直接的に日々面しているロシアからの圧力に対抗するために、ウクライナへのレオパルト2の供与も、戦闘機の供与も躊躇しないという姿勢です。

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プーチンへの物理的刺激を避ける口だけ番長イギリス

それに対し、同じ近隣国でもNATOの最東端に位置し、常にロシアからのプレッシャーに晒されつつも、独仏に牛耳られるEU政治からは一線を画すポーランドは、レオパルト2や戦闘機のウクライナへの供与には前向きの姿勢を示しつつも、自らはすすんで行動を起こさず、ウクライナに対しては「供与がなかなかできないのは、ドイツが承諾しないからだ」とか、「ブリュッセルでの議論がなかなか進まない」と説明して、責任逃れをしつつ、NATO加盟国でありながら、ロシアとの微妙な関係・バランスを保とうとしています。

NATO加盟はしていませんが、ロシアからの脅威に曝され、次のウクライナとも言われているモルドバ共和国は、昨年にNATOとの特別な協定を結び、旧ソ連製の武器を差し出す代わりに、NATO使用の兵器を供与してもらうというアレンジメントを通じて、すでにロシアからの侵攻に備える立場を明確にし、ブリュッセルでの会議にも、MSCにも参加してNATOとスタンスを同じにしようとしています。

独仏、そしてもうEUではありませんが、NATOの主要国である英国は、物理的にロシアに攻撃される恐れが低いことと、自負もあってか、支援に対しては大盤振る舞いと言わざるを得ない内容の発言や約束をしていますが、これまでのところ、あまり役には立っていません。その裏にはポスト・ウクライナ情勢の世界におけるロシアとの関係回復において主導権を取りたいとの思惑があり、物理的な刺激をロシアに与えないように細心の注意を払っているように見えます。

先日、ゼレンスキー大統領がロンドンとパリを訪れ、そのあとブリュッセルでのEU首脳会合にも参加した際、スナク首相もマクロン大統領も気前のいいオファーはしていますが、その内容が迅速に実現する見込みは薄いと思われます。そして、気になるのが、EU首脳会議のタイミングとの兼ね合いもあるとのことですが、ベルリンを訪問しなかったことです。

ゼレンスキーに痛いところを突かれた?ウクライナとドイツのこじれた関係

ドイツが誇るレオパルト2の供与が戦況を大きく変え得ると言われているにも関わらず、ドイツの首都を訪れなかったことに対しては、ドイツ連邦議会でもウクライナへの感情に変化が出てきていると言われています。また「ドイツは金輪際ロシアからエネルギー資源を買わない」とショルツ首相は言ってみたものの、ポスト・ウクライナ情勢では恐らく真っ先にロシアとの関係修復に乗り出すのではないかとの思惑も見え隠れしているため、そこをゼレンスキー大統領に指摘されたとの見解もあり、ドイツとウクライナの関係は決して良好とはいえない状況でしょう。

今週のオースティン国防長官(米国)が「春ごろにはウクライナが反転攻勢に乗り出し、ロシアを押し戻して、戦争を終わらせるようにしなくてはならない」と発言したのは、あくまでも私の憶測であることは断っておきたいと思いますが、これ以上、アメリカ単独でのウクライナ支援の規模が膨らむことに対する懸念を抱く米国議会向けのメッセージという側面はあるでしょうが、同時にNATOの結束を再確認し、欧州各国に対してウクライナ支援の迅速な実施を迫りつつ、“今、まず集中すべきこと”をリマインドし、揺れるEUの姿勢に釘を刺したと考えられます。

欧州各国はどのようなコミットメントを実施するのか。それは、MSCで示されるかもしれません。

NATO加盟国でありつつ、ロシア・ウクライナ双方に影響力があり、MSCの常連でもあるトルコは、通常であればその特別な立ち位置を活かして今年のMSCの場を利用して様々な働きかけを行うかと思いますが、想像を絶する被害を生み出した大地震に見舞われ、今次会合に参加するかどうかは未定と聞かされています。少なくともエルドアン大統領自身の参加はないですが、MSCという機会を使って調停努力をしようという話もあったことはお伝えしておきたいと思います。

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気球問題の手打ちは?米中外交トップ「偶発的会談」

しかし、トルコの不参加が濃厚となったことで、ロシアの参加もなくなりそうな気配のようです。当初はMSCの場で一応話し合いの機会を持とうと計画していたのですが、ロシアとウクライナの高官の直接対話を実現するためには誰かが間に入って仲介・調停をする必要があり、現時点ではトルコが最適と認識されていますので、ロシアが参加を今年も見送る公算が高くなりました。仕方がないと言えますが、確実にopportunity is lostと言えるかと思います。

話は少しずれてしまいますが、今回のMSCで目玉と考えられるのは、米中が直接対話を行うか否かという点です。

アメリカはブリンケン国務長官が参加し、中国は王毅国務委員(外交トップ)が参加するため、昨今のスパイ気球問題への対応と手打ち、ロシア・ウクライナ戦争の落としどころなどが話し合われるのではないかとの期待が高まっています。ただ、開催直前のタイミングではまだどちらからも会談予定が発表されていませんので、恐らく偶然のencounterを装う形での会談・意見交換が行われるのではないかと思っています。ちょうど、MSCの前に王毅氏がモスクワを訪れていることから、何らかの情報や意見を持参してくるのではないかと思われます。

ウクライナ戦争に対する何らかのブレークスルーが起こるとすれば、米中外交トップの偶発的なencounterの場ではないかと、勝手に期待しています。

私も何度かMSCには参加させていただきましたが、会場となるミュンヘンのバイリッシャ─ホフというホテルはいろいろな会談を仕組める設えになっていることから、たくさんの非公式な会合や偶発的なencounterが演出できる場でもあります。MSCが別名安全保障版のダボス会議と呼ばれる所以は、民間機関が主催しているという点のみならず、このような設えが共通する特徴であることも理由だと実感しています。

2年連続でMSCに参加する林外相は北東アジアのエルドアンになれるのか

日本政府からは昨年に続き林外務大臣がMSCに参加するようですが、主に自国の安全保障環境への懸念を議論し、北東アジアの安全保障体制の重要性を訴えかけた昨年の参加とは違い、ウクライナ戦争によって世界が分割され、アジアはもちろん世界各地で緊張が高まる中、どのような発言をし、どのような貢献をしようとするのか。私はとても期待しています。できれば、先ほど述べたトルコ的な役割を果たしてくれるといいなあと。

今週の金曜日から日曜日にかけて行われるMunich Security Conference。ロシアによるウクライナ侵攻から1年を迎える直前に、世界全体を巻き込んだ安全保障の危機と協調の崩壊に対して何らかの指針を示し、私たちに希望の光を照らすことが出来るか。それともより世界の分断を印象付ける結果になってしまうのか。

一参加者としてしっかりと見届けたいと思います。

以上、国際情勢の裏側でした。

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image by: Володимир Зеленський - Home | Facebook

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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