電車やバスを利用して通勤する会社員は多いと思いますが、ほとんどの人は会社から「交通費」を支給されているのではないでしょうか。しかし、家と会社の“距離”の問題で交通費が支払われず、裁判にまで発展したケースを、今回の無料メルマガ『「黒い会社を白くする!」ゼッピン労務管理』の著者で特定社会保険労務士の小林一石さんが紹介しています。
「自宅から会社まで1.7Km」は交通費の対象外になるのか?
やはりスマホは便利ですね。
以前はどこへ行くにも道に迷うことが多かったのですが、スマホの地図アプリのおかげで、初めて行く場所でもあまり迷うことが無くなりました。
ただ、その一方で地図アプリならではの悩ましいところもありますね。
例えば、地図どおりにいったらお店の裏側に到着し、とても近くにいるにもかかわらず、そのお店を探してグルグルと歩き回ってしまったこともたびたびありました。(私だけでしょうか?)
また、目的地までの経路も結構ユニークだったりしますね。
例えば、
「ここを曲がればすぐ」
のところを直線で案内され、遠回りするようなこともしばしばです。
自転車や車であれば、多少の遠回りでもあまり支障は無いでしょうが、歩きだとちょっとしんどいこともありますね。
ただ、ちょっとしんどいくらいであればまだ良いですが、距離の違いが大きな労務トラブルにつながってしまうことがあります。
それについて裁判があります。
ある保育園の運営会社で、保育士として働いていた社員が交通費が未払いであるとして会社を訴えました。
(実際の裁判ではその他にパワハラや賞与の未払いも含まれていましたが今回は交通費に話をしぼります)
この会社の就業規則には、交通費について次のように書かれていました。
「最短の公共輸送機関を利用して計算し、2Km以上の地域より通勤するものに対しては、1ヶ月あたり20,000円を限度として全額支給する」
これだけを読むと特に問題が無いように思えますし、問題が起こるとも思えないよくある内容です。
では何が問題だったのか。
ポイントは
「2Km以上」
です。
実は、この社員の自宅と会社までの距離を会社が測ったところ、なんと
「1.7Km」
でした。
そこで会社は
「対象外だから払わない」
と、主張したのです。
ではこの裁判はどうなったか?
裁判の結果はいかに
会社が負けました。
その理由は以下の通りです。
- 会社が提出した証拠の社員の自宅から会社までの距離(1.7Km)はほぼ直線距離に近い
- 実際の通勤の際は、この社員は駅まで徒歩で移動し、会社の最寄り駅まで電車に乗り、最寄り駅から会社まで徒歩で移動していた。その距離で測ると3.3Kmであった。
- この通勤経路が「最短の公共交通機関を利用して」の趣旨に反するまでの不合理さは認められない
- その経路を前提とすると賃金規程の定めに示された距離要件を欠いているとは認められない
いかがでしょうか?
実務的には今回の裁判のような内容で揉めることはかなり稀でしょう。
仮に2Km未満だったとしても実際に電車やバスを使用していれば支給していることも多いでしょうし、例え歩けない距離では無くても、その社員が女性であれば帰りに暗い夜道を歩かせるのか、という問題にもなります。
(男性であれば歩かせて良い、という意味ではもちろんありません)
そこで、今回お話したいのは、交通費の就業規則への記載の仕方についてです。
実際にいろいろな会社の就業規則を拝見させていただくと
「上限を〇円とし、実費を支払う」
とだけ記載されていることが非常に多い印象があります。
そうなると何が問題か?
例えば、会社までの経路が2つあったとします。
そしてその金額が違ったとします。
その「高いほう」の経路を使用していることにして偽装の申請してきたらどうでしょうか?
先ほどのような就業規則ですとそのまま支払うしかなくなります。
そこで就業規則に
「通勤は最も安価な経路とする」
と入れておけばそれを防ぐことができます。
もちろん
「最も安価な経路」
が
「最も早い経路」
とは限りません。
安くすませるために、通勤時間が伸びて負担が増えてしまっても本末転倒ですので、そこは調整をする必要があります。
また、本当はどの経路を使用しているのかなんて実際は調べようも無いので、限界はあります。
ただ、就業規則に細かく入れることで一定の抑止力にはなります。
いざというときのために整備しておきたいですね。
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