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プーチンに武器供与するか否か。習近平が自ら陥った「危険なジレンマ」

全人代閉幕からわずか1週間後の3月20日、モスクワを電撃訪問した習近平国家主席。このタイミングで「伝家の宝刀」を抜いた中国は、一体何を得たのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、習国家主席の訪ロの目的を解説するとともに、それらがほぼ達成されたと断言。さらに中国がロシアに武器供与を行うか否かを予測するとともに、岸田首相のキーウ訪問の是非について考察しています。

プーチンへの武器供与はあるのか。習近平国家主席訪ロというカードを切った中国

「まさに思惑通りの訪問となった」

3月20日から3日間に及んだ習近平国家主席の訪ロに付き添った中国政府高官が漏らした“素直な”感想です。

戦況が一進一退の様相を呈し、ロシア側の苦境が伝えられる中、プーチン大統領からの再三の訪ロ要請とロシアへの支援要請が寄せられても、表立ってロシア・ウクライナ情勢に言及せず、微妙な距離感を保ちつつ、訪ロを見送り、情勢を静観してきた中国と習近平国家主席ですが、3月の全人代で自らの3期目が正式にスタートするや否や、早いタイミングで訪ロを実行して見せました。

種まきは王毅政治局員が参加した2月18日のミュンヘン安全保障会議で行われ、その際、クレバ外相に内容伝達したのち、モスクワ入りしてプーチン大統領にも「中国が両国の停戦の仲介を行う用意がある」と直接伝えた後、ロシアによるウクライナ侵攻からちょうど1年が経つ2月24日に調停・仲裁案が示されました。

中国にポスト・ウクライナの世界および停戦協議の主導権を握られたくないアメリカやNATOは即座に拒否するコメントを出しましたが、当事者であるロシアとウクライナは「合意できない要素もあるが、真剣に検討する」という姿勢を示したため、「早すぎず遅すぎないタイミングは今」と決断し、習近平国家主席の訪ロという切り札を使って勝負に出てきました。

訪ロの主目的は【ロシア・ウクライナ間の仲裁案への支持取り付け】と言われていますが、中国サイドにとっては対ロ関係および国際社会における立ち位置という観点から得るものが多かった訪ロであったように思われます。

一つ目は【国際社会における対中イメージの改善】という思惑です。

昨年2月24日にロシアがウクライナ全土への侵攻を始めた際、中国政府は非常に難しい選択に迫られたようです。ちょうどその3週間ほど前に行われた中ロ首脳会談の際に「中ロ間の連帯と協力に制限はなく、禁止事項もない」という“全面的な協力関係”をアピールしたばっかりであったため、無碍にロシア非難を行うわけにもいかず、また全力を挙げてロシア支援を行うわけにもいかないというジレンマに陥りました。

中国との関係悪化が進むアメリカ政府や欧州各国は挙ってその“無制限の協力関係”を取り上げて中国非難を強め、その後も、中国によるロシアへの武器供与・軍事支援の“疑い”をクローズアップして、中国に対する嫌悪感を強めようとしました。

今回、満を持して行われた習近平国家主席の訪ロにおいて、絶対的に有利な立場に立っている状況下でロシアによる武力攻撃の激化・エスカレーション傾向を思いとどまらせ、「対話による解決を目指すこと」を促す姿勢をアピールすることで、国際社会で広がりつつあった対中非難を和らげたいとの思惑があったようです。

中ロ首脳会談の間にもロシア軍によるロケット攻撃が相次いだことで欧米諸国からの中国とロシアへの非難は高まりましたが、対ロ制裁によって多大な損害を被っている大多数の途上国からは、「やっと中国が事態打開に向けて重い腰を上げた」と一定の評価を受けています。

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プーチンから台湾併合の支持取り付けを確保した習近平

中国への評価改善を後押ししたのが二つ目の【ロシアとの一定の距離感の演出】です。

「同盟を結ばず、対抗せず、第三国を標的にはしない」という中国外交部がこれまで繰り返してきた外交姿勢をロシア政府も受け入れたことで、ロシアべったりではないかとの疑念を払しょくすることに寄与しただけでなく、中ロ間の力のバランスが大きく変わったこともアピールできました。

これは中ロ間での直接対決がないことを相互に認め合い、互いの利益を尊重することを確認しあっていると解釈できますが、何よりも中ロが結託して第三国を攻撃しないという点をロシアにも表明させることによって、「中国とロシアが必ずしも行動を共にするわけではない」というように、今回のウクライナ対応においても“違った対応を取りうる”オプションをきちんと残しておくことにも余念がなかったと思われます。

そして同時にロシアサイドがずっと要望していた中ロ間の経済協力については、共同宣言において言及はしたものの、数値目標的なものはほとんど含まず、国際社会が実施する非常に厳しい対ロ制裁の煽りを受けないようなセーフガードも設定することに合意させています。

支援の有無と可否については、実際のところはどうなっているのかブラックボックスの中ですが、表面的には中国とロシアの関係の近さをアピールしつつ、適度な距離感と温度差があることもアピールして、中国の独特の立ち位置を確保しようとする試みが見て取れます。

そして中国としては宿願であるOne Chinaと台湾の併合に対して、ロシアからの完全な支持取り付けを確保しました。

「中国が主権と領土保全のためにとるあらゆる措置を断固支持する」という文言ですが、これはこれまでの「一つの中国という認識」というロシアのスタンスからかなり踏み込ませた内容であり、もし中国が台湾情勢において何らかの決断を下す際、ロシアはその決断を支持し、そして支援することにコミットしたというように解釈が出来ます。

ここまで見ると習近平国家主席の完全勝利的に見えるのですが、当のプーチン大統領はなぜかご満悦の様子だそうです。

中国の思惑通りに運ばれたように見えますが、なぜでしょうか?

理由はいくつかありますが、その一つ目は【自身の要望に応えるかたちで習近平国家主席が訪ロし、そして再度、“プーチン大統領は親友”と言及し、寄り添う姿勢を示した】からのようです。

中国およびロシアに確認したのですが、習近平国家主席が就任後、最も外遊で多く訪れたのがロシアで、国家資本主義体制の構築と拡大のためにこれまで協力関係を強めてきたことを相互に確認しあい、その協力を維持・拡大することに合意したことは、プーチン大統領の体制の維持につながるアピール材料となったとの理解です。

二つ目は【習近平国家主席がロシアのこれまでの行動に一切言及しなかったこと】です。

それは昨年2月24日以降のウクライナ侵攻への非難を行っていないことのみならず、仲裁受け入れに当たってのロシア軍のウクライナからの撤退の必要性にも言及していません。そして昨年、ロシアが一方的に編入・併合した東・南部4州の返還についても求めていないことで、ロシアとしては「中国は現時点での情勢で戦闘を凍結し、停戦を認めるのではないかとのロシア側の理解に繋がっているようです。

普通に考えれば「現状での凍結」という停戦条件をウクライナが受け入れる見込みはないですし、国内からの反対意見にも対応しながら対ウクライナ軍事支援を行うNATO各国も認めることはないと思われますが、中国の一種の賭けを成功させるかどうかのカギは【中国からロシアへの武器供与の有無と可否】にかかっていると思われます。

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習近平がロシアに武器を供与する可能性はあるのか

中国としてはロシアとの微妙な距離感を表現しつつ、プーチン大統領は習近平国家主席の親友であるがゆえに「中国はロシアの敗北と弱体化を座視しない」というメッセージを、武器供与の可能性を仄めかすことで、欧米各国に“ロシアが受け入れ可能な条件での停戦”を迫るという賭けに出ているように思われます。

ちなみに中国によるロシアへの武器供与は、国際社会における中国の立ち位置を占ううえでも大きなギャンブルとなりうるカードだと考えます。

もし供与に踏み切った場合、欧米との直接対決は不可避となり、さらにプーチン大統領が国内の過激派の意見に押されて核兵器使用に踏み切った場合、世界第三次大戦の幕開けを迎える危険性が生まれ、中国はその世界戦争に主体的に巻き込まれることになります。

その場合、台湾ではなく、ロシア・ウクライナそして中央アジア・コーカサスという自国の領土外での大戦争を、アメリカと戦うことに繋がりかねず、中国と習近平国家主席にとってそれは大変な安全保障上の危機を迎えることを意味します。

しかし、そのような危険を冒してでも武器供与に踏み切る可能性があるのは、先述の通り、親友であるプーチン大統領が今回のウクライナ戦争で敗北したり、国内での支持を失ったりして、失脚するような事態になった場合、ロシアにおいて親欧米政権が成立する可能性があり、それは中国の国益を著しく損ねることになるとの分析があるため、習近平国家主席にとってはプーチン政権の存続は至上命題と言われています。

とはいえ、果たして第三次世界大戦に巻き込まれる危険性を冒すほど重要なのかという疑問も中国政府内にはあるそうで、そのグループは「ロシアへの直接的な武器供与を行わないことで、欧米諸国との緊張度合いはまだ現状維持でmanageableであり、近未来的にはアメリカとの緊張関係は緩和できずとも、欧州と米国を切り離し、まだまだ中国への経済的な依存度が高い欧州各国との関係修復は可能だ」と考えており、まだ習近平体制内でも状況を見極めながら決断を下せていないとも言われています。

現時点では武器供与の有無と可否については結論を出さず、中国が取りうるカードとして見せながら、ポスト・ウクライナの世界のかじ取りにおいて中国に有利な状況になるタイミングを見計らっているように見えます。

武器供与を行うか否か。

どちらの選択肢に傾くにしても、中国政府が持つ目的は「アメリカの軍事的・経済的な焦点を中国に集中させないこと」、言い換えると「アメリカの軍事力や経済的な圧力の分散」です。

今回のロシア訪問において前面に打ち出されたのは、武器供与の可能性については答えを出さず、仲裁案を示してロシア・ウクライナ戦争の解決のかじ取りをすることで、アメリカの注意をそちらに傾けさせて、中国本土および台湾情勢に対するコミットメントを弱める方針でしょう。

軍事的な衝突という状況を回避しつつ、米国との適度な緊張は維持したまま、米国や欧州がウクライナ支援にリソースを回している間に、中国は着々と台湾併合に向けた準備を進めるという戦略です。

もしウクライナのゼレンスキー大統領が中国の仲介案を積極的に検討し、ロシアとの直接的な停戦に向けた対話に臨むことになれば、この戦略が活きることになるでしょう。

しかし、「ロシアとの徹底抗戦の姿勢を強調する」ゼレンスキー大統領の姿勢が優先され、中国による仲裁が拒まれた場合、中国としてはプランBとして【ロシアに対して、戦争継続のための支援を投入して戦争を長期化させ、欧米各国に対ウクライナ支援を継続させて、中国・台湾情勢における対中圧力にかけるリソースを一気に減少させて、台湾併合に向けた準備を行う】という選択をするかもしれません。

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2027年までの台湾侵攻準備を人民解放軍に命じた習近平

実際に習近平国家主席は人民解放軍の幹部に対して「2027年までに台湾を軍事的に侵攻できる準備を進めよ」と命じているようで、台湾情勢への対応のための時間稼ぎという見解は強ち間違いでもないように感じます。

しかし、この“準備”がイコール“台湾攻撃”を直接的に意味するのかどうかは定かではありませんが、問題は【欧米諸国、特にアメリカがこれをどう認識して、行動するか】という点でしょう。

その時のロシア・ウクライナ戦争の戦況と、アメリカ国内での対ウクライナ支援への機運の度合いなどにもよりますが、バイデン政権の外交政策がアジア全域に傾倒していることから、極端なケースではウクライナを見捨ててでも中国との対峙を選ぶ可能性が高まります。

ロシアに武器供与をしても危険だし、しなくても危険性が高まるというジレンマに、中国は自らを陥れた可能性がありますが、どうもプーチン大統領はその状況をよく理解しており、ゆえに“ロシアの一方的な負けではなく、引き分け以上だ”と感じて、ご満悦なのかもしれません。

では中国は実際にどのように対応しようとしているのでしょうか?

【仲介者の役割をできる限り演じ続けながら、同盟国であるイランや北朝鮮経由で間接的にロシア支援を実行して、プーチン政権の弱体化・崩壊を阻止する】という戦略を取るかもしれません。

また、先日、イランとサウジアラビア王国の歴史的な和解の演出をし、両国がロシアと築いている良好な関係もうまく利用しながら、サウジアラビア王国とその仲間たちも対ロシア支援の窓口として使うというウルトラCも画策しているかもしれません。

ここで行おうとしているのは欧米諸国に対する目くらませを行って、時間稼ぎを行うという魂胆ですが、この戦略の基礎になっているのが、【欧州は中国経済への依存度が高く、欧州市民の生活の維持のためには中国との関係を切ることはできない】との読みがあり、「対ロ制裁のような徹底的な経済制裁を中国に対して行うことは不可能」という分析と認識が存在します。

確かに、賛否両論はあるものの一帯一路政策を通じてアフリカ大陸や中東諸国、南アジア諸国、東南アジア諸国、中南米諸国との間で強固な経済的なつながりを構築し、欧州圏での対中貿易への非常に高い依存度、レアアースの豊富な埋蔵量とそれに支えられた市場支配力などに鑑みると、中国を短中期で経済的に封じ込め、野心の達成を阻むことは至難の業に思えるため、無傷では済まなくとも、中国は比較的強気の対応をしばらくは選択し、自国の勢力圏の確保と拡大に勤しむことになると思われます。

ただ、タイムラグは生じるでしょうが、どのみち、米中の直接対決は起こるだろうと予測します。

経済面での衝突と対立はさらに強化されることになり、軍事的な対峙も、アジア太平洋地域(インド太平洋地域)という括りはありますが、圧力が高まることになるでしょう。

ただし、直接的な交戦は、台湾情勢などをめぐる米中間の偶発的な衝突や、台湾の軍事的な暴発といった事態がなければ起こる可能性は低いと思われます。

それは、今、私たちが「もしロシアがウクライナで核兵器を使用したら、本当にロシアに対して核兵器または通常兵器で報復にでるか」というトピックスで考えるように、「もし中国が台湾に武力侵攻を試みたらアメリカは、日本は、AUKUSは台湾防衛のために中国と戦うのか」という恐ろしいシナリオを考えることに繋がります。

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岸田首相のキーウ訪問で日本が放棄してしまったもの

個人的には、ウクライナに対するアメリカの対応と同じく、台湾に装備と訓練を授けても、アメリカ軍は中国軍との交戦は回避すると考えています。

中国の動きが活発化し、ポスト・ウクライナの世界の主導権を握るべく動き出した今、「中国からロシアへの武器供与の有無」に関わらず、確実に世界の分断が加速することが分かるかと思います。

その分断の度合いと姿は、いくつかのIFによって占うことが出来るかと思います。

それは【ロシアがその時点でどのような状況に置かれているか】【プーチン政権は存続しているのか?】【欧米諸国はプーチン政権の存続を黙認するのか?とことんロシアの弱体化を図り、プーチン大統領を退陣させ、親欧米ロシアをつくろうとするのか?】という不確定要素と、【インドに代表されるグローバル・サウスの動向はどうなっていて、グローバル・サウスの中でインドの影響力の大きさはどれくらいになっているか】という不確定要素です。

前者において仮に欧米諸国が“プーチン大統領を打倒し、親欧米ロシアを作ろう”というようなことを、まだ本気で考えているのであれば、世界はまたイラクやアフガニスタンで経験しているような悲劇を見ることになると思います。

しかし【プーチン大統領との共存】を模索することも恐らく難しいと考えます。

その仲介を行って、関係改善に努める役割を、これまでの日本は果たせたはずなのですが、今週、強行された岸田総理のウクライナ訪問を機に、日本はNATOに就き、ロシアと中国との関係を切ったというように理解されたことで、中ロに対する影響力を放棄したように感じます。

緊張感が張り詰める北東アジアのど真ん中に位置する日本の今後の安全保障方針を考えた際、「日本が持つ特別な立場と立ち位置」を捨てる価値はあったのでしょうか。

その答えはそう遠くない時期に明らかになるかと思います。

以上、国際情勢の裏側でした。

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image by: Salma Bashir Motiwala / Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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