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あまりにも幼稚。リヒテンシュタインの例を持ち出す皇位継承有識者会議の不誠実

皇室典範により、男系男子に限定されている我が国の皇位継承者。その改正を巡る議論の中で、参考となる国として同じく男系男子限定のリヒテンシュタイン公国を上げる声が出たと伝えられますが、そもそもリヒテンシュタインの「王室事情」はどのようなものなのでしょうか。今回のメルマガ『小林よしのりライジング』では、漫画家・小林よしのりさん主宰の「ゴー宣道場」参加者としても知られる作家の泉美木蘭さんが、同国リヒテンシュタイン家の実情を詳しくレポート。その上で、彼らと日本の皇室を同じように語る有識者の不誠実さを批判しています。

日本と同じ男系男子限定。それでもリヒテンシュタインの皇位継承が参考にはなり得ない理由

日本以外で、王位継承を「男系男子」に限定している立憲君主制の国は、中東のヨルダン、欧州のリヒテンシュタイン公国だ。一体どんな国で、どのように王位の安定継承を維持してきたのか?じっくり調べてみた。

何もかも日本とはまるで違いすぎるヨルダン

ヨルダンは、イスラム教の開祖ムハンマドの子孫である「ハーシム家」を王家とする立憲君主制の国家だ。

周囲をイラク、サウジアラビア、シリア、イスラエル、パレスチナなどの紛争当事国に囲まれていて、国民の半数は、中東戦争によってパレスチナから流入した難民とその子孫だという。

ヨルダンの王位は、憲法で「初代国王アブドゥッラー1世の男子直系世襲」と規定されていて、「ムスリムでない者、精神的に健全でない者、ムスリムの両親で合法的な妻から生まれていない者は何人も、王位に就くことはできない」とも書かれている。

「男系男子限定」をさらにガチガチに縛った王室だが、現在、ヨルダンの王位継承資格者は、37人。確認すると、2000年代以降に生まれた王子が15人もいて、安定している様子だ。

中東と聞くと、サウジアラビア(絶対君主制)のように一夫多妻制のイメージがあるが、ヨルダンでは「すでに結婚している妻の了承」が条件とされている。そのため、妻が拒否した場合、王位継承権を持つ男性は、離婚と結婚を繰り返して何人も子供をもうけるらしい。

そんなにややこしい手続きをしてまで……と思うが、憲法で「合法的な妻から生まれていない者」は王位継承資格を得られないからだろう。

異母兄弟の多いヨルダン王室は、もめごとが起きやすい。

現在のアブドラ国王は、異母弟であるハムザ王子と長年対立してきた。

もともと王位継承順位1位の王太子はハムザ王子だったが、アブドラ国王が継承権を剥奪、自身の息子フセインを王太子としたのだ。

ハムザ王子は、ヨルダン国内の各部族と親密な関係を保っていて、国内の治安維持における重要な役割を担っており、「次期国王」として推す声も高い人気の人物だった。遊牧民のテントを訪ね、国王に不満を持つ部族の長老とお茶をすすって語りあう様子をSNSで発信するなどして……アブドラ国王の気分をかなり害してきたらしい。

2021年3月には、人工呼吸器の酸素不足でコロナ死者を出した病院にアブドラ国王が訪れ、経営陣を叱責したことがあった。するとその数時間後、ハムザ王子が、その病院で死亡したコロナ患者の遺族を弔問。あたたかく迎え入れられる様子が報じられた。

これでますます確執が大きくなり、半月後、ヨルダンの治安当局がハムザ王子と側近ら16人を「外部勢力や国内の反政府派と連絡をとり、ヨルダンの安定を損なう行動の計画を練った」として丸ごと逮捕!ハムザ王子が王子の称号を放棄するに至った。

国王の一存で王太子を変更し、邪魔な人間は逮捕して王室から追い出せるほど権限が強く、王室の雰囲気も国情も、日本とはまるで違いすぎる。いくら「伝統的な男系男子による安定継承を維持する国」と言われても、参考にはならなそうだ。

なお、ヨルダンでは、女性の地位は高いとは言えない。「家の名誉を汚した」という理由で女性が家族に殺される「名誉の殺人」が行われており、「件数は減った」と言われているが、現在も年間15~20人の犠牲者が出る。

「夫婦喧嘩になり妻が裏切ったと思ったので、妻と娘2人を刺し殺した」

「妻が家出して義理妹の家にいた。妻と義理妹を銃で撃ち殺した」

このような殺人は、情状酌量され、殺害した夫は減刑される。

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元首の資産に頼り国家を運営するリヒテンシュタイン

スウェーデン、オランダ、ノルウェー、ベルギー、デンマーク、イギリスなどヨーロッパの君主制国家は、かつては「男系男子限定」だったが、時代に即さないと判断されるようになり、次々と「男女の区別なく長子継承」と改められてきた。

スペイン、モナコなど原則として男系男子による継承が維持されている国も、「直系の男子がいない場合は女王を認める」としており、王位継承者に王女が入っている。

その中で唯一、「男系男子による長子相続制度こそ正統」とするヨーロッパの君主制国家が、リヒテンシュタイン公国である。

スイスとオーストリアに挟まれた内陸国で、面積160平方km、宮古島くらいの世界で6番目に小さい国だ。

もともとはオーストリア・ハプスブルク家の重臣であった貴族リヒテンシュタイン家が治める国で、中世から周辺国の戦争による対立に揉まれながら立ち回り、いろいろあって1868年に軍を解散、「非武装永世中立国」を宣言した上で、武装永世中立国である隣国のスイスに外交や軍事、税関管理等を委任し、ふんわり守られながら二度の戦禍を逃れて現在に至る。

「そんな小国じゃ、日本とは絶対に国情が違うから参考にならないよ……」と思うかもしれないが、令和3年11月、岸田政権発足後に初開催された「天皇の退位等に関する皇室典範特例法案に対する附帯決議」に関する有識者会議では、こんな発言があった。

<我が国と同様、男系男子継承制を採るリヒテンシュタインにおいては、女性皇族が婚姻後も公族の身分を保持しつつ、その配偶者と子は公族とならないという制度であることや、継承者が不在となった際に継承養子を迎えることとしている制度があることは、緩やかに皇族数を増加させようと考えている今後の検討において参考となるのではないか。>

当日の産経新聞の記事によると、この会議の直後、有識者会議座長の清家篤氏が、記者会見の場でリヒテンシュタインの国名を出して「今後の検討で参考となるのではないか」と語っているから見逃せない。

リヒテンシュタインは、どこまで「我が国と同様」なのだろうか?

リヒテンシュタインの国家元首は、リヒテンシュタイン家の家内法(侯爵家家憲)によって「初代公爵のヨハン1世ヨゼフの系統の男系男子が継承する」と規定され、代々リヒテンシュタイン家の当主である公爵が引き継いできた。

ただ、公爵は元首としての地位や権威だけを守っているのではない。自国の何倍もの面積の土地を、旧ハプスブルク帝国圏内、オーストリア領内などに保有する世界有数の大富豪でもあるのだ。

ぶどうなどの農林、ワイン醸造、不動産、投資事業のほか、世界最大のプライベートバンク「LGTリヒテンシュタイン銀行」グループを一族で経営しており、個人資産の総額は約5,600億円(推定)にのぼる。

現在、130人以上の公族と、50人以上の公爵位継承者がいるが、全員が裕福なため、国からの歳費は一切受け取っておらず、逆に、国がリヒテンシュタイン家の資産に頼って国家運営を行っている。

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「法定相続人」としての意味合いが強いリヒテンシュタインの元首

裕福なのは公族だけではない。国民にも所得税や相続税は課されておらず、リヒテンシュタインの平均年収は1,000万円程度。法人税率も低いために、タックスヘイブン(租税回避地)として利用され、法人税による収入が全体の4割にものぼる。

この時点でわかることは、リヒテンシュタインの元首は「法定相続人」としての意味合いがかなり強く、そのことが国家としてかなり重要であるということだ。元首が類まれな資産管理能力を持つ大富豪だからこそ、国家として安定し、国民も裕福でいられるという国なのである。

そもそも、リヒテンシュタインの憲法によって「リヒテンシュタイン公国の公爵位は世襲制であり、成人の公爵位継承者および相続人、必要とされる後見人は、リヒテンシュタイン家が、家内法として決定する」と規定されている。

家内法とは、日本の場合なら皇室典範にあたるものになると思うが、その自由度がまったく違う。リヒテンシュタイン家の次期当主・元首に誰を指名し、資産を誰に相続させるかはすべて「家の問題」であり、リヒテンシュタイン家が決められるのである。

有識者会議では、「リヒテンシュタインでは継承者が不在となった際に継承養子を迎える制度がある」という話が出ているが、養子を迎えるか否か、誰を養子にするかは、すべて元首たる当主が指名するという話だ。

そこには当然、「リヒテンシュタイン家の一員として、信頼して資産を任せられる家系の人間か」「一族の経営する銀行や不動産会社、投資会社をきちんと管理していける能力があるか」という想定がまず入るだろし、子供ならば、現当主の影響を多大に与えて資産運用の英才教育を受けさせ、その子供の親戚一族に、資産を奪おうとする裏切り者がいないかを徹底チェックするという話になるに違いない。

「世代が600年離れていても初代当主の男系の血筋を継いでいればよい」とか「親の世代から国民として暮らしていても血筋さえつながっていればよい」という感覚ではないのだ。

さらに有識者会議では、「女性皇族が婚姻後も公族の身分を保持しつつ、その配偶者と子は公族とならないという制度」について話している。

家内法によると、リヒテンシュタイン家の構成員は、「現公爵と初代公爵の男系の子孫すべて」とされていて、男系の女性は、「リヒテンシュタイン公女」の称号と「殿下」の敬称を保有するとされている。

結婚しても公爵家の構成員としての地位を失うわけではないので、「公女」「殿下」と呼ばれる権利を維持しつづける──ということだが、もともとヨーロッパの貴族や大富豪は「公爵家の令嬢と結婚して爵位と領地を得る」という世界観があって、リヒテンシュタイン家の公女のなかにも他国の貴族の爵位を保有している女性たちはいる。

それに、そもそもヨーロッパの王公族の女性は、外国の王公族やその末裔、もしくは経済的・社会的に階層の釣り合う相手と結婚することが多い。

もちろん「貴賤結婚」と言われるケースもあるが、一族では嫌われ、認められないことが多い。つまり、「結婚後も皇族としての身分を保持するが、夫と子供は平民」というより、「貴族として、身分的もしくは経済的に階層の釣り合う相手と結婚する」という感覚なのである。

日本の皇族と違って、政治的権限を有しているため、公族が政治的な官職や公職に就くこともある。

例えば、現在の公爵のいとこにあたるマリア・ピア・コトバウワー公女は、ウイーン外務省、リヒテンシュタイン公国外交官として勤務したのち、在ウイーン大使、在ベルギー大使、在EU大使などを歴任。

ドイツ語、英語、フランス語、スペイン語をあやつり、ドイツ国立銀行の副頭取やドイツ内閣の主要大臣を務めたコトバウワー氏と結婚後も、欧州安全保障協力機構の代表団長や、在オーストリア特命全権大使などとして働いている。

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有識者会議座長のあまりにも凄まじい幼稚さと不誠実さ

さらに付け加えておくと、リヒテンシュタインの場合、憲法上の職務と公務に従事しているのは、公爵夫妻と公太子夫妻の4名のみ。

そもそも人口3万9,000人、政府は首相・副首相・大臣×3の5人、国会議員は25人の直接民主制という規模の国である(ちなみに解散した軍隊は、総勢80人だった)。

有識者会議は、「女性皇族は一般国民と結婚して、皇室から出て行っても、皇族の身分だけは保持させて公務をやってもらおう」というデタラメ案のためにリヒテンシュタインを取り上げたわけだが、日本の皇室と自由度の高すぎるリヒテンシュタイン家とでは、なにからなにまで違いがありすぎ!

実情も文化も背景もまったく違う上に、現状、数十人の継承者を有する国の制度を、言葉だけつまんで、すでに存続危機に陥っている日本の数人の皇族方に無理やり当てはめてなんとかしようというわけだ。

この幼稚さ、不誠実さ、あまりにも凄まじい。

(『小林よしのりライジング』2023年5月16日号より一部抜粋・文中敬称略)

2023年5月16日号の小林よしのりさんコラムは「マウントを取りたいだけの男系派」。ご興味をお持ちの方はこの機会にご登録ください。

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image by: Sriya Pixels / Shutterstock.com

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