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小林よしのり氏が解説。ビル・ゲイツ「人口削減計画」という陰謀論はナゼ信じられたのか?

世界の陰謀論者が主張する、ビル・ゲイツ氏が進めているという「人口削減計画」。荒唐無稽としか言いようのないこの言説、そもそも「出どころ」はどこなのでしょうか。今回のメルマガ『小林よしのりライジング』では『ゴーマニズム宣言』等の人気作品でお馴染みの漫画家・小林よしのりさんが、いつ、どのような形で「人口削減計画」が語られ始めたかを詳しく紹介。さらにその計画の遂行者がビル・ゲイツ氏に設定されている理由についても解説しています。

陰謀論の大定番「ビル・ゲイツ人口削減計画」の正体

前回の「陰謀論というSNS劣化現象」でも書いたが、こんなものは「常識的な思考」ができている人ならば、いちいち事の真偽を確かめるまでもなく、聞いた瞬間に「ありえない!」と一蹴するはずだ。

もしこれが本当だというのなら、「ビル・ゲイツを殺人罪で逮捕しろ」と主張したらどうだ?間違いなく頭がおかしいと思われるから。

「ディープステート」って何だ?そんな、仮面ライダーの敵「ショッカー」みたいな闇の組織なんかあるのか?どこにいる、誰のことだ?

「人口削減計画」だって!?そんなもんなくても、日本の人口はどんどん減少していて、少子化対策をしているほどじゃないか。知らないのか?

もしも日本の少子化までが陰謀の結果だというのなら、なぜインドではその人口削減計画とやらが行われていないのか!?

最近の陰謀論では、人口削減計画でも何でもかんでもビル・ゲイツが企んだことになっていて、大阪市立大学名誉教授・井上正康氏も完全にそのパターンどおりの発言を繰り返しているが、なぜビル・ゲイツがそんなことを言わなければならない?人口が増えた方が、マイクロソフトの製品が売れていいはずじゃないか?

前回は「人口削減計画」を「最近の陰謀論のトレンド」と書いたが、もう少し調べてみたら、これはトレンドというよりも古典的な大定番で、ずっと前から陰謀論者が繰り返し言い続けてきたものだということがわかった。

そして、その起源は『宇宙戦争』『透明人間』『タイム・マシン』などの作品で「SFの父」といわれるイギリスの作家、H.G.ウェルズ(1866-1946)にさかのぼるらしい。

80年前に陰謀論者が犯した痛恨の勘違い

ウェルズは1900年以降、上記のような科学ロマン的な空想小説に代わって文明批評的な小説を書くようになり、社会主義に傾倒。社会改良運動家としても精力的に活動した。

ウェルズは1905年の小説『モダン・ユートピア』で、「世界国家」が完成して戦争が根絶され、何よりも個人の自由が重視されている社会を描いた。

またウェルズは、議論を好まないダーウィンの代わりに進化論論争の最前線で戦って「ダーウィンの番犬」と呼ばれた生物学者、T.H.ハクスリーを尊敬して生物学・進化論を学び、優生主義者になっていた。

もともとユートピア思想と優生思想は非常に親和性が高い。例えばユートピアを、健康で美しい人々が理性的に暮らしている「理想的」な社会とイメージすれば、それは逆に言えば、ある基準に満たない人々が暗黙のうちに排除されている社会であることを意味するわけで、そこには優生思想が一体となって入り込んでいるのである。

第一次世界大戦の惨禍を経たウェルズは、自らのユートピア小説の世界を現実化したいと考えるようになる。

そしてウェルズは1940年に『新世界秩序』という著書を発表、完全平和を実現するためには主権国家を根絶し、高級技術官僚など少数のエリートによる世界統一政府を樹立して「新世界秩序」をつくることが必要だと唱えた。

ところが陰謀論者は、この本をウェルズ個人の意見ではなく、現実に密かに進行している陰謀を書いたものだと受け止め、ここから「新世界秩序陰謀論」というものが発生した。

それは、資本家や官僚などの一部エリートが、統一された世界「ワン・ワールド」を作って全体主義的な世界支配をすることを目指し、陰謀を展開しているというものだった。

実はこれこそが現在流通している、ありとあらゆる陰謀論の中核を成しているものなのである。

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「陰謀」を「宣戦布告」するという矛盾を気にしない陰謀論者

そして問題の「人口削減計画」は、この「新世界秩序陰謀論」の中に登場する。

世界をただひとつの政府のもとに支配するには、今の世界人口はあまりにも多すぎる。資源の枯渇や食糧問題、環境問題なども考慮すれば、世界人口は10億人くらいまで削減しなければならない(削減目標の数字には諸説ある)。

そこで新世界秩序の樹立を目論む者たちは、優生思想によってエリートだけを残し、劣った者は絶滅させ、まだマシな者は奴隷として生かして労働させ、人口を調整して自分たちにとって都合のいい「ユートピア」を築こうと企むようになった。それこそが「人口削減計画」である!

……と、陰謀論者たちは信じるようになったのだ。

とはいえ「新世界秩序」は長らく、一部の陰謀論者の間にしか知られていない言葉だった。

ところが1990年、米大統領・ブッシュ(父)が湾岸戦争の前に連邦議会で『新世界秩序に向けて』と題するスピーチをしたものだから、陰謀論者たちは大騒ぎとなった。ついにアメリカ大統領が堂々と、一部のエリートによる世界統一支配の「新世界秩序」の樹立を目指す、宣戦布告をしたのだと思って色めき立ったのだ。

いくらなんでも「陰謀」を「宣戦布告」するなんて矛盾が過ぎるじゃないかと思うのだが、陰謀論者はそんなことは全く気にしない。

かくして「新世界秩序」は一躍、一般にも広く知られる言葉となり、「新世界秩序陰謀論」は陰謀論者の多くにとって特に重要なものとなったのである。

しかも「人口削減計画」は、世の中で起こる大抵の出来事をひとつのストーリーの中に回収できてしまう、実に便利な設定であった。

環境問題も、食糧問題も、戦争や紛争も、新型ウイルスやワクチン薬害も、幼児がリンゴをのどに詰まらせて死んだことまで、実は「人口削減計画」だったということにしてしまえるのだ。

そして直接的な殺人手段だけではなく、大富豪が莫大な資産を抱えていることも「人口削減計画実行のための資金調達」ということにできるし、マスメディアは「人口削減計画が気づかれないよう情報統制し、民衆を洗脳している」ということにできるし、経済格差の拡大も「人口削減計画実行のために人間を選別している」ということにできるし、その他、新たな科学技術の開発も、各国の権力者の動向や政変も、ありとあらゆるものが「人口削減計画」の陰謀の一環にしてしまえる。

世の中に見られる不可解な出来事の数々は何でもかんでも、実は陰謀のために行われている作戦だったのだ!と、即座に思えて納得できてしまうのだから、これは簡単便利で快感が得られるのだろう。

そんなわけで陰謀論者は、何かあればすぐさま「人口削減計画だ!」と言い始めるのである。

時代とともに変遷。「陰謀」を遂行している主役

さて、ここでもうひとつ問題が出てくる。

それでは、その陰謀を遂行している「主役」は誰だということになっているのだろうか?

はっきり言ってしまえば、そんなものは「誰でもいい」のだ。

現在は、陰謀の「主役」である資本家はビル・ゲイツだということになっている。

しかし以前だったら、これは「ロスチャイルド」(19世紀以降、ヨーロッパの政治経済に多大な影響を与えたユダヤ系銀行家の一族)だったり、「ロックフェラー」(19世紀から20世紀にかけ、米国の石油王が築いた大財閥とその一族)だったりしたのだ。いつの間にロスチャイルドやロックフェラーは陰謀から手を引いて、ビル・ゲイツにバトンタッチしたんだ?

要するに、その時点で注目されている大金持ちで、適度に世の中の反感を買っていて、「陰謀をやっている」と言えばなんとなく説得力がありそうな人だったら、誰だっていいのだ。どうせ証拠を出す必要なんかないのだから。

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「主役」同様変化する陰謀全体を操っている「ラスボス」

同様に、陰謀の全体を操っているとされる「ラスボス」も、時代によって変化している。以前は「フリーメイソン」だったのが、いつの間にか「イルミナティ」になり、そして今は「ディープステート」だ。他にもいくつもあったはずだが、いつの間にかみんな消えている。

フリーメイソンは16~17世紀頃に設立したとされ、現在も世界中に存在している友愛結社である。

秘密主義で活動内容を公開していないことから陰謀論者によって陰謀の「主役」にされ続けてきたが、近年ではもともと政治とも宗教とも一線を画し、ボランティア等の活動をしている親睦団体であって、陰謀などとは何も関係がないということも知られるようになってきた。

そしてイルミナティは、1776年にドイツで設立された政治的な秘密結社だが、活動したのは10年足らずで1785年に解散、現在は存在していない。しかし陰謀論者はこれを「実は人知れず存続し続け、現在も存在する!」ということにして、陰謀の「ラスボス」に使っていたのだ。

要するに、実在する団体を陰謀論の「主役」に仕立て上げていたが、それに説得力がなくなってきたために、過去にあった団体を今も実在することにして乗り換えたということだろう。

そして、イルミナティもまた説得力がなくなってきたところで、次に出て来たのがディープステートだ。これはもう、歴史上に1分1秒も実在したことがない、全く架空の存在である。そのうちディープステートに説得力がなくなれば(というか、最初っから説得力なんかないが)、また別の名称の「ショッカー」みたいなものが登場するのだろう。

どんどん「ラスボス」が実在感のない、漠然としたものになっていくのが露骨で面白いところだ。

日本における代表的なディープステート陰謀論者が、前回も批判した元駐ウクライナ大使・馬渕睦夫だが、井上正康(もう敬称略)は6月9日、馬渕を自分のチャンネルに招いてニコ生ライブをやる予定で、これを「遂に実現!」と煽っているらしい。

馬渕に言わせると、ウクライナ戦争もディープステートの陰謀であり、ゼレンスキーはディープステートに踊らされているだけで、プーチンこそがディープステートと戦う正義の人だそうだ。そして、ウクライナが訴えているロシア軍による虐殺などは、全て「フェイク」ということになっている。

そんな人間を呼んで対談するような井上を、その2日後の「オドレら正気か?LIVE」に招いて話したところで、議論が成立するはずがない。「お前は正気か?」と言ってるだけで終わってしまう。

見ている人にもただ不毛で不快な時間を過ごさせるしかなくなるのは間違いなく、キャンセルは妥当な措置と言うしかないだろう。

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元駐ウクライナ大使の洒落にならないネオナチ的主張

それよりもっと懸念されることは、馬渕睦夫が著書で、20世紀以降の世界の重大な歴史は全てディープステートが操っていると主張していて、特にヒトラーは「意図的に巨悪に貶められて」おり、「問題は、ドイツを事実上支配していたユダヤ人がドイツ人の権利を侵害して、ドイツ文化を破壊し、自分たちの利益を優先しドイツ人との共存を図らなかったことなのです」と断言し、「むしろ、ナチスドイツは被害者であった側面が強いのです」と主張していることだ。

そして馬渕はユダヤ人の強制収容も「特別の国際法違反ではありません」と言い、「ヒトラーがジェノサイドを命令したとの証拠はこれまで発見されていません」と強弁し、アウシュビッツに関しては、「焼却炉が、終戦後、ユダヤ人を殺したガス室だとみなされるようになりました」とまで主張している!

さすがに「ホロコーストはなかった」とはっきり言ってしまうと一発アウトになることだけはわかっているらしく、「いわゆるホロコースト論争に立ち入るつもりはありません」だの「歴史的にまだ完全には証明されていないのではないか」と言いたいだけだのと見苦しい言い訳を付け加えているが、そんなことをいくら言っても完全に無意味だ。

そんな幼稚な小手先の言い繕いなど通用しない。 ここまで言っていれば、誰がどう見たって「ネオナチ」以外の何物でもない。

もしも井上が馬渕とニコ生で対談した時にヒトラーの話題が出て、馬渕の言うことに井上が同意してしまったら、大変なことになってしまう。

わしの『コロナ論』シリーズも、たけし社長の意見広告運動も、「ネオナチ」が協力していたということになって、すっかり信用を失ってしまうおそれがある。

こんなことでわしが心血を注いで作り上げた作品の価値が無になるかもしれないと思ったら、本当に腹が立って仕方がない。

信用して共闘した知識人でも、全面的に信用してはダメだ。あくまでも自分の「常識」を根拠にしなければならない。

それが、今回得た最大の教訓である。

 (『小林よしのりライジング』2023年6月6日号より一部抜粋・文中敬称略)

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image by: Edward Crawford / Shutterstock.com

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【著者】 小林よしのり 【月額】 ¥550/月(税込) 【発行周期】 毎月 第1〜4火曜日 発行予定

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