日本でも来日するたびに話題となるシルク・ドゥ・ソレイユ。老若男女問わず魅了するその理由はどこにあるのでしょうか。Google、マッキンゼー、リクルート、楽天の執行役員などを経て、現在はIT批評家として活躍されているメルマガ『尾原のアフターデジタル時代の成長論』の著者・尾原和啓さんは今回、ビジネス的にシルク・ドゥ・ソレイユを分析し、自分の感覚を持ち続けることの重要さを語っています。
シルク・ドゥ・ソレイユが人を魅了する3つのステップと日常で持ち続ける4つの習慣
人はなぜサーカスに魅せられるのか。「人がクリエイティブでいられる3つの刺激と4つの習慣」という話をしたいと思います。
尾原、年末年始はラスベガスの「CES(世界最大のテックショー)」での取材と、日経さん主催の講演がありました。そのあと日本に入って、年始にいろいろな新しい仕込みをして、昨日シンガポールに戻ってまいりました。
僕はシンガポールにいて家族は日本にいるので、海外旅行で現地集合という、ちょっと不思議なタイプの家族旅行をしました。家族でラスベガスに集合できたのは、6年ぶりかな?ラスベガスといえばナイトショーが非常に有名です。新作もいろいろ出ているので、「どこに一緒に行くかなぁ?」というので西野さんとかにも相談したんですけど、何のかんの言ってシルク・ドゥ・ソレイユの『O(オー)』を見に行ってきました。
やっぱりよかったなぁと。「人を魅了するサーカスの中で、僕は何を見つけていくのかな?」ということで、原体験を深掘りしたのでご紹介します。
シルク・ドゥ・ソレイユ『O(オー)』
そもそもシルク・ドゥ・ソレイユは、「サーカスを大人向けに再開発してみるとどうなるんだろう?」というので始まったもので、『O』はシンクロナイズドスイミングの各国のチャンピオンなど、プロのアスリートの方が出演しています。
『O』はぜひ見ていただきたいんですけど、ある時は舞台がプールになって、8メートルくらいの高さからの高飛び込みがあったり、舞台から地上が生まれ、そこでアクロバティックなことをしたり。そんな変幻自在の舞台の中ですばらしいのが、サーカスとしてのメインアクトの裏側に「ストーリーテリングとしてのキャラクター」が動いていて、舞台装置としても、アスリートの方々が踊りや何かをし続けていることです。
立体的にすべての空間の中に、統一性がある。何かは常に動き続けているんだけど、それぞれに何らかのリンクがあることで、僕らの心に差し迫ってくるものがある。『O』は僕自身も5回くらい見ていますし、西野さんも、「本当に何度見ても総合芸術としてすごい」という話をしていました。
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シルク・ドゥ・ソレイユが人を魅了する3つのステップ
シルク・ドゥ・ソレイユは、なぜ大人をも魅了するのでしょうか?ビジネス的に見た時によくいわれるのが、「サーカスは基本的に子ども向けであり、ふだんの世界では味わえないような非日常を体験させてくれるものだ」ということです。
非日常の中で、人が炎を吐いたり空中ブランコをしたり、「命を落とすかも」というスリリングさが味わえることがサーカスの原理ですが、どうしても子ども騙しに見えてしまいます。そこでシルク・ドゥ・ソレイユは、「スリリング」と「非日常」はそのままにし、大人でも楽しめるややアダルトなものも含め、子どもが楽しめる中世のような非日常のイメージを、幻想的な古典的な象徴を活用したものに合わせていきました。
サーカスの本質を残しながら、価値の源泉を子ども向けから大人向けにズラすことは、『ブルーオーシャン・戦略』という本の「バリューカーブ(ブルーオーシャンを探すために、自社と競合を商品・サービス・顧客ニーズなど項目別に分けて、その優位性を折れ線グラフで表したもの)」では有名です。
確かに商業的なセグメンテーションとしてはそうなんですけど、やっぱり人の心を動かして人を集めるものの中には、「なぜ人の心を動かしているのか?」という本質論があるんですよね。
最近はあまり謳われなくなってしまったんですけど、シルク・ドゥ・ソレイユの本質として彼らが言っているのはこちらです。
「WE ARE HERE TO INVOKE THE IMAGINATION PROVOKE THE SENSES AND EVOKE THE EMOTIONS」。
「VOKING」はこみ上げてくるもので、「INVOKE」は内側から掻き立ててくるものです。日常生活は「非の常」だから、想定どおりのことしか起きにくくなってきます。
それに対して、「何が起こるかわからない」「どうなってしまうんだろう」みたいなシチュエーションの中で、ハラハラドキドキしてくると、日常の中で蓋をしていた想像力が掻き立てられていきます。この想像力が掻き立てられていく中で起こる体験が、「PROVOKE」です。
サーカスは外からの刺激で起き上がるものとして視覚的なすばらしさもあるけど、呼吸だったり生のBGMだったり、煽情的に心を揺り動かす歌だったり。
そういう「視覚」「聴覚」「匂い」、そして何よりも「温度感」があります。「PROVOKE」というのは、こういった複数の感覚を刺激することによって、自分が挑発されることです。「こんな音、こんな視覚刺激の中でもお前はついてこれるのか?」といって、ふだんないような感覚が刺激されることによって、自分が拡張していって、やがて「EVOKE」、感覚・感情が揺り動かされる。自分の中にあるけど、なかなか見えなかった感覚・感情が揺り動かされる中で、自分の中にこびりついた感情が表出されていく。
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この「WE ARE HERE TO INVOKE THE IMAGINATION PROVOKE THE SENSES AND EVOKE THE EMOTIONS」という3つであり、この順番ですよね。想像力を内側から掻き立てられ、センスが外側から揺り動かされた結果、ふだん動きにくかった感情が湧き上がってくる。
実は僕たちがサーカスの外に戻った日常の中でも、新しい想像を掻き立てるものはたくさんあります。鳥のささやき声、葉のすれる音、そこから生じる匂い、いろいろなものの中で、僕たちのセンスは挑発され続けている。そしてそこで僕たちの感情が揺れ動き、新しい感情の交流が生まれてくる。
僕たちは、いったん自分たちの日常生活から逃げ出し、「サーカス」という非日常生活の中に入っていくことによって、本来持っていた想像力と感覚と感情の揺れ動きを取り戻します。その鋭敏さの中で日常に戻っていくことで、日々の日常をより新しく感じることができる。それがシルク・ドゥ・ソレイユだったり、今の洗練されたナイトエンターテイメントのすごさです。
VRの中では、そういうことを「イマーシブ(immersive)」といいますよね。バーチャルリアリティの表現の中では「没入体験」といいますが、没入体験は世界が別世界として統一されてしまうから、自分の日々の日常を忘れ、その世界の中に没入していくことです。
一方でイマーシブは、言葉の語源を手繰れば「イマージョン(immersion)」、要はキリスト教における洗礼なんですよね。キリスト教に入る時に、川の中に自分の頭まで浸して、今までの自分からキリスト教徒としての自分に再構築されていく。
このように、イマーシブには自分を書き換えていく体験があります。それがゆえに、西野さんの『えんとつ町のプペル』は、映画(没入的なもの)を通して「雲の上にもう一回星があると信じていいんじゃないか」「ドリームキラーに諦めさせられずに、僕たちも夢を追ってもいいんじゃないか」という自分の感覚をもう一度取り戻し、夢を追いかけることができる。自分をもう一度再生させる作用があるのが、こういった体験のすばらしいことだと思うんですよね。
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自分の感覚を持ち続けるための4つの習慣
イマーシブな体験によって自分の感覚を取り戻したり再生させたりしたあと、それをどう続けていくかを、シルク・ドゥ・ソレイユでは「4つの習慣」として提唱しています。
それは、時々快適な環境の外で動いてみることです。人間は、予測できないものがあったり、予測されない中に身を置くと不安になるから「不快」になるわけですね。だから予測できない場所に身を置くのは、自分を発動させる上で、とても大事なことです。
そうやって、時々快適な環境の外で働いてみることはすごく大事だし、その中で異なることに挑戦して、自分の限界を超えていくリスクを取ること。そして同じことを繰り返さないこと。同じことを繰り返さないというのは、大きいプロジェクトだけではありません。日常の仕事の中でも、ほんの少しの変化を入れていく。
日常の仕事の中でも創造性を発揮することをしていくことで、「INVOKE THE IMAGINATION」「 PROVOKE THE SENSES」「 EVOKE THE EMOTIONS」という自分の感覚、想像力、感情の動きを続けることができるのです。
・時々は快適な環境の外で働く
・異なることに挑戦してリスクを取る
・同じことを繰り返さない
・大きなプロジェクトだけではなく、日常の仕事の中でもちょっとした新しいこと、クリエイティビティを発揮する
僕たちはこの4つをやっていくことで、理性だけではなく、情動もリフレッシュし続けられる。理性や情動が心の中で錆びついてきていると思ったら、またこういったサーカスの世界に戻っていくと、自分の心についた垢や錆が取れて、もう一度感覚が動き出します。「こういった習慣を身に着けてみるといいよ」というのが、久しぶりに家族でシルク・ドゥ・ソレイユを見て思ったことです。
ふだんは「新しいこととのつながり」みたいなことを言っていますけれども、「情動のつながり」も楽しみながら、つながる未来を楽しみましょう。じゃあね。
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