日本が受注するはずだった案件を中国が横取りしたことで、インドネシア政府が裏切ったと言われているインドネシア高速鉄道事件。メルマガ『j-fashion journal』の著者でファッションビジネスコンサルタントの坂口昌章さんは、この事件についてなぜこうなったのかを詳しく語っています。
一帯一路の盃とビジネス
こんにちは。
皆さんは、インドネシア高速鉄道の事件をご存じでしょうか。日本が受注するはずの案件を中国が横取り。結局、工期は伸び、費用も増えたという事件です。それに関する動画が沢山上がっていて、どれも「日本を裏切ったインドネシア政府」と表現されています。
これについて、とても抵抗があるんですよね。裏切るというのは、元々仲間だった人が、的に寝返るという話であり、日本とインドネシアは仲間ではなかったはずです。
「裏切られた」という表現はとても日本的です。自分は悪くない。インドネシアと中国が悪いということですが、ビジネスの世界では通用しない発想です。本当に相手が悪いなら、訴訟を起こせばいいのです。
個人的には、訴訟できないような理由があったと思います。それを相手は利用したのでしょう。
中国と日本の考え方の違いについて解説したいと思います。
1.親分同士の盃から始まるビジネス
独裁国家は、何でもトップダウンで決めます。指導者は万能の神様のような存在であり、何でも知ってるし、何でもできます。そのように、国民を教育しています。
「無理が通れば道理引っ込む」という諺の通り、道理は通用しません。
そんな独裁国家の典型的なプロジェクトの進め方は、次の通りです。
まず、親分同士が握手します。できれば、契りの盃を交わします。これにより、特別な関係であることを互いに確認します。
中国の、一帯一路プロジェクトは、習親分がシルクロードの国々と盃を交わすプロジェクトです。盃を交わすメリットは何でしょうか。
第1に、インフラ整備です。中国が、盃を交わした国のインフラ整備をしてあげる、ということです。
第2に、必要な資金の融資です。そのための銀行、AIIB、アジアインフラ投資銀行を中国が中心となって設立しました。インフラ整備の工事は中国企業が行います。必要な資金の融資はAIIBが行うということです。
第3には、貿易による経済発展です。交通インフラが整備されれば、人、モノ、資金の流通が盛んになり、経済が発展します。
第4は、安全保障です。一帯一路に参加すれば、中国が守ってあげよう。必要があれば、人民解放軍や武装警察を駐留させます、と言います。
第5は、個人への供与です。言い方を変えれば、不正行為、賄賂の約束です。インフラと共に不正行為も輸出しています。
一帯一路は、以上のような基本的枠組み作りです。個々の案件を見ると、インフラ工事の技術不足とか、借金が膨らんで国が破綻するなど、様々な事件や事故が起きています。しかし、それはそれという考え方です。最優先は、親分同士の盃です。
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2.インドネシア高速鉄道で日本は裏切られたのか?
具体的なプロジェクトの事例として、インドネシアの高速鉄道計画があります。
本来は、日本が受注する案件で、2008年から日本の技術者が現地調査に協力し、2014年には国際協力機構が事業化に着手しました。
そこに、一帯一路構想の中国が登場します。「中国が費用を全額融資し、インドネシアには直接的な財政負担はかけない」と約束し、日本の計画を丸ごとパクッた提案をしてきたそうです。「同じ内容で、費用も安く、工期も短い。だから、中国に発注してください」という、いかにも中国らしい提案です。
インドネシア政府は、日本から中国に乗り換えました。結局、工期は大幅な延期となり、工事費も増え続けました。
この事件は、「日本を裏切ったインドネシアは大損し、日本に泣きついてきた」と解説されています。しかし、裏切るも何も、インドネシアは中国と盃を交わした間柄であり、日本は単なる工事の請け負い業者に過ぎません。どんなに後出しジャンケンでも、親分のいうことを聞くのが子分です。
ですから、インドネシアにとって、中国に発注したのは、親分への忠義を示したということです。裏切るというほど、日本とは深い関係ではなかったのです。
3.トップダウンとボトムアップの齟齬
多くの民主主義国家は、リーダーを選挙で選びます。決まったリーダーの命令に国民が従う、トップダウンの国です。
日本も民主主義国家で、総理大臣は与党の選挙で選ばれます。しかし、必ずしも総理大臣がリーダーであるとは限りません。与党の長老が実質的な権限を持っている場合もありますし、特定の分野では、官僚トップの事務次官が実質的リーダーだったりします。
日本のリーダーは、部下の意見を吸い上げ、部下の立場を尊重します。決して、独裁者のように独善的な行動はしません。そんなことをすれば、部下の信用を失い、リーダーの座から追われることが分かっているからです。
日本ではトップ同士で商談を行うことは珍しく、担当者レベルからスタートします。トップ同士で商談して、下に落とした方が簡単ですが、それをすると、担当者のやる気がなくなり、結果的に、組織力が弱体化します。
日本政府や日本企業にビジョンがないのは、ボトムアップ型組織だからです。個々の担当者の役割を重視し、その立場を尊重します。
当然ですが、高速鉄道の担当者は、独立採算のビジネス案件として扱います。道路や通信のインフラ整備については関知しません
しかし、外国政府の本音は、包括的に面倒を見て欲しいのです。鉄道が終われば、道路も通信もエネルギーも整備が必要です。できれば、大統領個人の選挙にも協力してほしい。
ですから、本当は日本の親分と盃を交わしたい。その上で、鉄道や道路や通信やエネルギー等の具体的な案件について協議したいと考えています。そういう意味では、コンプライアンス厳守の日本企業は真面目過ぎて、物足りないと感じているでしょう。
なぜ、中国のように技術レベルも低く、問題の多い国が、海外案件で日本を出し抜くのか。その要因は、技術的なことではなく、考え方の違いにあるのだと思います。
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編集後記「締めの都々逸」
「安物買いの 銭失いと 知っちゃいるけど 義理で買う」
以前、中国で、他社の商品を丸パクリしておいて、本物との比較広告を堂々と出しているのを見ました。全然悪いと思っていない。むしろ、売れ筋商品と同じ性能で、これだけ安い、と威張っている。
インドネシアの高速鉄道も、これと同じ発想です。日本が調査して立案した計画通りのプロジェクトを、より安く、より早く作るのだから、こちらと契約してくれ、と言ったのでしょう。
でも、基本的な技術力がないので、実現できない。プロジェクトをスタートする段階では、できると思っている。それも、日本ができるなら、中国もできるという裏付けのない自信が根拠。しかも、中国企業の社員も素人ばかりで、実際に工事をするのも、素人の農民工。現場の安全管理もできないので、必ず事故が起きます。
発注する側も、受注する側も、素人で、チェックも管理もできていない。日本はまずそこから教えなければなりませんね。(坂口昌章)
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