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プーチンとコロナが開けた「パンドラの箱」。高まる核ミサイル攻撃の懸念

広島、長崎への原爆投下から78年。2つの都市で21万人以上の命を奪った大量破壊兵器ですが、その廃絶の道のりは見通せない状況のようです。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、自身が現在参加している核不拡散条約会議で話し合われた内容を紹介しつつ、核廃絶が困難である理由を詳しく解説。さらにロシアがウクライナ戦争で核兵器を使う可能性について考察しています。

核廃絶は不可能なのか。相互不信と世界の分断で止まらぬ核軍拡の波

「核戦争に勝者はない。核戦争を決して戦ってはならない」

2022年1月5日に米・ロ・中・英・仏のP5と呼ばれる国連安全保障理事会の常任理事国であり、N5と呼ばれる核保有国の首脳が連名で誓った言葉です。

その僅か1か月半後の2月24日、ロシア軍はウクライナ国境を超え、ウクライナ全土に対する侵略を開始しました。その攻防は今でも続き、日々一般市民の生命と安寧、そして日常を奪い続けています。

ウクライナの後ろにはNATOをはじめとする自由主義諸国が付いて、軍事支援をはじめ、様々な支援をウクライナによる戦いに与えるだけでなく、ロシアに対してかなり厳しい経済制裁を加えて、aggressionを一刻も早く止めるように圧力をかけていますが、実質的にはあまり期待したほどのブローは与えられていません。

それはロシアの背後に中国、北朝鮮、イランが付き、ロシアによる侵攻を非難するものの、制裁には加わらず、ロシアを実質的に助ける勢力の存在が効いています。

インドはロシア産の原油と天然ガスを引き受けて他国に売りさばくハブのような役割を果たすことで儲け、ロシアに対しても外貨の提供を行っていますし、中東・アフリカ諸国もロシアに対するシンパシーを表明しており、対ロ制裁は機能していません。

結果として、いつ戦いが終わるかわからない地獄のような状況が続き、ウクライナの人々を絶望させ、ウクライナ・ロシアの周辺国に「次は我々がターゲットになるかもしれない」と恐怖を与え続けています。

バルト三国は対ロ・対ベラルーシ国境の防衛を高め、ポーランドはウクライナとベラルーシとの国境に軍を増派して備えていますし、フィンランドはNATOに加盟することで、有事の際に孤立することがないような予防外交戦略を打ちました。

現在、ロシア周辺・ウクライナ周辺地域で広がる恐怖の連鎖と相互不信の波の原因となっている要素の一つがロシアの核兵器の存在です。

2022年2月24日の“開戦”以降、事あるごとにロシア政府は核の使用を仄めかす威嚇を行っています。

核使用ドクトリンも見直され、「ロシア本土への攻撃が行われ、ロシアの国家安全保障が脅かされると判断される事態においては、ロシアは防衛のために核兵器を使用する」という内容がより強調されることとなりました。

これまでのところ、ロシア・ウクライナ間の戦況は一進一退の状況になっており、決してロシアにとって望ましい状況ではありませんが、幸運なことに、ロシア政府高官による度重なる使用の脅しとは別に核兵器の使用には踏み切っていません。

ウィーン出張中にフィンランドの政府高官とじっくりと話し合う機会がありましたが、その際、フィンランドはNATOに加盟したが、それはNATOの提供する核の傘という“核のアライアンス”への参加を意味しないと言われました。

その発言の意図を整理しますと、先述の通り、フィンランドのNATO加盟は、ロシアからの侵略の危険性の高まりに際し、ウクライナのように孤立する状況は避けるため、ロシアに対して毅然と対抗する陣営に入るという戦略であり、それは決して“NATOが提供する核兵器の傘”を受け入れるものではない、というものです。

少し矛盾するようにも見えますが、欧州が核兵器に対して持つ恐怖感と嫌悪感を表現しているようにも感じました。

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「30分で地球が壊滅する事態」に陥る一歩手前にある世界

個人的にはロシアが核兵器を使用することはないと考えていますが、それでもここ最近、ロシア国内の核戦力はon alert状態になり、いつでも使用できる状態になっているということですし、NATOサイドも、トルコにあるNATO基地の弾頭は例外として(注:トルコがアメリカ政府に対してNOを突き付けているとのこと)、NATOの核兵器もすぐに使用できる状態に置かれており、今、ロシア・欧州各国・アメリカがお互いに対して核弾頭を向けている状況にあります。

つまり何らかの間違いであったとしても、一発発射された時点で、相互に弾頭が飛び交う事態が容易に予想でき、長く見積もっても30分で地球が壊滅する事態に陥る一歩手前にいることになります。

NPT(核不拡散条約)の第1回目レビューのための準備会合の場でも、その異常な緊張感は共有されており、その場にいる者たちの目は、ロシアによるaggressionと核の使用の脅しのみならず、その背後で加速度的に進む核兵器の軍拡の動きにも向けられています。

国際社会の目と非難がロシアによる核兵器使用の威嚇に向けられている間に、私たち日本の周辺で急速に核軍拡が進められています。

北朝鮮は核開発を急速に進め(そしてロシアなどからの支援も受けて)、弾道ミサイルの性能も格段に上げたことで、ついに高い精度でアメリカ全土を攻撃できるミサイルシステムを手に入れ、そのICBMには小型化された核弾頭を搭載できるまでに至っているという分析が入っています。

北朝鮮が実際に核を使用するかどうかは金正恩氏のみ知るところかもしれませんが、アメリカや中国、ロシアと対等に話したいという願いと、リビアのカダフィ大佐が核兵器を廃棄したことで、後日、攻撃対象にされてしまったことを踏まえ、「核兵器を持たない国は大国に蹂躙される」という思い込みが強まっており、今後も核戦力の拡大が、国内の悲劇とは裏腹に、進められそうです。

中国については、中国人民解放軍の戦闘力と性能が著しく高まってきていますが、今後、“アメリカに追いつけ追い越せ”を支えるのは、核兵器と宇宙戦力と言われており、核兵器・核戦力の増強がかなり迅速に進められています。

現在、NPTの場では「核放射性物質の製造を禁止する」旨、話し合われ(FMCTとの関わりで)、核保有国の現状報告の基準と透明性の確保が議論されていますが、“国家安全保障上の問題”で拒否の姿勢を貫いているのは、中国だけです(注:北朝鮮はNPTを脱退しているため、対象とはならない)。

ちなみにあまり報じられませんが、中国が保有し、すでに配備されているらしいICBMはアメリカ・欧州全土を射程距離に収め、驚くことに北半球はもちろん、南半球経由でもミサイルを飛ばすことが出来る能力を手に入れているようです。非常に懸念すべき状況ではありますが、誰もその歩みを阻む国がありません。

アメリカも欧州も核保有国ですし、ロシアは“一応”味方で、北朝鮮も中国に守られる形で核開発を進めています。ライバル・インドも核兵器を持つ国ですが、自国に非難が跳ね返ることを恐れて、非難をしません。

皆さんもイラン核問題のニュースで耳にされているかと思いますが、ウラン濃縮度が20%を超えると、核兵器用の高濃度ウランを製造できるレベルまで高めるのは技術的には簡単と言われており、その能力を有する国は、実際に核兵器を製造し配備するかどうかは別として、結構な数に上ります。

「イランやイスラエルがそうするなら私たちも」と発言するアラブの大国たちもそうですし、すでに開発を止めた南アもブラジルもその能力は保有しています。

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意味あるものと思えぬ現在進められている核軍縮の議論

今回、ウィーンでのNPTの裏番組的に開催した会合では、核軍縮・核不拡散のモメンタムを維持できるかどうかの瀬戸際に私たちは立っているという認識が共有されましたが、ロシア・ウクライナ戦争やコロナのパンデミックを機に一気に表出した世界の相互不信の強まりと分断が、核兵器の再度の使用というパンドラの箱を開けることにつながりかねないという懸念が表明されています。

国連のグティエレス事務総長は8月6日の広島での式典に向けて「核兵器が完全に廃絶されるまで、核保有国は決して核を使用しないことを約束しなくてはなりません。そして核のリスクを排除する唯一の方法は、核兵器を廃絶することです」と訴えかけました。

これについては全くその通りだと思います。

ただ別の機会に「平和を実現するためには核兵器を世の中からなくすことが不可欠だ」と述べましたが、これに対しては、私はYESとNO両方の答えを持っています。

確かに核兵器が存在する限り、相互同時破壊の可能性は常にそこにあり、以前お話ししたとおり、「自ら作り出した種の絶滅を招く自殺手段」としての核兵器の性格を無にしてしまわない限り、“平和”は訪れません。

【関連】核による“人類の自殺”まで秒読み段階。暴走プーチンが握る世界の命運

しかし、100%その通りとは言えない自分もいます。

最近、専門家が議論するNo First Useの理念(核の先制不使用)がありますが、これ自身に反対する者はいないと信じる半面、核兵器廃絶や核軍縮の議論を総合的に見た際、これはもっともらしく聞こえるが矛盾している内容であると認識しています。

「核を先制使用する者は、即時に核兵器によって報復され、結果、自身も破壊されることになる」という理念と、「核弾頭数を段階的に減少させることに合意する」という理念、「核軍縮の問題は核保有国がイニシアティブをとるべき問題であり、非核保有国は軍縮から廃絶への機運を高めることが役割」という認識、そしてTPNW(核兵器禁止条約)が掲げる「核兵器の禁止」という理念が並立していますが、これらは果たして共存できるものでしょうか?

MADと評される相互破壊の保証は、No First Useの理念を支持する内容だと思いますが、その後に続く報復の内容と、核弾頭数のお話は矛盾します。

相互破壊に対して1万2,000発の核弾頭は必要なく、多く見積もっても現在3発で地球を再生不可能なレベルまで完全に破壊できると言われていますので、現在進められている核軍縮の議論も、実際に起こりうる悲劇に比してみれば、あまり意味のあるものとは思えません。

では核兵器を禁止するTPNWはどうでしょうか?

核兵器の禁止は目指すべき出口・ゴールだと考えていますが、明日から核兵器の製造・保有、そして使用を禁止することに世界が合意したとしても、それが核廃絶に繋がるかというと、かなり道は険しいかと思います。

核軍縮の議論と合わせてみてみると、恐らく最後の1発までの廃棄は、相互に検証可能である限りはさほど難しくないでしょう。しかし、最後の1発をめぐる駆け引きと抵抗はかなり強固であることが予想され、かなり高い確率でcheat(ごまかし)が起こるでしょう。

大量破壊兵器の議論でよく出てくる隠蔽の問題もあるでしょうし、現存の弾頭をすべて廃棄したとしても、ノウハウも技術ももちろんしっかりと残り、受け継がれるわけですから、相互不信という越え難い心理的な壁が取り除かれるという奇跡的な状況が起きない限りは、いつ何時、核兵器の最新版が極秘裏に製造されるか分かりません。

TPNWを実現可能な取り決め・出口にするためには、核兵器が持つ役割をなくし、核兵器の存在意義をなくさないといけません。

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「プーチン後」のロシアで高まる核兵器使用の可能性

核兵器が持つ役割を、よく私たちは核抑止力と言い換えることがあります。

核抑止力には様々な定義が存在していますが、私は「核兵器は相互不信と互いに対する恐怖に根付いた感情が生み出した兵器であり、相互に対する恐怖が存在する限り、核を保有する相手に対する攻撃を思いとどまる要素」と考えています。

ゆえに今年8月6日と9日に語られた「核抑止の理論の破綻」は、残念ながら起きていないと感じ、悲しいことに核抑止はまだ健在だと思われます。

ところでロシアは核兵器を持っているからウクライナに侵略したのでしょうか?

いろいろと分析をしてみると、ロシアがウクライナに侵攻する理由には、核兵器の存在はあまり重視されていないことが分かります。それよりは地政学的な側面が強く、緊張関係が高まる隣国が自国に次ぐ軍事力を保有するという事実に対する恐怖感と、歴史的にウクライナを自国の一部とみなし続けてきた現実から行われた侵略であり、話題に核兵器が出てきても、実際に核兵器のウクライナに対する使用は起こりえないと見ています。

例外があるとしたら、ウクライナ軍とその背後にいるNATO軍がロシア領内に攻撃を拡げた場合、その戦力を殲滅するために使用するという恐ろしい状況かと思いますが、そこはNATOもかなり慎重で、事あるごとにウクライナにも釘を刺しています。

しかし、最近、ウクライナ国内におけるゼレンスキー大統領への支持が揺らいでおり、遅々として進まない反転攻勢への苛立ちと、自国の命運をアメリカや欧州各国に握られている実情に反感を持つナショナリスト勢力の台頭が明らかになってきており、その勢力が、ゼレンスキー大統領の知らないところで、ロシアに対するロシア領内での攻撃を加速させ、ロシア側のレッドラインを超えるというシナリオがだんだん妄想ではなくなってきました。

ロシア軍はまだ余力を残していると言われているので、即時に核の使用に踏み切ることはないと考えますが、仮にプーチン大統領の神通力が弱まったり、プーチン大統領が排除されたりした場合、起きうるのは、和平を望む穏健派の台頭ではなく、プーチン大統領以上に過激なリーダーが指揮を執り、プーチン大統領が思いとどまった核兵器の使用に踏み切ることにつながる可能性が高まる事態です。

今、世界は非常にデリケートで脆弱な基盤の上で、かろうじて和平と安定を保っているように見えます。

そのバランスが崩れた時、核保有国はガードを固めつつ、核兵器をanytime readyの状態に置き、非保有国は核武装に走るか、戦いのリングから完全に下りるかの選択を行い、いつ破滅を迎えてもいい状況に陥る可能性が一気に高まることになります。

よく私たちは「人は理性的に動く」と考えがちですが、行動経済学・行動心理学で見てきたように、私たちは自分でも理解できないチョイスをし、行動を取ることが多々あります。

つまり「人は理性的には行動しない」ということが出来、偶発的に起こるショックに対するリアクションを、自身で予測することができません。

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戦闘当事者たちにかかっている膨大な停戦圧力

ロシアとウクライナの戦争は膠着状態にあり、巷では年末までに一旦停戦すべきとの意見が高まってきていますし、ウクライナの最大の支援国であるアメリカ国内でも共和党の7割以上がこれ以上のウクライナ支援は不適切と考え、リベラルと評されるCNNの世論調査では57%のアメリカ人がウクライナへのこれ以上の支援は望ましくないと答えていることから、戦闘当事者たちに膨大な圧力がかかっていることが分かります。

プレッシャーに晒され、手元に勝敗を左右することが出来る方法や道具があるとき、私たちは理性的に振舞うことが出来るか。

停戦の話題がニュースで流れる中、もしかしたら、私たちは78年前に広島と長崎の罪なき人々を襲った残虐な現実を忘れ、再び開けてはならない扉を開いてしまうことになるかもしれないと、私は非常に恐れています。

感情的になりすぎでしょうか?ただの妄想でしょうか?

そうであることを心の底から祈ります。

国際情勢の裏側でした。

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image by: Naletova Elena / Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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