近年頻発している自動車、特に大型車のタイヤ脱落事故。被害者が命を落とす痛ましい事例も多く報じられていますが、その原因はどこにあるのでしょうか。今回のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』では健康社会学者の河合さんが、直接耳にしたという「整備現場の声」を紹介。さらに現在日本が見舞われている「現場の技術継承問題」を考察・解説しています。
プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。
日本で自動車の「タイヤ脱落事故」が急増中。もう整備現場に“プロ”は必要ないのか?いや、もういないだけ
「現場で技術移転できない、その土壌が崩れてきた」――。こんな話が聞かれるようになったのは、かれこれ10年ほど前です。
「技術を習得するには最低でも3年から5年はかかるのに、入社して1年も経たないで辞めてしまう」
「車に興味ある若者がいない。新人が集まらない」
「現場が高齢化している。人手が足りない」
などなど…。
私は“現場”が好きで、講演会やら取材やらで製造業の会社に行った時には必ず現場=工場を見学させていただきました。現場に立つと、そこに漂う「誠実な空気感」に感動するのです。「ああ、私たちの生活はここで毎日、作業着に身を包み、腹の底から真面目に働く人たちに支えられているのだな」と。
おそらくそんな私の経験と現場への思いが影響したのでしょう。今朝、「タイヤの脱落事故が相次いでいる」とのニュースを聞き、真っ先に頭をよぎったのが「現場の技術継承問題」です。
12月1日、青森県八戸市の八戸自動車道で、走行中の大型トラックから後輪の左側のタイヤ2本が外れて道路脇で作業をしていた32歳の男性会社員にぶつかり男性はその後、死亡し。同じ作業をしていた別の男性も軽いけがをしました。11月30日には、島根県浜田市の国道で走行中の大型トラックのタイヤが外れ、路側帯を歩いていた男性に衝突し男性が負傷。
いずれの事故も、冬用タイヤに交換したあとに起きたそうです。
実はタイヤがはずれる事故は、数年前から増えていました。例えば、国交省のデータでは、2019年度は112件で、前年より31件も増えているのです。
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進む技術の弱体化と、潰される創造性の土台
自動車業界では、開発領域の多様化や技術の高度化が進み、幅広い技術分野が結集した開発が行われています。しかし一方で、技術者も技術を指導する人も不足しているとのこと。そもそもどこの業界も同じですが、指導する立場の技術者は通常業務と並行して後進を育成しなければならず、時間が足りないのです。
また、車の整備士を希望する若者も減少傾向です。特にディーラーの整備工場では、人材不足が顕著で、運営に支障をきたしている工場も出てきています。
最近、若者の間では「他の業種でも役に立つスキルを身に付けたいニーズ」が高まっていますが、スキルを身につけただけでは使いものにはなりません。「現場で学び、現場で悩み、現場で熱くなった経験」をしてこそ、スキルが磨かれ不足の事態にも対応できるようになり、「成長」という2文字を実感できます。
それはどんな仕事でも10年やってれば、プロになれるということでもある。長く一つの現場にいることが評価されない今、プロは育つとは到底思えません。
結局、さまざま技術がブラックボックス化し、信じられないようなミスが起き、予期せぬ事故に対応できず、「技術の弱体化」が進んでいく。それは同時に、創造性の土台を潰していくようなものではないでしょうか。
みなさまのご意見を教えてください。技術の現場に関わっている方は是非!
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