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「医者は聖職」という時代錯誤。何が神戸市“医師過労自殺”を招いたのか?

昨年5月、将来を嘱望されていた一人の医師が26歳で自ら命を絶ちました。亡くなる前月の時間外労働は200時間を超え、100日連続で勤務にあたっていたと報じられています。医療の現場でなぜこのような事態が起きてしまったのでしょうか。今回のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』では健康社会学者の河合さんが、その原因の一つに「医師は頑張るのが当たり前」という価値観が未だ払拭されていない現状を指摘。さらに混同されがちな「過労死」と「過労自殺」の違いを解説しています。

プロフィール河合薫かわいかおる
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。

聖職?長時間労働でも生きがい?

昨年5月「甲南医療センター」に勤務する医師(当時26歳)が、過労自殺した問題で、西宮労働基準監督署は、運営法人「甲南会」と院長、男性の直属の上司だった医師を労働基準法違反容疑で神戸地検に書類送検する方針を固めました。

報道によると、医師が亡くなる直前の1ヶ月間の時間外労働は、月207時間を超え、休日は100日間連続で取得していませんでした。

2022年5月17日の退勤後、自宅で亡くなっているのを家族が見つけ、遺族が同年12月甲南会や院長を刑事告訴。労基署は、電子カルテの記録などを改めて精査し、労使協定の範囲を超えていたと判断しました。

この問題はメディアでも度々報じられ、病院側が残業時間について「200時間には自主的に勉強する『自己研鑽』が含まれる」として、長時間労働を否定。第三者委員会の調査では、「長時間労働はあった」と指摘されていたのに、あくまでも「自己研鑽」と否定し続けていたのです。

自己研鑽とは「診療等、その本来業務の傍ら、医師の自らの知識の習得や技能の向上を図るために行う学習、研究等である」と定義され、これを労働時間に含むかどうかはかねてから議論が続いていました(指針では労働時間に含むと指定されている)。

欧米でも「自己研鑽」は重視されていますが、ほとんどの国で自己研鑽する期間を勤務時間とは別に確保し、国によっては賃金を払うケースもあります。

人の命を預かる医師だからこそ、医師の健康を最優先し、「万全の状態で医療活動に従事する」という価値観を、さまざまな方面から周知徹底し、そのためのシステムを構築しているのです。

しかし日本は、ここでも後進国です。日本では医師が「労働者である」との認識が長い間なされてこなかったために「医師は頑張るのが当たり前」という価値観が、いまだに払拭されていません。

「一貫して“医師は被害者”という論調になっている。長時間労働でも、生きがいを持って仕事をしている医師たちは山ほどおり、そうした医師のことが考えられていない」と公言し、炎上した“お偉いお医者さま”もいらっしゃいました。

ただ、医師の長時間労働や過労自殺などが社会問題化したことで、病院によっては「いい経営」に舵をきり、オンとオフを明確にしたり、チーム医療を徹底することで医師の健康を守っています。暗闇の中の一筋の「光」です。

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一方で、今回、個人的に残念だったのは「過労自殺」を「過労死」と同義で扱ってるメディアが少なくなかった点です。過労死と過労自殺は、別ものです。「過労死」と「過労自殺」を分けて考えないことには、過労自殺をなくすのが極めて難しくなります。

「過労死」はいわゆる突然死で、長時間労働と直接的な関連があるため、長時間労働をなくせば、過労死を防ぐことが可能です。

一方で、過労自殺は「長時間労働」を防ぐだけではなくなりません。過労自殺の場合には、目標の達成ができないなどの行き詰まりから来る精神的なストレスの比重が高く、鬱などの精神障害の発症と深く関係します。

医師の「自己研鑽」には研究論文の提出や、学会発表なども含まれていますので、論文の進み具合などで、精神的に追いつめられた結果、生きる力を失ってしまう可能性も十分に考えられます。

極論をいえば「長時間労働」がなくても、過労自殺はおこります。通常の勤務と自己研鑽の両立は極めて難しい。だからこそ、海外では「自己研鑽」と通常の勤務を分けているのでしょう。

いずれにせよ、「医者は聖職であり、医者は唯一無二の存在だ」などと、時代錯誤の考えは淘汰されるべきだし、2024年4月から開始予定の「医師の働き方改革」を確実に実行してほしいです。

みなさまのご意見、お聞かせください。

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