プーチン大統領にいいように弄ばれ、カネを失っただけだと批判されることが多い安倍政権の北方領土返還交渉。しかしこのような見方に否定的な意見もあるようです。今回のメルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』では国際関係ジャーナリストの北野幸伯さんが、安倍元首相がロシアに北方領土返還の意思がないことを見抜いていながら、プーチン大統領に接近した理由を解説。さらに今後の「返還の可能性」についても言及しています。
ロシア・ラブロフ外相「領土をめぐる論争は終わった!」の意味
全世界のRPE読者の皆様、こんにちは!北野です。
ロシアのラブロフ外相が「領土をめぐる論争は終わった」と断言しました。『共同』12月18日。
ロシアのラブロフ外相は18日の政府系テレビ「第1チャンネル」のインタビューで、ロシアにとって日本も含めた他国との「すべての領土を巡る論争は終わった」と述べた。ロシア外務省が映像を公開した。
日ロ関係最大の懸案である北方領土問題をこれ以上交渉する考えがないとの姿勢を示したと受け取れ、日本側の反発を招くとみられる。
この発言、皆さんどうでしょうか?「北方領土問題をこれ以上交渉する考えがないとの姿勢を示した」とのことです。
しかし、28年間モスクワに住んでいた私が思うに、「プーチンは、そもそも北方領土を返還する気がなかった」のです。では、安倍総理時代の「日ロ蜜月時代」は何だったのでしょうか?
プーチンの作戦は、以下のようなものでした。
- ロシアが日本から欲しいのは、技術と金だけ
- 北方領土返還をほのめかすことで、日本から技術と金をもらう
- でも、結局北方領土は返さない
ということは、安倍さんは、だまされつづけたのでしょうか?そうは思いません。安倍さんも、北方領土返還が不可能に近いことは知っていたでしょう。
しかし、安倍さんは、「別の大きな理由」でプーチンに接近していたのです。なんでしょうか?中国の、「反日統一共同戦線戦略」を「無力化すること」です。
2012年11月、中国は、ロシアと韓国に、「反日統一共同戦線創設」を提案しました。
【必読証拠】反日統一共同戦線を呼びかける中国
を読んでいただければわかりますが、中国の戦略の骨子は、「日米関係」「日ロ関係」「日韓関係」を破壊することで、「反日統一共同戦線」を創り、日本を孤立させ、破滅させることでした。
安倍総理は、逆に、「日米関係」「日ロ関係」「日韓関係」を改善させることで、反日統一共同戦線を「無力化」させたかったのです。だから安倍さんは、「希望の同盟演説」でアメリカとの関係を最高にした。「慰安婦合意」で韓国と和解した。プーチンの不誠実さ、狡猾さを見抜きながら、ロシアと和解した。
大部分の日本国民はこのことを知らないので、「安倍さんは、プーチンと仲よくしたが、結局北方領土を取り戻すことはできなかった」と批判します。しかし、プーチンには「そもそも返す気がない」のですから、誰がやっても同じです。
民主党の鳩山さん、菅さん、野田さんは、領土問題を一歩でも前進させることができましたか?できるはずありません。むこうに返す気が全然ないのですから。
しかし、安倍さんは、日ロ関係を改善させることで、中国の「反日統一共同戦線戦略」を「無力化」することには成功しました。
このこと、日本人は知りませんが、中国政府は知っています。それで、プーチンが2016年12月に訪日したとき、焦ったのです。『時事通信』2016年12月16日付。
中国国営新華社通信は日ロ会談に関する論評で「安倍首相はロシアを抱き込み、中国に対する包囲網を強化したい考えだが、中ロ関係の土台を揺るがすのは難しく、もくろみは期待外れとなる」と反発。その上で「(安倍氏の)私益だけを求めた自分勝手な外交思考は、日本が隣国からの信頼を得ることを間違いなく困難にする。ただの一方的な妄想だ」と批判した。
そう、安倍総理は、中国の「反日統一共同戦線」を破壊し、逆にロシアを「反中包囲網」に引き入れたかった。繰り返しますが、日本人はこのことを知らず、中国政府は知っていました。
今、日ロ関係は最悪になっています。ですが、安倍さんは、成功したのです。なぜでしょうか?
中国が「反日統一共同戦線戦略」をオファーした2012年11月から2018年10月までは、大げさでなく、「日中戦争時代だった」と言えるでしょう。もちろん、戦闘ではなく、情報戦、外交戦、経済戦などがメインだったわけですが。
安倍さんは、この戦争に勝利したのです。なぜ?2018年10月のペンス演説から、「米中覇権戦争」がはじまったからです。日中戦争は、米中戦争に転化した。そして、今も「米中覇権戦争」の時代が続いています。
プーチンが欲しかったのは、本当に「技術と金だけ」なのか?
ところで、プーチンが欲しかったのは、本当に日本の「技術と金だけ」だったのでしょうか?
これ、時系列で追うことで理解することができます。
まず、安倍さんが総理に返り咲いたのは2012年12月です。安倍さんは、中国に対抗するために、「ロシアと和解する」ことを決意していました。だから2013年、日ロ関係は、とてもよかったのです。
しかし、2014年3月、大事件が起こります。そう、ロシアがウクライナからクリミアを奪った。日本は、欧米の対ロシア制裁に加わりました。日本政府は、ロシアと「金儲け」の話がしにくくなった。そして、話すことと言えば、「北方領土返せ!」だけ。これで日ロ関係は、大いに悪化しました。
「このままではよくない」と思った安倍総理は2016年5月、プーチンにいわゆる「8項目の提案」を行いました。「8項目の提案」とは、
- 健康長寿の伸長
- 快適・清潔で住みやすく、活動しやすい都市作り
- 中小企業交流・協力の抜本的拡大
- エネルギー
- ロシアの産業多様化・生産性向上
- 極東の産業振興・輸出基地化
- 先端技術協力
- 人的交流の抜本的拡大
のことです。
要するに安倍さんはプーチンに、「金と技術をあげるから仲よくしようよ」と提案した。日本の金と技術だけが欲しいプーチンは、もちろん食いついてきました。そして、2016年12月のプーチン訪日が実現し、日ロ関係は「ソ連崩壊後ベスト」と言えるほど改善されることになったのです。
中国が大いに焦ったことは、すでに書きました。ところが、安倍さんの真意は、ほとんど知られていません。日本の政治家もマスコミも国民も、「日ロ関係は、北方領土だけ」と考え、安倍さんに圧力をかけます。
そこで安倍さんは2018年11月、大きな決断を行います。つまり、「4島一括返還」ではなく、「2島返還」にシフトしたのです。安倍さんとしては、「2島返還は1956年の日ソ共同宣言に明記されているので、プーチンを説得できる」と考えたのかもしれません。
しかし、既述のように、プーチンには、「北方領土を返す気」が全然ありません。4島だけでなく、2島でもです。そこで、ごちゃごちゃと理屈を言うようになってきた。
たとえば2019年3月、プーチンは、北方領土を解決するためには、「まず日本が日米安保条約から離脱しなければならない」と言いました。要するに、プーチンはもとから返す気がなかったということです。
安倍さんが、「金と技術をあげますよ」と言うと、にっこり微笑み、近寄ってくる。でも、安倍さんが、「2島でどうですか?日ソ共同宣言にもありますし」と言うと、「じゃあ、日米安保から離脱しろ!」と無茶を言う。
ここまでで、私の説、
- ロシアが日本から欲しいのは技術と金だけ
- 北方領土返還をほのめかすことで、日本から技術と金をもらう
- でも、結局北方領土は返さない
が事実であることがわかったでしょう。
ラブロフが、「すべての領土を巡る論争は終わった」などと言っています。日本政府は「遺憾砲」発射でしょうか?ですが、本質は、何も変わっていません。プーチンは、今も昔も大昔も、「北方領土を返そう」と思ったことはないのです。プーチンが欲しいのは、日本の金と技術だけです。
日本は、この事実を知ったうえで、「ロシアとどうつきあっていこうか?」と考える必要があります。安倍さんのように、「ロシアを対中包囲網に入れれば、中国に勝てる」と考えるのか。それとも岸田さんのように、「ウクライナに侵略したロシアの味方をすれば、日本は北朝鮮、シリア、ベラルーシ、エリトリアの仲間入りだ。ここは、はっきりウクライナ側につこう!」と考えるのか。
いずれにしても、ウクライナ戦争が続いている間は、現状の冷戦路線維持でいくしかないでしょう。そして、プーチン後は、「北方領土返還の可能性」がでてくるかもしれないことを強調しておきたいと思います。
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image by: 首相官邸