1日に能登半島地震、2日にはJAL機炎上事故と、波乱の幕開けとなった2024年。海外に目を移せば、ウクライナや中東で上がる戦火は収まる気配もありません。かような2024年の「リスク」を考察しているのは、ジャーナリストの高野孟さん。高野さんは自身のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』で今回、米国の国際情勢分析家が発表した「2024年10大リスク」を引きつつ、今年の世界を大きく左右するであろう「3つの戦争」を解説しています。
※本記事は有料メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2024年1月15日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:高野孟(たかの・はじめ)
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。
2024年の世界を左右する「3つの戦争」の深刻
米国の国際情勢分析家イアン・ブレマー=ユーラシアグループ代表が毎年初に発表する「今年の10大リスク」は正月の楽しみの1つで、もちろん本誌の見方とは一致するところもあればしないところもあるが、その両方を含め大いに知的な刺激を与えてくれる。近年は英語版本文の発表と同時にユーラシアグループ日本オフィスから邦訳が公開されているので、全文を読むことをお勧めする。
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「アメリカ対アメリカ」の域に達しつつある米国内の対立
ブレマーの「2024年10大リスク」のNo.1は「米国の敵は米国」──すなわち米国内の対立が極端なところにまで進み、政治制度が前例のないほどの機能不全に陥る中での大統領選が世界80億人の運命を左右することこそ、今年の最大の問題であるというにある。これは、本誌が前号でこの大統領選を「史上最悪の『悪魔の選択』」と呼び、その根本原因を「ポスト覇権という世界的なトレンドに適応することが出来ず、従ってそのトレンドの中で自分がどのような地位と役割を占めればいいのか分からなくなってしまった『アイデンティティ喪失状態』に陥っていること」と説明したのと、結論において一致する。
【関連】迫られる悪魔の選択。バイデン対トランプという最悪な一騎打ち
そこへ話を持っていくブレマーのレトリックが面白くて、「3つの戦争が世界情勢を左右する。ロシア対ウクライナは3年目、イスラエル対ハマスは3カ月目に入った。そして米国対米国の争いは、今にも勃発しそうだ」(「はじめに」)と言う。つまり、米国内の対立はすでに米国が米国を敵とする「戦争」の域に達しつつあるという訳である。
▼米国の政治システムの機能不全は先進工業民主主義国の中で最もひどく……そして今年はそれがさらに悪化するだろう。大統領選は、米国の政治的分裂を悪化させ、過去150年間経験したことのないほど米国の民主主義が脅かされ、国際社会における信頼性を損なうだろう。
▼2大政党の大統領候補は、いずれも大統領に不適格だ。トランプ元大統領は、自由で公正な選挙の結果を覆そうとしたことなど何十件もの重罪で訴追を受けている。バイデン大統領は2期目終了時に86歳になる。米国人の大多数は、どちらも国のリーダーにはしたくないと考えている。
▼トランプが勝てば、広範な暴力が現実のリスクとなり、米国の民主主義の終焉を招くことになろう。また、投資先としての米国の長期的な安定性、金融面での約束の信頼性、海外パートナーとの約束の信頼性、グローバルな安全保障秩序の要としての役割の持続性についても、根源的な疑問が生じ始めるだろう……。
ここで「150年間経験したことのない」と言うのは、リンカーン暗殺で終わった南北戦争以来、という意味なのだろうか。だとすると、民主主義の本家を自慢してきた米国は、もう一度内戦を戦わなければならないほどの民主主義の壊れ方に直面しているということになる。それにしても不思議なのは、誰が見てもそんな馬鹿馬鹿しい結果にしかならないことが分かりきっている大統領選の構図を取り除いて、別のものに置き換える力がこの国のどこにも残っていないというのはどうしてかという問いに、ブレマーも答えていないことである。
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「分割」から逃れられないウクライナ
さて、他の2つの戦争はどうなるだろうか。ブレマーの今年のリスクNo.3は「ウクライナ分割」である。
▼ウクライナは今年、事実上分割される。ウクライナと西側諸国にとっては受け入れがたい結果だが、現実となるだろう。少なくとも、ロシアは現在占領しているクリミア半島、ドネツク、ルガンスク、ザポロジエ、ヘルソンの各州(ウクライナ領土の約18%)の支配権を維持し、支配領域が変わらないまま防衛戦になっていくだろう。
▼ロシアは現在、戦場での主導権を握っており、物的にも優位に立っている。ウクライナが人員の問題を解決し、兵器生産を増やし、現実的な軍事戦略を早急に立てなければ、早ければ来年にも戦争に「敗北」する可能性がある。
▼ウクライナが分割されれば、国際舞台における米国の信頼も損なわれる。バイデンは選挙の年にウクライナ問題での政治的敗者となり、その分だけトランプが有利になる……。
ゼレンスキーが昨年6月に開始した「反転攻勢」は失敗に終わり、クリミアはもちろん東部のロシア系住民が多数を占める地方の領土的奪回はすでに困難になった。そうなってしまうのは、(ブレマーはそれについて何も言っていないが、私に言わせれば)単に戦場での現在の力関係の問題ではなく、ウクライナ戦争の政治的本質ゆえである。
本誌が繰り返し指摘してきたように、2014年以来のキーフ政府と東部諸州の内戦は、フランスとドイツも後見人として加わった国際的な協約としての「ミンスク合意」に従って、ウクライナが東部のロシア系住民に一定の自治権を付与する制度改革を実行することを怠ったことから始まったもので、だからと言ってロシアがそれに武力介入したのは戦術的に誤りだとは思うけれども、結局のところ問題は、どうしたら東部のロシア系住民の自治権=生存権を保証できるかに帰着せざるを得ない。
これは、仮にゼレンスキーの反転構成が成功して彼が東部の領土を奪還したとしても同じことで、彼はやはり憲法を改正し法律を整備して東部に一定の自治権を付与して融和を図る以外にない。だったら最初からそうしていれば、内戦が激化し、ついに我慢し切れなくなったプーチンの介入を招くこともなかったのである。政治的に妥当性のない軍事作戦ほど成功の見込みが少ないものはない。
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ガザの戦火は中東全体に拡大するのか
ブレマーの今年のリスクNo.2は「瀬戸際に立つ中東」である。
▼今のところ戦争はガザに封じ込められているが、火薬は乾いており、現在のガザでの戦闘は、2024年に拡大する紛争の第1段階に過ぎない可能性が高い。
▼イスラエルのネタニヤフ首相には、ガザ作戦を継続したり、北部でヒズボラ攻撃の作戦を開始したりする理由がある。失脚や刑務所行きを避けるためだ。
▼米軍はほぼ間違いなくイスラエルの活動を支援し、イランはヒズボラを支援するだろう。エスカレートのスパイラルは、イスラエル・米国とイランの間の影の戦争を実際の戦争に変える可能性がある。
▼武装組織フーシもまた、エスカレート路線を追求している。フーシがこの路線を続ければ、イエメン国内の基地が攻撃される可能性が高まり、米国とその同盟国がより直接的に戦争に巻き込まれることになる……。
このような負の連鎖を食い止めるには、そもそものイスラエルとパレスチナの2国家共存の道筋に立ち返るしか方法がないが、ネタニヤフには全くその気がなく、そのためユダヤ人に対する暴力が世界中で蔓延するだろう。
こうして「3つの戦争」は相互に絡みながら、2024年の見通しをますます暗いものへと追いやっていくだろう。
ちなみに、他のリスクは次の通り。
- No.4 AIのガバナンス欠如
- No.5 ならず者国家の枢軸
- No.6 回復しない中国
- No.7 重要鉱物の争奪戦
- No.8 インフレによる経済的逆風
- No.9 エルニーニョ再来
- No.10 分断化が進む米国でビジネス展開する企業のリスク
(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2024年1月15日号より一部抜粋・文中敬称略)
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- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.493]トリチウム汚染水はまず東京湾に放出すべき(4/12)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.492]4月リバウンド、5月緊急事態、7月感染ピークか?(4/5)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.491]土こそいのちのみなもとーー高田宏臣『土中環境』に学ぶ(3/29)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.490]早くも半壊状態に陥った菅義偉政権(3/22)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.489]日朝平壌宣言から来年で20年ーー安倍晋三がすべてをブチ壊した!(3/15)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.488]何一つ変えられないまま衰弱していく残念な日本(3/8)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.487]すでに破綻している日本の「ワクチン供給」確保(3/1)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.486]コロナ禍の国際政治学(2/22)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.485]森会長辞任でますます加速する菅政権の崩壊(2/15)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.484]コロナ後の世界に向けての「資本主義」の乗り越え方(2/8)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.483]「4月頓死」説が強まる菅義偉政権のヨレヨレ(2/1)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.482]バイデン政権で米中関係はどうなる?(1/25)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.481]トランプ流ポピュリズムの無残な末期(1/18)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.480]米中はゼロサム関係ではないーー米国はなぜ対中ヒステリーに走るのか(1/11)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.479]2021年はどんな年になるのかーー3月に最初の山場が?(1/4)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.478]2021年の日本と世界──コロナ禍の収まり具合が決める天国と地獄(12/28)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.477]右翼の尖閣紛争挑発に惑わされてはならない!(12/21)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.476]3カ月で早くも下り坂を迎えた菅義偉政権(12/14)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.475]Go Toトラベルを6月まで延長する菅義偉首相の執念(12/7)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.474]東アジア不戦を誓う「22222222222宣言」運動(11/30)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.473]「インド太平洋」は中国を含めた軍縮の枠組み?(11/23)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.472]バイデンで米国は正気を取り戻せるのか?(11/16)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.471]菅政権の「米中バランス外交」を警戒する右寄り陣営(11/9)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.470]トランプがパックス・アメリカーナを壊した?(11/2)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.469]学術会議問題で嘘を撒き散らす菅義偉首相とその仲間たち(10/26)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.468]学術会議人事介入の裏にあるもの(10/19)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.467]何もかも出任せの言いっ放しという安倍政権の無責任(10/12)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.466]年内総選挙はなくなり、年明け早々もできるのかどうか?(10/5)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.465]玉城デニー沖縄県政2年目の折り返し点ーー菅政権と戦って再選を果たすには?(9/28)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.464]「中国脅威論」を煽って南西諸島進駐を果たした自衛隊(9/21)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.463]10月解散・総選挙はいくら何でも無理筋では?(9/14)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.462]安倍の何が何でも石破が嫌だという個人感情が生んだ菅政権(9/7)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.460]長ければいいってもんじゃない安倍政権“悪夢”の7年8カ月(8/31)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.460]立憲・国民が合流して新党ができることへの私なりの感慨(8/24)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.459]世界最低レベルの日本のコロナ禍対策(8/17)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.458]「食料自給率」の主語は国、都道府県、地域、それとも個人?(8/10)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.457]コロナ禍から半年余、そろそろ中間総括をしないと(8/3)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.456]自然免疫力を高める食事こそが「新しい生活様式」(7/27)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.455]コロナ禍を機に起こるべき価値観の転換《その2》(7/20)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.454]コロナ禍を機に起こるべき価値観の転換《その1》(7/13)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.453]コロナ対策の大失敗を隠したい一心の安倍とその側近たち(7/6)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.452]ほぼ確定的となったトランプ敗退(6/29)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.451]イージス・アショアを止めたのは結構なことだけれども(6/22)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.450]ほとんど半狂乱状態のトランプ米大統領ーー米国の命運を決める黒人票の動向(6/15)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.449]「拉致の安倍」が何も出来ずに終わる舌先三寸の18年間(6/8)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.448]安倍政権はいよいよ危険水域に突入した!(6/1)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.447]「10月」という壁を乗り越えられそうにない東京五輪(5/25)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.446]何もかも「中国のせい」にして責任を逃れようとするトランプ(5/18)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.445]ポスト安倍の日本のアジア連帯戦略(5/11)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.444]結局は「中止」となるしかなくなってきた東京五輪(5/4)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.443]こういう時だからこそ問われる指導者の能力と品格(4/27)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.442]「6月首相退陣」という予測まで飛び出した!(4/20)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.441]何事も中途半端で「虻蜂取らず」に陥る日本(4/13)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.440]米国でも物笑いの種となった「アベノマスク」(4/6)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.439]1年延期でますます開催意義が問われる五輪(3/30)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.438]もはや「中止」するしかなくない東京五輪――安倍政権の命運もそこまでか?(3/23)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.437]改めてそもそもから考え直したいヒトと微生物の関係(3/16)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.436]後手後手をカバーしようと前につんのめる安倍の醜態(3/9)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.435]安倍独断で「全国一斉休校」に突き進んだ政権末期症状(3/2)
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