裏金作りは確かに犯罪だ。しかし、自民党の国会議員たちが国民の声を無視する背景には、彼らなりの「大義」と現行の選挙制度に対する「怨念」があるのだ――そう指摘するのは、メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』著者で米国在住作家の冷泉彰彦さんです。泥臭いカネの使い方をしなければ絶対に勝てない選挙戦の過酷な現実、そして自民党に政権を押しつけることしかできない「野党の犯罪性」とは?
岸田政権は当面の解散を諦めたか
安倍派の5人衆は起訴されず、このままですとキックバックへの追徴課税も行われるのか分かりません。また、旧統一教会の支援を受けていた盛山文科相も「お咎めなし」となるようです。
どうやら、岸田政権は当面の解散を諦めたフシがあります。
補選3区は不戦敗という奇手も使わず、候補を立てて惨敗しても仕方がないと居直る、6月に都議選とのダブル選挙もやらない、したがって早期に上川陽子氏への政権禅譲とか、小池百合子氏との連携もしないという感じになってきました。
どういうことかというと、余りにも自民党への逆風が激しいので「解散したらみんなの議席が吹っ飛びますよ」ということを、党内の議員たちに脅迫するという構図です。直近の情勢はそのように見えます。
「だから解散はしません」ということで、当面の現職議席を守るというわけです。
その上で、9月の総裁選も「内紛を起こしたら党の支持率は更に下がる」ので、何もしないで静かにしておく、だから「自分の続投でいいじゃないか」という線に持っていこうとしているのかもしれません。
党内情勢は「岸田有利」に
そこで、反対に解散しないのであれば、「民意は問わない」のだから、何をしても選挙には負けないということになります。
3補選は不戦敗では格好悪いので、戦って負けるにしても、目標値をゼロまでハードルを下げておけば、政権へのダメージにはならないという計算もあると思います。
つまり不戦敗なら岸田の責任になるが、立てて負ければ候補者と党全体の責任ということです。
選挙がない、補選は候補を立てて捨てるという「覚悟(?)」ができれば、民意を踏みにじってもどうでもいいということになります。裏金への追徴もしないし、盛山大臣は続投として、内閣支持率が下がっても何も怖くない「無敵内閣」というわけです。
もっと言えば、党の支持率より岸田の支持率が下がれば岸田のせいになりますが、同じように下がって同率というのが現状ですから、この状態であれば岸田を辞めさせる理由はないという強弁も可能は可能です。
ですから、岸田とすれば悪いのは自民党、特に安倍派と二階派だとして、自分は居直ることが可能になります。
その上で、この夏はタイミングが悪いので解散しない、当面は政治空白を作らないために自分は続投して、その間に、世論の怒りが腐敗議員に向かっても自分は知らん顔ということなのかもしれません。
世論を無視する自民党の「大義」と怨念
世論は完全にナメられているのです。これが、何でも反対の無責任な世論であれば岸田の居直りにも一部の理屈があるかもしれませんが、世論には様々な不満が渦巻いているのです。
勿論、野党が「専業野党」になっていて、政策代案もなければ、統治能力もないという中で、岸田政権が延命してしまうという問題はあります。
ですが、そもそも自民党に世論の声を聞く気がないというのが大問題です。どうして、自民党の政治家は「キックバックによる裏金」にも、「宗教団体の怪しい支援」にも平然と居直っているのでしょうか。
それは、彼らが人格破綻者だからではないと思います。そうではなくて、そこには1つものすごく巨大な「彼らなりの大義」があるからだと考えられます。
それは、特に小選挙区の場合がそうですが、「どう考えても統治能力も、政策代案もない野党政治家」に対して、与党の自分は「不利だ」という思いといいますか、怨念があるということです。
怨念というのは、つまり自分のほうが正しいにもかかわらず、ドブ板選挙をしないといけない、そして何よりも選挙事務所の手が足りない、選挙区で票をまとめるには有力者、例えば県議、市議などの集票マシンにカネを撒く必要があるという「何かマイナスを背負っている」という意識です。
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恥知らずの自民党議員たちが共有する「被害者意識」
利益誘導を露骨にやれば逮捕される、かといって政策を訴えても反応はない、野党の方は何でも反対していると結構票が入るが、自分は本当にヘトヘトになるまで頭を下げてやっと当選だ、そんな思いです。
まさに怨念といって良いでしょう。
とにかく、自由経済を守り、経済活力を守り、安全保障のバランスを守り、エネルギーを何とかバランスよく供給するということで、有権者の生活は成り立っているのは事実です。
ですから自民党の候補は「そんな有権者の生活を守り、この国を守るのは自分であって野党ではない」という自負を持っているのだと思います。
にもかかわらず、自分は本当に苦しい選挙戦を強いられて、特にそこではカネが必要になる、そのカネは政治資金規正法で締め上げられています。けれども、辛うじてパーティー券収入のキックバックがあるので、多少は柔軟に使えるカネがあるというわけです。
そのカネにしても、本来は使いたくないはずです。
県議、市議にカネを配る、冠婚葬祭がどうのこうの、あるいはイベントがあれば何か酒樽とかご祝儀とか、胡蝶蘭の鉢がどうとか、泥臭いカネの配り方、使い方をして初めて「選挙区から票を絞り出すことができる」……政治家の中でも政策に命をかけてきた人物にとっては、その全体が屈辱でしょう。好きでやっている人は少ないと思います。
一方の野党は人気取りが上手で、メディアも味方するので「クリーンな選挙」ができることになります。けれども、自分は人に言えない泥臭いカネを動かして辛うじて勝ってきた、でも、実際に国のため、有権者のためになるのは自分であって、絶対に野党政治家ではない、そんな心理です。
だったら、裏金について詫びるなどということはしたくないはずです。
自民党政治家の多くが、裏金問題では「どんなに批判されても頭を下げない」のは、そのような心理があるからだと考えられます。
まして、その裏金に税金をかけられたり、支払先を全部公開しろ等と言われたりというのは、絶対にできないし、したくもない、勿論、説明しても理解されないことは分かっているが、自分は絶対に認めたくない、そんな心理がありそうです。
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自民党以上に、野党が有権者を裏切っている
では、そんな困難に耐えている自民党議員は正しいのでしょうか。
そんなことはありません。
一つ言えるのは、有権者も悪いということです。小渕優子氏に観劇旅行をねだったり、安倍晋三氏に「アンタが総理で威張っているのなら、地元の支持者にもせめていい思いをさせろ」などと「桜を見る会」への格安参加をせびったり、そうした有権者は全部、収賄罪で逮捕すべきです。
ですが、政治家としてはそれもできません。有権者は神様だということはあると思いますが、とにかく保守票田にはそのような問題があり、そうした票田に頼って初めて、自由経済や安全保障が維持できるのなら、仕方がないというようなことだと思います。
この認識と心理が、今回の事件の最大の問題です。仕方がないじゃないか、そうしないと選挙に勝てないのだから、そして統治能力があるのは自分たちだけなんだから、とにかく仕方がない、こうした心理が大問題だと思います。
念のためにお断りしておきますが、野党系の論客が「結局は自民党政治がダメだったからGDPが世界4位に転落した」などと、今回のスキャンダルと自民党の統治を一緒にして批判するような例は多いようです。
ですが、これも間違っています。
西側同盟を冷笑し、したがって自由と民主主義を冷笑し、自由経済と経済成長を冷笑してきたのは野党であって、それを忘れて、自民党に下野しろと迫るのは無責任です。
その証拠に、自民党の支持率が21%とか10%台にまで落ちているのに、「野党には代替政権の構想もなければ、その代替政権の政策協定の交渉も始めていない」のです。これ以上の無責任があるのかということです。
確かに裏金作りは犯罪ですし無責任です。宗教団体に首根っこをつかまれて、自分たちとの関係を自分たちでリークしながら復讐されている姿は悲惨であり、正視できません。
ですが、21%しか自民党を支持しないというのは、世論の89%については「統治能力と正しい政策があれば野党に政権を任せても良い」という考えを持つ「かもしれない」可能性を示しているのです。
その民意を完全に無視している野党の犯罪性というのは、盛山大臣や五人衆の犯罪性に比べて、遥かに遥かに悪質であり、究極の無責任であり有権者への裏切りと言っても過言ではありません。
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自民党と野党の共依存関係から日本を救う方法
では、国民は腐敗した与党と、無能で無気力な専業野党の間で、ただただ国運が加速度的に傾くのを黙って見ているしかできないのでしょうか。
政治改革と言っても、政治家が腐敗しているか無能である以上は、事態が改善する可能性はないのでしょうか。
実は、この点に関しては制度で解決できる問題があるのです。それは、
「幅広い有権者を巻き込んだ各党における党首予備選の実施」
であり、もう一つは、
「首班指名以外の党議拘束の廃止」
です。
直接民主制には反対ですが、この2つを実施すれば政治改革を前進させることは可能です。また、無能な与野党党首を取り替えることもできますし、何よりも自民党の派閥は本当に解消できます。
旧岸田派の代表で上川氏にスイッチだとか、小池との連携だとか、怪しい密室人事ではもうダメです。
密室人事に勝ち上がった政治家が、総理として国民に対峙した途端にコミュ力のスキル欠落が暴露されて政権が崩壊するというような、バカバカしいムダもなくなります。
一番のメリットは、政策で候補を選ぶことができますから、全ての選挙区における全ての選挙がガチンコの民意が反映する場に変わるのです。
共産党の密室での党首選びもノーです。共産党だけでなく、左派政党一般が高齢者に偏った政策に偏るのも、予備選でノーが突きつけられますし、反対に有権者の政策要求の代表になり、そのような政策を掲げる政治家がいれば、その主張は広範な民意の洗礼を受けることができます。
そこである政策を代表する候補が当選したら、その政策を国会で主張したら良いのです。自民党の政務調査会などの密室ではなく、また税調などの密室ではなく、国会で堂々とガチンコの政策論議をするのです。
そして、選挙の公約に違反するような言動が出てきたら、次の選挙では現職でも予備選でクビにするのです。
そのようなガチンコ政治が実現できたら、今度は大企業だけでなく、国民一人ひとりが「誰を自分の代表として国会に送るか」ということを真剣に考えるようになります。
そうなれば、政治資金は小口の個人献金を集めることで、完全にクリーン化できます。
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「密室人事」と「党議拘束」が諸悪の根源
勿論、問題点はあります。
アメリカにおけるトランプ派の拡大、民主党の党内対立など、政策がまとまりにくくなるとか、一種の衆愚政治に陥る危険はあります。
ですが、その点では、有権者の平均値でも中央値でも日本の場合は、アメリカより民度は高いわけで、その高い民度を誇る有権者が「予備選」に責任をもって参加して、総理候補、各党党首、各議員候補を政策を中心に判断していくのであれば、日本の民主主義の再生は可能であると思います。
とにかく、派閥人事も、県議市議を使った集票工作も、無難な人物しか党首に選べない穏健野党とか、反対に党首公選を主張したら追放するなどという非常識な野党も、全て丸ごと過去にしなくてはなりません。
とにかく、諸悪の根源は、党首と候補の密室人事、そして党議拘束にあります。
この2つを続けている限りは、100%の民主主義にはなりません。そして、裏金の問題も、派閥の問題も、何よりも社会の閉塞感も全てがこの問題に関係していると思います。
日本の政治は制度で改善できるのです。政治風土が悪いとか、有権者が低レベルだというのではないのです(収賄体質の有権者は断罪されるべきですが)。
そこを突破することで、時代を先へ進める時期が来ている、今回の事態はそのように考えないと、解決しないと思うのです。
※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2024年2月20日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。「もしトラ時代へ向けた日本の自主防衛論」や「刑務所改革」に関する記事もすぐ読めます。
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