1万5,000人以上の命を奪い、遺された人々の生活にも甚大な被害をもたらした東日本大震災。政府は被災した中小企業の再建を支援すべくグループ補助金制度を設けましたが、震災から13年経った今、その「問題点」が露呈する事態となっています。今回のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』では健康社会学者の河合さんが、次々表面化する同制度のネガティブな側面を紹介。人のために作った制度が人を苦しめている現実を「本末転倒」と批判的に記しています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです
プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。
「人」のためが「人」を苦しめる被災地
東日本大震災から13年。早いようで長く、長いようであっという間に時が流れていきました。
本メルマガでは災害と高齢化問題を何度も取り上げてきましたが、この国はいつになったら「日本は“超高齢社会”である」という現実に、正面から向き合ってくれるのでしょうか。
東日本大震災で被災した中小企業の再建を支援するために創設された「グループ補助金」(中小企業等グループ施設等復旧整備補助金)のネガティブな側面が被災地の急速な人口減少と高齢化で、次々と表面化しているのです。
グループ補助金は、複数の中小企業がグループを構成して地域経済・社会の復旧・復興の促進といった「まちづくり」を目的に設置され、早期復興に大きく貢献したと高く評価されていました。しかし、長期間商売を続けない限り、補助金の返還を命じられてしまうのです。
例えば、鉄筋コンクリート事務所の場合、その耐久年数が50年と決められているので、震災時50歳の経営者は100歳まで事業を続ける必要があります。仮に経営者が急死し廃業を余儀なくされたとしても返還から逃れることは許されません。
また、補助金で購入した機械の耐用年数が20年の場合、20年超使い続けない限り返還しなければなりませんし、売却、目的外使用、無償譲渡、廃棄・取り壊しなども認められていないので、自由に財産を処分できず、事業を辞めることも許されません。
その結果、返還を逃れるため、壊れた機械類は多少窮屈でも工場内に放置するしかなく、経営実態がなくても廃業届は出さない経営者が増えているというのです。ある経営者は「時間が過ぎるのをひたすら待つしかない」と語り、息子や娘に借金を負わせることになるとの理由から、事業継承をあきらめる人もいます。
震災直後、被災地を訪問するたびに「今、被災地が抱える問題は未来の日本の姿だ。時計の針が一気に進んだだけ」と語る首長さんたちに何人も会いました。
「津波と原発事故で、それまで見えなかった社会構造の問題点が顕在化し加速した」
「震災と原発事故を機に、村の高齢化と過疎化の針が一気に何十年も進んでしまった」
と。
この記事の著者・河合薫さんのメルマガ
仮設住宅にも度々訪問させていただきましたが、そこにいるのは高齢者ばかりでした。といっても、ほとんどは3月11日の14時46分まで、元気に働いていた高齢者です。
家族で魚の加工工場を営んでいた75歳の男性や、30年以上も地元で愛されるラーメン屋さんをやっていたと話すご夫婦、息子さんと小さな食堂をやっていた80歳の女性もいました。なかには「補助金を借りたくても、長く続けないとダメだからって借りれねえんだよ。どうやって生活しろってんだよ」と憤る人もいました。
また、「ここじゃぁ、75歳は若手だから」と笑っていた女性とは、その後も交流させていただいたのですが、震災から5年ほど経った時の年賀状に書いてあった言葉が実に切なくて、時間の経過と共にその言葉の重みは増していきました。
「震災の時70歳だった人は75歳、75歳だった人は80歳。人は減る一方で、話す相手も減るばかり」――。こう記されていたのです。
宮城県で行われた調査では、2016年3月末時点で総人口に占める65歳以上の割合が35%を超える自治体は7市町にのぼり、女川町や気仙沼市など、津波の被害が激しかった自治体が多く並びました。岩手、宮城、福島の3県の災害公営住宅で高齢化率は4割超に達し、全国の公営の借家の高齢化率より6ポイント高いこともわかっています。
東北地域の人口減少は全国と比べて15年も早く、2045年には生産年齢人口と老年人口が逆転する地域が増加するとも推計されています。
そんな状況でも、人は生きていかないといけないし、年齢と共に「働き方」を変えることも余儀なくされる。なのに、それが「補助金のせいでできない」という現実が存在するのです。
昨年、補助金で復旧した施設・設備を一定期間内に処分したとして、42事業者に計6億4,000万円の返還命令が出されました。
補助金が税金である以上、使い方のルールはあってしかるべきです。しかし、「あとは一つよろしく!」と自己責任にしてしまっては、なんとか被災地の人たちを救いたいと、グループ補助金の設立に動いた人たちの汗と涙までむげにするようなもの。「人」のために作った制度が、「人」を苦しめるとは本末転倒です。
グループ補助金は能登でも利用が進められています。メディアにはこの問題をもっと報じてほしいです。
被災地が抱える問題は未来の日本の姿、なのですから。
みなさまのご意見、お聞かせください。
この記事の著者・河合薫さんのメルマガ
image by : Muralonga / Shutterstock.com
初月無料購読ですぐ読める! 3月配信済みバックナンバー
- 「人」のためが「人」を苦しめる被災地ーーVol.365(3/13)
- 空を見ないAIとスパコンの未来ーーVol.364(3/6)
- 「耳」と「音」と「考える力」と。ーーVol.363(2/28)
- 「低学歴国ニッポン」の悲しき現実ーーVol.362(2/21)
- 「平等」とは何か?ーーVol.361(2/14)
- 健全な社会はどこへ?ーーVol.360(2/7)
- 「数字」が語る理不尽ーーVol.359(1/31)
- 自然災害国ニッポンと超高齢社会ーーVol.358(1/24)
- ノブレス・オブリージュなきニッポンのエリートーーVol.357(1/17)
- 航空機の未来ーーVol.356(1/10)
- 2023年末特別号ーーVol.355(12/27)
- 聖職? 長時間労働でも生きがい?ーーVol.354(12/20)
- “老後“の未来ーーVol.353(12/13)
- “プロ“はいらない? いや、もういない。ーーVol.352(12/6)