性同一性障害と診断された男性が、戸籍上の性別を女性に変更した後に自身の凍結精子を使って生まれた娘との間の父子関係認定を求めた裁判で、最高裁は6月21日、法的な親子関係を認める判決を出しました。この判決に至るまでの経緯を取り上げているのは、健康社会学者の河合薫さん。河合さんはメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』で今回、1審からこれまでの各裁判所の判断を詳しく紹介・解説するとともに、この裁判を通して自身が強く考えさせられたという戸籍や家族、性別等に関する思いを綴っています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:親子とは何か?法律とは?
プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。
親子とは何か?法律とは?
家族とは何なのか?親子とは何か?性とは何か?性的マイノリティの家族のあり方に、新たな道を開く判決が最高裁で出ました。
この問題はすでに先週、多くのメディアが取り上げたので、ご承知の方が多いと思いますが、最高裁に至るまでの経緯の詳細を知るだけでも、とても意味あることだと思いますので、取り上げます。
今回「父親」と認められた40代の女性(以下、当事者)は、性同一性障害と診断され、2018年に戸籍上の性別を男性から女性に変更しました。
当事者は変更する前に凍結保存していた自分の精子を使って、30代の女性との間に2人の娘をもうけます。しかし、長女を出産した時の戸籍上の性別は「男性」、次女は「女性」に変更後に生まれました。
長女も次女も戸籍上の「父」の欄が空欄になっていたので、同じ年に父親としての認知届を自治体に出しましたが、認められませんでした。当事者の戸籍が女性に変更されていたことが理由です。
そのため子供が「親が認知しないことを訴える」というカタチで裁判を起こします。
しかし、1審の東京家庭裁判所は、原告の子ども2人と被告の40代女性には血縁上の親子関係があると認めたものの、法律上の親子関係は血縁関係と同義ではないと説明。「民法が規定する父は男性を前提としている」として、男性から性別変更をした40代女性と子との父子関係も否定し、「父とも母ともならず、法律上の親子関係を認める根拠は見当たらない」と結論づけました。
一方、2審の東京高等裁判所は、性別変更の前に生まれた長女については父親の認知を認めましたが、変更後に生まれた次女については認めませんでした。
そして今回、最高裁判所第2小法廷の尾島明裁判長は「親子に関する法制度は血縁上の関係を基礎に置き、法的な関係があるかどうかは子どもの福祉に深く関わる。仮に血縁上の関係があるのに親権者となれないならば、子どもは養育を受けたり相続人となったりすることができない」と指摘しました。その上で、裁判官4人全員の意見として「戸籍上の性別にかかわらず父親としての認知を求めることができる」という初めての判断を示し、性別変更後に生まれた次女との親子関係を認めたのです。
さらに、今回の判決では、2人の裁判官が個別意見を述べました。
裁判官出身の尾島明裁判長は、「性同一性障害特例法は、性別変更後に生殖補助医療を使って子どもをもうけることを禁じていない。変更前に生まれた子どもからの父親の認知も排除していない」と指摘します。生殖補助医療に関する議論についても、精子提供者の意思への配慮や提供者の意に反して使われた場合の親子関係が問題になっている」とし、今回はそうした問題の結論になるものではないとしました。
また、検察官出身の三浦守裁判官は、生殖補助医療をめぐる現状を「技術の発展やその利用の拡大で生命倫理や家族のあり方など、さまざまな議論がある。法整備の必要性が認識される状況にありながら20年を超える年月が経過する中で、すでに現実が先行するに至っている」と指摘しました。
さて、いかがでしょうか。みなさんはどう感じているでしょうか。
私は…色々と考えさせられました。法律が決めた「家族・親子」は、さまざまな側面で、「私」の生活に影響します。しかし、“何か”の問題に直面しない限り、それを実感することは滅多にありません。例えば、私の場合は、母の介護であり、母の入院であり、母の看取りでした。
「家族がいる」という前提がすべての手続きのベースにあり、「家族・親子」は戸籍で決まります。「戸籍」も「婚姻」も、たかが紙切れ一枚なのに、とてつもない重さがその一枚に存在するのですよね。
しかし、「戸籍上の家族・親子」=「心の家族・親子」ではない人たちもいます。「戸籍上は家族じゃない」けど、「私にとっては家族」という場合もある。
私は母のことがあるまで、「戸籍」と「家族・親子」を結びつけて考えることが一度もありませんでした。しかし、それはとてもラッキー、というかたまたま「私」の家族のカタチが法の枠内にあったから、その必要性がなかっただけ。
実際には「戸籍」には「医療」が付随し、「性別」には「法律」がまとわりつく。それが「血縁」を超え、「多様性」を制限し、「人」を差別している。ただただ幸せになりたいだけなのに…。
話題のドラマ『虎に翼』で、「法律とはきれいなお水が湧きでている場所」というセリフがありましたが、時代とともに「きれいなお水」のあり方も変わるのかもしれません。
みなさんのご意見、お聞かせください。お待ちしています。
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