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プーチンは核兵器を使うか?ウクライナの「ロシア越境攻撃」で絵空事ではなくなった最悪シナリオ

8月6日、突如ロシア領内への越境攻撃を開始したウクライナ。戦場となったロシア西部クルスク州からは多数の住民が避難を強いられる事態となっていますが、この攻撃によりウクライナ戦争の展開は変わることになるのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、越境攻撃にNATOが供与した武器が使用された点を重要視。その上で、プーチン大統領が核兵器を使用する可能性について考察しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:近づいてくる世界戦争の足音‐イスラエルの暴走とウクライナの危険な遊び

確実に近づく世界戦争の足音。ウクライナが払うことになる「危険な遊び」の代償

「これでこの戦争はロシアとウクライナの戦いから、ロシアとNATOそしてウクライナの戦争に変わってしまった。私たちはもう自分たちでは制御できない戦争に引きずり込まれることになるだろう」

ウクライナ軍がロシアのクルスク州に対して攻撃を加え、10万人近いのロシア人を周辺に避難させる事態が起きたことを受けて、調停グループの専門家たちが示した見解です。

ウクライナ軍の総司令官であるシルスキー氏によると、「ウクライナ軍は越境攻撃を行い、すでにクルスク州の1,000平方キロメートル以上を制圧し74集落を陥落させた」とのことで、それはゼレンスキー大統領も認めている内容であり、欧米メディアはウクライナによる“電撃作戦”という表現をしていますが、今回のウクライナによる越境攻撃は、開戦から900日を過ぎたロシア・ウクライナ戦争に新しい展開を生じさせることに繋がりそうです。

それは今回の越境攻撃がNATO諸国から提供された武器・兵器を使用されて行われたということと、アメリカ政府が“許容した”ロシア領内への攻撃を、ウクライナが拡大解釈して行った攻撃と捉えられており、今回の攻撃についてアメリカも欧州各国も詳細な報告を受けていないという主張をしていることが生み出す一種のハレーションの可能性です。

皆さんもご存じの通り、アメリカ政府バイデン政権が許容していたのは、ウクライナ防衛の目的のためにロシア領内の軍事目標への攻撃にアメリカから供与された武器を使用することであり、ロシアを攻撃するための武器使用ではないという内容です。

お気づきの通り、多くのケースに対する解釈はグレーゾーンになると言えますが、これまで調停グループとも一緒に仕事をしてきたアメリカ政府の高官によると、ここまであからさまな攻撃を行うことは想定しておらず、またウクライナに許可もしていないという驚きの反応をしていることは、今後の展開に、何か嫌な予感が漂っているように思います。

調停グループの専門家たちと議論した内容を要約すると、「この戦争はロシアによるウクライナ侵攻から900日を過ぎて、ロシアとウクライナの戦いに、NATOが引きずり込まれる展開に発展してしまった。NATOはもう手を退くことができず、プーチン大統領の主張がこのような形で期せずして正しかったという“ベース”を与えることになり、今後、ロシアがウクライナを越えて、欧州各国に何らかの攻撃を加える口実になりかねない状況を作り出してしまった。そして今回の“戦争中”にロシア政府が改訂した“核兵器使用のドクトリン”に記載された核兵器使用の要件を満たすと考えられる事態になった。今後、ロシアが本格的に攻撃に出ることになると、この戦争は制御不能状態に陥ることが予想される」というような内容になります。

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プーチンが取りうるウクライナを絶望の底に叩き落す戦略

ここで大きなカギを握るのが【どの程度、プーチン大統領が追い込まれているか】というロシア国内における状況になります。

2022年2月24日にウクライナ全土に侵攻した際には「3日ほどでウクライナは降伏する」と考えられていた戦争も、すでに900日余りが経過し、目立った戦果と言えばウクライナ東南部4州の一部を一方的にロシア領に編入したことぐらいで、その背後では黒海における艦船を喪失し、数万人単位での人的な犠牲も強いている状況がありましたが、今回、ウクライナ軍にロシア領への攻撃を許し、かつ数万人のロシア人の周辺への避難を生み出したことで、モスクワに対する圧力が加わっています。

ウクライナからの攻撃を受けたクルスク州の住民の怒りの矛先はキーウに向いているようですが、これまで持てる戦力を使い切らず、戦争を長期化させ、ついにはロシア国内にウクライナの侵攻を許したという状況は、一様に屈辱と受け取られると同時に、ウクライナに対する苛烈な攻撃をモスクワ(プーチン大統領)に求めるという形に発展してきています。

これまで900日にわたってロシア国内の世論は一様にプーチン大統領の方針を支持し、一部で厭戦機運が高まっても、西側諸国の対ロ制裁が機能せず、市民生活に大きな影響を与えていないということで「戦争は早く終わってほしいが…」という声はあるもののウクライナに対する攻撃を認めている感じがありました。

しかし、今回のウクライナによる越境攻撃を受け、“ロシア”が攻撃対象になったことで一気にプーチン大統領に対ウクライナ作戦の強化と報復を求める声が高まっているようで、今後その声に押され、何らかの形で応えなくてはならないプーチン大統領とその周辺がどのような報復に出るのか、非常に懸念を抱いています。

これがプーチン大統領というよりは、プーチン大統領により激しい対応を求めるロシア政府内の強硬派を勢いづけることに繋がっています。

クルスク州の住民から寄せられる“不満”の矛先は、直接的にはウクライナに向いていますが、間接的には“手ぬるい”モスクワの攻撃にも向いており、それがウクライナへの戦術核兵器の使用を訴えかける政府内の強硬派がプーチン大統領に対して、核使用を要請するという形が出来上がりつつあります。

これがいかに危険な状況かお分かりになるかと思います。

これまでプーチン大統領が何らかの行動を取る際、自身が勝手に決断するという手段はイメージ的に取ることはなく、いつも“誰かからの要請を受けて”行動を決断するという形になっています。

以前にもゲラシモフ統合参謀本部議長やショイグ国防相から「報告を受け、進言を受けて、それを承認する」というイメージ戦略を取っていましたが、今回、メドベージェフ氏(元大統領)をはじめとする強硬派に進言させる形式を取り、それに応えるかたちで“決断する”というイメージを打ち出すことで、ウクライナに対する攻撃のエスカレーションを“国民からの要請に大統領が応えた”という形で承認するのではないかと考えます。

その“エスカレーション”が核兵器の使用を意味するのか、核はまだ温存し、通常兵器でキーウをはじめ、これまで本格的にターゲットにしてこなかった大都市に対する集中攻撃を意味するのかは分かりませんが、仮に後者だとしても、これまでのミサイルによる単発的な攻撃に留まらず、大規模かつ本格的な絨毯爆撃のような形式を取って、ウクライナを絶望の底に叩き落すような戦略を取るようなことに繋がると懸念を抱きます。

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「これまでに開発され使われなかった兵器はない」という現実

それを懸念するのか、ウクライナ政府はクルスク州への侵攻の勢いを高め、ロシアから停戦に向けた要請を引き出すために、NATO諸国に供与された長距離兵器をロシア攻撃に使用することを認めるように依頼しています。

現在のところ、欧州各国はそれを承認しておらず、アメリカ政府も承認していないようですが、ウクライナ軍の国防相は「今このチャンスを活かさなければ、ウクライナはロシアに潰される」と迅速な承認をNATO諸国に迫っているようです。

個人的には、アメリカ政府は今回のウクライナによるクルスク州への攻撃・侵攻に対して「寝耳に水」と言っていますが、もしかしたらこれが以前言っていた「ゼレンスキー大統領とバイデン大統領が信じている“もう一度、ロシアに対する反攻ができるチャンスがある”という内容なのか」と分析を急いでいるところです。

もしそうだとしたら、アメリカ政府およびNATOの他の加盟国は早急にウクライナを支えないと、ウクライナはロシアの大規模かつ本格的な反撃・報復攻撃に晒され、これまでプーチン大統領が持っていた“ウクライナを活かす”という戦略が、“ウクライナを潰す”という内容に書きかえられ、ウクライナの破壊攻撃とNATOの結束を乱すための加盟国への攻撃の実施に発展することになりかねません。

そうなったら、核兵器を有効な戦略兵器の一つと位置付けるロシアが、核を使用してウクライナに壊滅的な被害を与え、バルト三国に攻撃を加えて残虐行為の限りを尽くし、さっと撤退してNATOの反撃に対する意志を見極めつつ、一気にロシアに近接するNATO諸国をNATOの西側諸国から切り離す作戦に出ていく可能性が出てきます。

従来、プーチン大統領本人は核兵器の使用には後ろ向きと言われていますが、自らの政治的な基盤を守り、権力体制を維持し、そのためにNATOの東進を阻止し、かつ新ロシア帝国を構築するという宿願の実現を第1の優先事項に据える場合、持てる戦力をふんだんに使う可能性も排除できないでしょう。

8月6日湯崎広島県知事がスピーチの中で触れたように「これまでに開発され使われなかった兵器はない」のですから。

ロシア・ウクライナ周辺でさらに緊張が高まり、非常に危険な状況が生まれていますが、国際情勢をさらに緊迫させ、世界的な大戦争に発展しかねない状況を作り出しつつあるのが、中東における行き場のない怒りのマグマの存在です――(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2024年8月16号より一部抜粋。続きをお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録下さい)

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image by: Madina Nurmanova / Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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