開戦から2年7ヶ月を超えたウクライナ戦争をはじめ、世界各地で続く終わりの見えない紛争。国連安保理すら機能不全に陥っている中にあって、もはや我々人類に無益な対立を収束させる手立ては残されていないのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、各々の紛争に関する「停戦調停の現在地」を解説。さらにそうした場に日本の首脳が不在であることに対して、「懸念すべき事態」との見解を記しています。石破茂“新総理”はどう動くのでしょうか?
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:あるべき未来を語る国連サミットは混迷を極める世界に希望を与えるか
現状を顧みぬまま繰り広げられる非難合戦。国連サミットは世界を救えるのか
ロシアによるウクライナ侵攻から2年半が経ちましたが、事態の終息の見込みは立たず、End gameのイメージも湧かない中、ロシア側でもウクライナ側でも一般市民の犠牲が増え続け、希望の世界から取り残されています。
ガザ情勢も日に日に悪化の一途を辿り、死者数はもうすぐ4万人に届くと言われ、さらには瓦礫の下に埋まっている行方不明者も数万人いると言われていることから、こちらも“ただ存在する・生存することで手いっぱい”という希望を感じることができない日々が押し付けられています。
スーダンでは大義なき戦いが繰り広げられ、無意味な殺戮が続き、すでに1,000万人超の難民・国内避難民が発生していますが、国際社会からの関心は寄せられず、調停努力も行われず、そして支援も底をつく地獄が広がっているとの報告が来ています。飢餓が深刻化し、衛生状態もかなり悪化しているため、ガザ地区の衛生状態悪化によるポリオ発生と同じく、スーダンでも多方面から生存に対する危機が迫り、そこに希望の要素はありません。
30年以上顧みられず、これまでに少なくとも540万人が殺害されたコンゴ(DRC)での内戦も議論はなされるものの、実質的な対策と介入は行われておらず、完全に見捨てられた状態に陥っています。
国軍と民主派武装勢力が一進一退の攻防を繰り広げるミャンマーは、別の見捨てられた例ですが、今年の台風11号の猛威に晒され、大洪水で国中が水に浸かり、こちらも農業生産をダメにし、かつ衛生状態がかなり悪化していると言われています。一応、緊急人道支援が実施されていますが、ガザ対策で手いっぱいな機関が多いこともあり、その規模はあまり期待できません。中国やインド、東南アジア諸国も救援部隊の出動をオファーしていますが、国軍が警戒心からか国際部隊の展開・介入を制限しているという声も聞かれます。
現場では悲劇が広がる中、ここニューヨーク(UN)や他の多国間枠組みでは、すべてが数字で語られ、現状を顧みないまま、互いに非難合戦が繰り広げられています。ポジティブな方向に進みそうな案件でも、話し合われる内容は“だれがどれだけ支援するか”ということであり、なかなか現場に実益をもたらすことに繋がっていない印象です(批判していますが、残念ながら私も偉そうなことを言えた立場ではありません)。
それでも毎年今頃、世界のリーダーたちが一堂に会し、今年はSDGsの中間年であり、かつ恐らくグティエレス事務総長にとって最後の国連総会になると思われることから、彼が就任以来取り組んでいる“未来”に向けた合意というレガシーづくりの側面もあるように感じます。
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
ほとんど行われていないウクライナについての議論
そんな中、興味深いのは、ロシアの影響があるのかもしれませんが、ウクライナについての議論が今のところほとんど行われていないことです。
メディアなどには公開されないClosedの議論では出てくるものの、以前ほどのウクライナへの支援に対するモメンタムはなく、支援国のみならずウクライナ疲れが国連においても目立つようになってきたように感じています。
紛争当事国であり、かつ安保理常任理事国のロシアは、国連での議論を意識的にガザ問題に振り向け、ウクライナ関連の議論に触れないように努めているように見えますし、アメリカや欧州各国のスタンスも、ガザ問題および中東における情勢悪化への懸念に集中しているように見えます。
もちろん、実際の委員会などでの議論ではウクライナの話もしていますが、聞くところによると、停戦云々の調停のお話しというよりは、「いつになるかわからないが、ロシア・ウクライナ戦争が終わったら、どのように戦後復興を続けるか」というpost-conflictのアレンジメントに重点が置かれている印象です。
戦況に対する分析結果や、最新の情勢を踏まえたいくつかの詳細な調停案の協議はもちろん行いますが、各国の関心は“戦後”に向いています。
ただ8月6日以降実施されているウクライナ軍によるロシアに対する越境攻撃によって、この戦争はしばらく長引くとの見方が多く、ゼレンスキー大統領が狙ったとされる【交渉において少しでも優位な要素を獲得するという目的】は、逆に戦況をややこしくし、さらに停戦の実現を遠ざけたという評価が強いように感じます。
今は各国ともにできるだけロシアを刺激しないようにしようという思惑が透けて見え、「取りあえずは来週に開催される首脳による一般討論演説が終わるまではウクライナ問題には触れない」という暗黙の了解でもあるような雰囲気で、これまでの熱の入れようと比べて、ちょっと不思議な感じです。
代わりに昼夜問わずheated debateが行われているのがガザ問題を中心にした中東情勢の緊迫化についてです。イランによる対イスラエル報復攻撃は、一般討論演説が終わるまではないという見立てが多いですが、それを変えかねないのがここ数日連続しているサイバー・電子攻撃によるヒズボラ戦闘員・構成員の暗殺事件です。
7月末以降、イスラエル軍はヒズボラの幹部の暗殺を決行して、対ヒズボラ戦線を開きましたし、関与は認めていないものの、ほぼ確実にイスラエルが実行したと言われているハマスのリーダーであったハニヤ氏のテヘランでの殺害によって、ハマスを再度強硬姿勢に戻し、イラン政府を挑発する行為が続いており、そしてここで電子攻撃によるヒズボラへのハイテク攻撃によって、自らの退路を断ったような行動に出ています。
ヒズボラは今後、イスラエルへの攻撃を行うことになるでしょうし、これまで自制してきたイランもそろそろ国内の強硬派の声に押されてイスラエルへの報復を実行しなくてはならなくなる恐れが高まります。
一旦何らかの形で引き金が引かれたら、その後はドミノ倒しのごとく、戦火は中東全体に拡大し、それが地中海を越えてアフリカ東部・欧州南部へと飛び火する恐れが出てきます。そしてそれはまた中央アジア方面にも火の手が延び、ロシア・ウクライナ戦線と繋がってしまったら一気に世界大戦争です。
アメリカ政府が抱き始めた「疑念」と「危機感」
そのガス抜きのためでしょうか。それともイスラエル非難で再度結集したのでしょうか?
パレスチナ自治政府が提案者となり、中東各国が支援する形で、イスラエルによるパレスチナ占領の即時停止とユダヤ人入植地の返還を求める決議案が国連総会に提出されました(そして9月18日、総会で採決にかけられ、124か国の賛成、14か国の反対、43か国の棄権で採択されました)。
もちろんイスラエルは「テロだ」と激しく反応するのですが、そちらに目を向けさせることで一旦挑発行為から力を削ぎ、外交フロントでの戦いに専念させるという狙いと、「もう中東諸国もイスラエルによる横暴を放置しない」というunited frontを組織してイスラエルと対峙することを選んだという狙いも見えてきます。
そのどちらの性格が強いかは、中東諸国の間でも違いがありますが、共通しているのは【エスカレーション傾向にあるイスラエルの挑発行為と政府の右傾化による周辺諸国との対峙姿勢の鮮明化に対する反感と懸念の強まり】です。
同様の懸念は、孤立してもイスラエルを支え続けてきたアメリカの姿勢にも反映されているように見えます。
様々な舞台でイスラエルへの非難が強まる中、これまでのようにあからさまな支持は行わず、アメリカ政府もイスラエルと距離を取る姿勢が目立つようになってきています。
「もう支えきれない」という思いもあるでしょうが、一番は「中東地域の争いに再度アメリカが引きずりこまれてはいけない」というラインだと思われます。
イスラエルを庇い続けざるを得ないアメリカの政治事情を十分に知り尽くしたうえで、ネタニエフ首相と極右の仲間たちは周辺国への威嚇を強め、戦争を長引かせることで、アメリカを中東地域に引き戻す意図があるのではないかと、アメリカ政府も疑念と危機感を抱き始めているようです。
そして幸か不幸か、今、大統領選の最中であり、あまり国際フロントで目立った行動を取って、有権者を刺激したくないという政治的な意図も見え隠れします。
ゆえに今、国際情勢の解決において、アメリカはあまり派手に動くことは出来ず、遠く離れたどこかの戦争にまた引きずり込まれることに大きな抵抗をしていると言えます。
それはイスラエル・ガザのみならず、ウクライナ問題に対しても同じです。
バイデン大統領の任期があとわずかになる中、何らかのレガシーづくりに勤しむ可能性は否定できませんが、アメリカ政府としては中長期的な戦略的に、プーチン大統領とロシアを当該エリアに留め続けたいと願っており、欧州地域やアジア地域で高まる懸念に可能な限り関わらせたくないという姿勢があるため、水面下で何らかの協議は行われているはずですが、表立ってロシア・ウクライナ案件に触れようとはしていないように見えます。ゆえに今回、ニューヨークでアメリカの政府関係者と協議しても、異様なほどウクライナについての話題が盛り上がりません。
イスラエルの行動がすでに制御不能となり、ガザにおける人道状況は、56万人がすでにポリオワクチン接種済みという明るいニュースもある半面、イスラエル軍による攻撃の再激化を受けて悪化の一途を辿っており、イスラエルがどんどん孤立に際して意固地になっているのが鮮明化していますし、ウクライナの案件も終わりが見えない状況です。さらには人道的な地獄と化しているスーダン内戦も迅速な対応が必要です。
重要な場に日本の首脳が不在という懸念すべき事態
来週、UNでは首脳が集って、表舞台の一般討論演説の他に、水面下でclosed sessionsでいろいろな議論がトップレベルで行われます。そこで世界の今後について意見が交わされ、解決に向けた戦略も練られるものと信じていますが、9月が終わるころまでに前向きな動きが表出し、加速する見込みを示すことが出来なければ、一気に国際情勢は不安定化します。
そのような重要な場に日本の首脳がいないのはとてもとても懸念すべき事態ですが、次の自民党総裁、そして総理大臣に選ばれる新しいリーダーは、この混迷極まる世界の中でどのように振舞い、存在感を出していくつもりでしょうか?
至る所で外交的な折衝が繰り広げられるニューヨークの“いつもの”様子を見、自分も部分的に参加しながら、ふとそんなことを考えてしまいます。
未来サミットは私たちに希望の未来像を示すことが出来るのでしょうか?そして年次総会は、荒れ狂う国際情勢に少しでも明るい希望の光を見出す手助けができるのでしょうか?
祈りと希望をもって、今週の国際情勢の裏側のコラムを閉じたいと思います。
以上、ニューヨークより、今週の国際情勢の裏側のコラムでした。
(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2024年9月20日号より一部抜粋。続きをお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録ください)
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