公職選挙法違反の疑いが取沙汰されている兵庫県の斎藤元彦知事。その再選を後押ししたキーパーソンとして注目されているのが、noteで自身の実績を誇示し、その後に雲隠れしたPR会社社長の折田楓氏だ。ただ、マスコミは折田氏の能力を過大評価しすぎかもしれない。元全国紙社会部記者の新 恭氏は、そもそも折田氏のネット広報戦略だけで斎藤氏を当選させるのは不可能だったと分析する。それでもオールドメディアが折田氏ばかりにフォーカスするのは、「語りたくない事実」から逃げるための方便だという。(メルマガ『国家権力&メディア一刀両断』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:PR会社社長の勘違いを誘発した主要メディア「SNS戦略の勝利」論
オールドメディアが語りたくない「立花孝志氏の影響力」
斎藤元彦兵庫県知事の奇跡とも思える再選劇。当メルマガ先週号では、新聞やテレビといったオールドメディアが真相から目を背ける報道を続け、それがいかにネットを席巻した情報と乖離していたかに焦点をあてた。
斎藤知事のパワハラ問題を告発し懲戒処分を下されて自ら死を選んだ県幹部のプライバシーを守ろうとするのはいいが、その人の公用パソコンに残されていたファイルの中身にふれないで、今回の兵庫県知事選を論じるのは不可能だ。
百条委員会秘密会から流出した音声データを公開し、県幹部の自殺の原因は斎藤知事にあるのではなく、県幹部が「不倫」の発覚を恐れたためだと主張した立候補者の一人、人気ユーチューバー、立花孝志氏(「NHKから国民を守る党」党首)の影響力は凄まじく、数多くのSNSユーザーによってその“ストーリー”が拡散された。憶測に基づくものとしても、斎藤勝利の決め手はそこにあったとさえ思える。
むろん、オールドメディアとしては語りたくない事実であろう。斎藤知事を「悪」とするこれまでの報道姿勢を自己否定してしまうからだ。
このため斎藤氏の勝因を、ボランティアたちによる「SNS」作戦の賜物だと分析してみせるほかなかった。11月18日の日経新聞電子版に掲載された選挙速報がその一例だ。
過去最多の7人が立候補した17日投開票の兵庫県知事選は、前知事の斎藤元彦氏が元尼崎市長の稲村和美氏らを破り、返り咲いた。「勝手連」として集まったスタッフがSNSを駆使し、斎藤氏の訴えなどを拡散した。
同紙の「X」への投稿には、こんな記述もある。
攻勢の原動力はSNS投稿を担う約400人のスタッフ。写真や動画が拡散され、Xフォロワー数は20万超に。
しかし、この報道は“虚構”に過ぎなかったようだ。斎藤陣営の広報戦略を担った株式会社「merchu」代表取締役、折田楓氏が11月20日、「note」に投稿した記事。
当選後の日経新聞の記事や大手テレビ局の複数のニュース番組でも、「400人のSNS投稿スタッフがいた」という次なる「デマ」がさも事実かのように流されてしまい、驚きを隠せないと同時に、「私の働きは400人分に見えていたんや!」と少し誇らしくもなりました。
つまり、斎藤陣営のSNS作戦はひとえに折田氏の「働き」で成し遂げられたものらしいのである。「そのような仕事を、東京の大手代理店ではなく、兵庫県にある会社が手掛けたということもアピールしておきたいです」と手柄を誇っている。
むろん会社のPRをするのはいい。だが、この投稿がとんでもない疑惑に火をつけることになるとは折田氏の想定外だったにちがいない。
斎藤陣営は公職選挙法に違反していたのか?
斎藤元彦知事(47)が再選された兵庫県知事選の公正性が疑われる重大疑惑が噴き出した。斎藤氏から選挙の「広報全般を任された」と主張する同県内のコンサルタント会社社長がSNSを含む広報戦略を「仕事として手掛けた」とネットで自慢し始めたのだ。ネットでも選挙運動を行なった者に報酬が渡れば公職選挙法の買収罪にあたる可能性があり、そうなれば候補者だった斎藤氏本人も連座制適用で当選取り消しがあり得る。(11月23日、集英社オンライン)
これはどういうことなのか。「選挙運動者に対して金銭等の供与をした者」に買収罪が適用されると公職選挙法第221条第1項にある。ウグイス嬢、手話通訳者、要約筆記者、選挙事務員を除き、「選挙運動者」は無償、すなわちボランティアでなければならない。ネット広報戦略を担った折田氏、あるいはその会社が「選挙運動者」なのに報酬を受け取ったとしたら問題だ。
ネット選挙が解禁された2013年、総務省がまとめたガイドラインには「参考」として、こう書かれている。
選挙運動用ウェブサイトや選挙運動用電子メールの企画立案を行う業者への報酬の支払い
一般論としては、業者が主体的・裁量的に選挙運動の企画立案を行う場合には、当該業者は選挙運動の主体であると解されることから、当該業者への報酬の支払いは買収となるおそれが高いと考えられます。
意味するところは、こういうことらしい。たとえば、業者がデジタル選挙戦略を決定し、候補者や選挙事務所に指示を与えるような場合には、公職選挙法上「選挙運動者」として扱われ、報酬の支払いが「買収」に該当する可能性が高くなる。
元東京高検検事、郷原信郎弁護士はヤフーニュースの記事で、この件に関する見解を次のように述べている。
折田氏が、斎藤知事に直接依頼されてネット選挙運動を、会社の業務として全面的に仕切っていたとすれば、それは選挙運動そのものであり、しかも、無償で行われていたとは考えられない
斎藤知事が立件される可能性は?最大の焦点は“幻の契約書”
ご丁寧なことに、折田氏は自身の会社のオフィスで、二人のスタッフとともに斎藤氏を囲んで打ち合わせをしている写真を掲載。SNS運用については、こう述べている。
私が監修者として、運用戦略立案、アカウントの立ち上げ、プロフィール作成、コンテンツ企画、文章フォーマット設計、情報選定、校正・推敲フローの確立、ファクトチェック体制の強化、プライバシーへの配慮などを責任を持って行い、信頼できる少数精鋭のチームで協力しながら運用していました。写真および動画の撮影については、現地で対応してくださっているスタッフの方々にお願いすることをベースに、私自身も現場に出て撮影やライブ配信を行うこともありました
あまりにもあっけらかんと手の内を明かしている。おそらく、選挙についてはシロウト同然なのではないだろうか。プロの選挙プランナーなら、公職選挙法違反を疑われるような言動は絶対に避けるはずである。総務省出身で公選法に精通しているはずの斎藤知事は、この種明かしにさぞかし驚いたことだろう。
それでは、買収容疑で斎藤知事は立件されるのだろうか。ポイントは折田氏との契約が「補助的なコンサルティング」や「技術的サポート」に限定されているかどうかだ。SNSの運用全般について、最終的な決定権が候補者や選挙事務所側にあることを契約書や業務記録に明記する必要がある。
11月25日のぶら下がり会見で斎藤知事は「PR会社にポスターの制作費などとして約70万円を支払った」「(SNS運用について)あくまで斎藤事務所が主体的にやったということだ」と語った。折田氏については「ボランティアとして個人で参加されたと認識している」とし、公選法には違反していないと主張した。
支払った報酬が本当にポスター制作費等約70万円だけだとしたら、市場相場に照らして、さほど高額とも思えない。だが、それを証明できる契約書は存在していないようであり、最大の問題点となりそうだ。
折田氏のネット広報戦略だけで、斎藤氏を再選させるのは不可能だった
それにしても、折田氏はなにを勘違いしたのだろう。自分の仕事に傾注するあまり、選挙情勢の全体像が見えなかったのではないだろうか。そもそも、折田氏のネット広報戦略だけで、斎藤氏への支援の輪が当選ラインに達するほど広がるはずがない。
斎藤氏の失職後、改革志向の斎藤県政を見直す声が高まりつつあったところへ、立花氏や「SAKISIRU」の新田哲史編集長に流出した音声データが公開され、斎藤氏のパワハラよりむしろ、斎藤県政を潰そうとする県議会やメディアの姿勢を問題視する見方が広まった。その情報を拡散するSNS発信が活発化し、折田氏の立ち上げた斎藤氏関係のアカウントのフォロワー数も激増したとみるのが妥当ではないか。
メディアのなかには、SNSを中心とした今回の斎藤支持の盛り上がりを、東京都知事選での前安芸高田市長・石丸伸二氏、衆議院選での国民民主党の躍進に重ね合わせる向きがあるが、それは錯覚に過ぎない。選挙前のどん底にあっても斎藤氏の支援者は数多くいただろうが、YouTube番組を通じて何年もかけて全国にファンを広げてきた石丸氏や玉木氏とは同列に並べられない。
折田氏は主要メディアの「SNS戦略の勝利」論に誘い出され、その立役者としての自分をアピールした。しかし、PR会社がどんなにがんばっても、カリスマ性に欠ける斎藤氏をSNS戦略だけで復活させるのは不可能だった。立花氏という荒っぽい“扇動者”が現れたことを抜きにして、兵庫県知事選で発揮されたSNSの威力を語ることはできない。
ただし、当選する気もないのに立候補し、選挙演説で他の候補者を応援するという行動は、特定の候補者に利益をもたらし、選挙を本来の競争の場として機能させないおそれがある。民主主義にとって決して好ましいこととはいえない。有権者は声が大きくて目立つ誰かをいたずらに“英雄視”することなく、事実を事実として冷静に捉えておく必要があるだろう。
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image by: 折田 楓(@kaede.merchu) – Instagram