斎藤元彦氏が再選された兵庫県知事選では、「既存メディアに勝利したSNS」の影響力が選挙結果を左右したと言われる。この種の対立図式は多くが「SNSのデマに有権者は騙されてしまった」を暗黙の前提としているようだ。だが、現実は必ずしもそうではない。元全国紙社会部記者の新 恭氏はむしろ「有権者の情報収集能力が、SNSというツールを獲得したことによって飛躍的に高まった」点を重くみている。そのうえで、オールドメディアはSNSや立花孝志氏ではなく、自らの増長と委縮によって自壊したのだと指摘する。(メルマガ『国家権力&メディア一刀両断』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:既存メディアの「死に至る病」が生んだ斎藤知事復活劇
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窮地の斎藤元彦氏を救った「ネットの力」
「パワハラだ」「おねだり知事だ」と、主要メディアがこぞって批判を続け、県議会から不信任案を突きつけられて知事を失職した斎藤元彦氏が、11月17日の兵庫県知事選で当選し、復活を果した。
どん底からの再出馬。前回と違って政党のバックアップはない。勝てる見込みはゼロに近かった。そんな状況を変えたのがネットの力だ。
まずは、10月20日のヤフーニュースに掲載された上山信一慶應大学名誉教授の「兵庫県の斎藤前知事は、なぜ改革に反対する勢力の謀略に負けたのか?」と題する記事が目についた。これが先陣を切ったといえるかもしれない。
知事は兵庫県が他府県よりも厳しい財政事情にあることを知り、出費を抜本的に見直していた。一方で若年層の支援など重点施策には予算を付けた。庁舎建て替えの見直し、県立大学の無償化、高校の設備改善、天下りの見直し、港湾事業の透明化などの改革方針は、おおよそ時代の流れに沿った合理的なものと思われる。だが当然、既得権益を失う人たちが出てくる。そして抵抗勢力は反対する。
斎藤氏と面識はない。それでも、上山氏は自治体の行政改革の顧問を歴任した経験から推論を進めた。大規模な県庁改革を行っていた斎藤知事が、その反対派によって「令和の讒言、冤罪事件」に遭ったというのだ。
マスコミと反知事派議員の間には暗黙の相互利益の認識があった。反知事派議員は情報公開の原則という建前を武器に知事を攻撃できる材料をせっせとマスコミに提供した。マスコミも売り上げ、視聴率を稼げるネタとしてどんどん報道した。
テレビや新聞が伝え続けた斎藤知事による「パワハラ」「おねだり」の実例は、反知事派議員とマスコミの「相互利益」の産物だと主張する。
だが、もちろんこれは一方的な見解である。斎藤知事のパワハラなどについての告発文書をメディアや警察、県会議員に送った元西播磨県民局長が、懲戒処分とされ、斎藤知事への抗議のため自ら命を絶った事実の重さを考えないわけにはいかない。
県民局長はなぜ自ら死を選んだのか?
告発文書が送られたのは今年3月12日。匿名だったため、斎藤知事は当時の片山安孝副知事に内部調査を命じた。つまり、犯人捜しだ。片山副知事は県民局長が告発者だと目星をつけて本人に問いただし、県民局長の公用パソコンを押収した。
これに対し県民局長は4月4日、あらためて公益通報窓口に実名告発した。だが、斎藤知事は公益通報者保護法違反の恐れがあるのもかまわず、5月7日、「誹謗中傷に基づく不正行為」として、県民局長を停職3か月の懲戒処分とした。
この問題の調査のため6月14日、県議会は百条委員会を設置し知事の疑惑の追及をはじめた。ところが、告発者の県民局長は7月7日、自ら死を選んだ。
自殺の原因は本人にしかわからない。県民局長の遺族からは「一死をもって抗議する」「百条委員会は最後までやり通してほしい」という内容のメッセージと音声データが百条委員会に提出されている。それを信じるほかない。
県議会は「県政に深刻な停滞と混乱をもたらした政治的責任は免れない」として斎藤知事に対する不信任決議を全会一致で可決。斎藤知事は失職して、出直し選挙に挑む決断をした。だが、メディアの集中砲火を浴び、斎藤氏の信用は地に堕ちていた。
ちなみに当メルマガは、斎藤知事のパワハラ等にまつわる一連の報道について静観してきた。記事にしたことは一度もなかった。百条委員会がすべての県職員を対象に実施したアンケートで、知事のパワハラについて、聞いたことがあると回答した人が4割近くだったことからも、やけに怒りっぽい人であることは推定できた。
だが報じられた実例は、副知事に付箋を投げつけたとか、兵庫県上郡町に公務出張した際、特産品のワインを欲しがったりしたとか、決定的な例証とはいいがたいケースが多いと感じていた。