迫る年末、さまざまなところで今年を振り返る話題が尽きませんが、今年の中国外交はどうだったのでしょうか。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では多くの中国関連書籍を執筆している拓殖大学教授の富坂さんが、2024年のバイデン政権と向き合った中国外交について振り返っています。
2024年、バイデン政権と向き合った中国外交を振り返る
2024年11月18日、『フォーリン・アフェアーズ・リポート』のインタビューに応じたアントニー・ブリンケン国務長官は、バイデン政権の対中政策を、自らのカウンターパート・王毅外相との応酬からこう論じた。
「どの会議も王毅が、われわれの政策に文句を言うところから始まった。なかでも、われわれが中国に対抗するある種の同盟を築こうとする動きに対して彼が不満を表明することがほとんどだった。彼らが不平不満に多くの時間を費やしている、その事実こそが、われわれの政策が奏功したことの証左だ」
つまりアメリカが同盟・友好国との政策を調整し、中国と向き合ったことで中国が困った。だからバイデン政権の対中政策は成功だったという理屈だ。
何とも子供っぽい論理で驚かされるが、バイデン政権の対中政策が本当に奏功したのかといえば、極めて怪しい。
その理由の一つはインドだ。
12月18日、中国の 王毅 外相(共産党政治局員)は北京を訪問したインドのアジット・ドバル国家安全保障担当補佐官と会談した。国境問題に関する特別代表会議であったが、中印両国がこのテーマで膝を交えるのは、5年ぶりのことだ。
中国とインドの接近は、10月にペルーのリマで行われたBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)第16回首脳会議を受けた流れだ。現地では習近平国家主席とインドのナレンドラ・モディ首相の首脳会談が行われた。そのときの合意を具体化するための会議が北京で行われたのだ。
バイデン政権は公式には認めていないが、対中外交では、中国包囲網を築くことがアメリカの重要なテーマだった。その際のキーワードは「自由で開かれたインド太平洋」であった。その点を考慮すれば、インドの動きが死活的に重要であることは言を俟たない。
実際、バイデン政権発足当初、中国への対抗姿勢を鮮明にしていたインドの存在は、バイデン政権にとって追い風となり、少なからず習近平政権にプレッシャーを与えた。
バイデン政権はまた、オーストラリア、インド、日本との安全保障の枠組みである「クアッド」を格上げして新たな目的を与えた。
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さらにドナルド・トランプが葬り去ったTPP(環太平洋パートナーシップ協定)に代わる経済的な連携であるIPEF(インド太平洋経済枠組み)を立ち上げ、経済的な中国包囲網形成を試みた。
加盟国のGDPの和が世界の40%を占める14カ国が参加したとジョセフ・バイデンは胸を張ったが、これも要となるのはインドと東南アジアだった。
そのインドが今年の半ばから明らかに対中宥和へと傾いた意味は大きい。起点は4月から6月にかけてインド全土で行われた国民議会総選挙だった。
まずスブラマニヤム・ジャイシャンカル外相が「中国との問題を解決する必要性」に言及。それに続いて、モディ首相も対中関係改善の意思を示したのだった。
背景にあるのは、中国との対立よりも関係を修復して経済関係を深めることのメリットをインドが認識したことにある。
中印の関係改善の動きは、昨年のイランとサウジアラビアの関係修復を中国が仲介したことに続く今年の外交のハイライトだ。
旧冷戦期を西側陣営、就中、アメリカの強い庇護下で過ごした日本人にはなかなかできない思考だが、世界の多くの国々、とくにグローバル・サウスの国々がアメリカに盲従することはない。アメリカの力は認めつつも、簡単に別の大国との関係を犠牲にするような選択はしない。
これは、逆の視点から言えばアメリカに追従し中国と対抗することにメリットがあれば、そうなった可能性があるということだ。
つまりインドの選択は、アメリカとの関係強化と中国の対立のデメリットを天秤にかけて導き出された結論でもあるのだ。
世界がバイデン(ハリス)かトランプかで揺れるなか、最終的に中国との安定的な関係に舵を切ったということだ。
先述したIPEFではインド以上にASEAN(東南アジア諸国連合)の取り込みがアメリカの課題とされたが、ASEANこそ長い月日を経て中国との対立のデメリットを学んできたのである。
ASEANの腰が重かったこともあり、IPEFは実態としてその機能を果たせていない。それどころか多くの調査で明らかなようにASEAN諸国内での中国への好感度は上昇を続けている。イメージ改善の大きな推進力となったのが「一帯一路」だと聞けば、日本人の多くは驚くはずだ。
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冒頭の話題に戻せば、王毅がアメリカとの交渉の場で毎回同じことを繰り返すと語ったのは、2つの点から腑に落ちる。
一つはアメリカの言行不一致。もう一つは中国外交の一貫性という意味だ。
前者は、米中首脳会談の度にバイデンが繰り返した「同盟関係の強化を通じた中国への対抗を図らず」という発言が実行されないことへの中国側の不満だ。
後者は習近平がリマの米中首脳会談で語った「相互尊重、平和共存、協力・ウィンウィンに照らして中米関係を取り扱うという原則に変更はない」という念仏のように繰り返される中国の主張だ。
中国が外交の場で退屈なほど同じ文言を繰り返すのは、まさに一貫性の証明でもある。
こうした中国外交にあって、今年の大きな成果とされているのが、「人類運命共同体」という言葉を多くの国との首脳会談後の共同声明に入れ込むことに成功したことだ。
対外政策で「人類運命共同体」を具現化する道具として駆使されたのが「一帯一路」である。
10月のペルーのチャンカイ港の開発は典型例だ。開港式ではペルーのディナ・ボルアルテ大統領が習近平と並んでオンライン参加するという熱の入れようだった。
中国の「人類運命共同体」と「一帯一路」を軸とした外交の裏にあるテーマは、「対立より発展」だ。
インド、ASEAN、アフリカ、中南米の多くの国が中国との距離を縮めているのは、「対立より発展」という中国の姿勢との親和性のためだ。
トランプの再登板で揺れる世界で日本がどんな選択をするのか。アメリカに従い120億ドルのウクライナ支援を約束し、実行してきた日本の決算はどうなのか。
はたしてバイデン外交は日本に追い風を吹かせた4年間だったのか。真剣に総括する必要があるはずだ。
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