半世紀に及ぶ独裁から解放されたものの、依然として混乱の続くシリア。ウクライナに目をやれば、未だロシアからの軍事侵攻の終りが見えないのが現状です。私たちはこの状況を一体いつまで見ることになるのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、トランプ次期大統領の動きを予測しつつ、2025年の国際社会の行方を占っています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:2025年の国際情勢‐トランプ・マジックによる暫しの平穏か?それとも同時多発的混乱の連鎖か?
久々の“平和”が訪れるか、それとも恐怖の1年になるか。全てはトランプ次第の2025年
「なあ、シリアの今後はどうなると思う?」
こんなバクっとした曖昧な問いを投げかけられたら、皆さんはどう答えるでしょうか?
私は「いろいろなことが一気に起きて、正直わからない」としか答えられません。
北部イドリブ県からスタートした反アサド政府武装組織によるクーデターは、あっという間に首都ダマスカスを陥落させ、Bacher Al-Assad大統領を追放し(ロシアに亡命)、半世紀近く続いたアサド家による独裁政治を終わらせました。
分かっているだけでも51万人弱がシリア内戦で殺害され、600万人強の難民を周辺国に送り込んだ悲劇に急な終止符が打たれたことで、シリアとその周辺国は歓迎ムード一色で、新生シリアに向けての期待が高まっていますが、アサド政権の終わりは、また新しい“戦い”を生み出しているようにも見えます。
アサド政権を崩壊させた反政府武装組織を束ねるHTSのシャラア氏は、HTSが欧米から長年旧アルカイダ系ヌスラ戦線を源とすることからテロ組織認定を受けて制裁を課せられ、自らも日本円にして15億円の懸賞金をかけられていたことを踏まえ、必死に武装組織色を薄め、平和裏にシリアの今後を担うイメージを打ち出していますが、“支援国”によってその受け取り方は違うようです。
アサド政権による残忍な殺戮と難民問題をベースにシリアを拒否し、やっと2021年にアラブ連合への再加入を認めたアラブ諸国は、一様に新生シリアを歓迎し、支援の実施を約束していますが、多くは自国に押し寄せた難民が一刻も早くシリアに帰還することを望んでいるといることと、すでに混乱状態にある中東地域での紛争の種を一つでも摘んでおきたいという意図が働いているようです。
その意図を挫き、中東地域をさらなる混乱に引きずり込みそうなのがイスラエルの動きです。アサド政権崩壊後すぐに、イスラエル軍はイスラエルとシリアの長年の係争地であるゴラン高原に侵攻し、一気にイスラエルによる実効支配を強め、近々、ユダヤ人の入植を加速してイスラエルに取り込んでしまおうと画策しています。
これはアラブ諸国にとっては、過去の合意を踏みにじる行為であり、これ以上、イスラエルの横暴を許してはならないという意見を強める(もう抑えきれない)きっかけになっています。
さらにイスラエル軍は、シリアの首都ダマスカスにも空爆を繰り返し、一気に頭痛の種であるシリアも混乱に乗じて手中に収めようと画策しているように見え、これがまた、弱体化したヒズボラとレバノン、そしてイラン、イエメンのフーシー派を激しく刺激し、イスラエルに対する多方面からの攻撃を誘発することに繋がっています。
混乱のシリアが再び内戦状態に陥ることを喜ぶのは誰か
今のところ、イスラエルは多方面に開いた戦端を何とか管理できていると報じられていますが、多方面からの攻撃を防ぎ切れておらず、イスラエル各地にそれなりの被害が出ていることと、防衛の要であるアイアンドームの在庫が(バイデン政権がイスラエルへの供与を控えていることもあり)懸念すべき水準に下がってきているようです。
今後、弱体化したとはいえ、まだまだ強いヒズボラや、永遠のライバルであるイランが満を持して反撃するような事態になれば、イスラエルも危機的な状況に追い込まれる可能性も否定できません。
今、イランが反撃を控えているのは、自身の革命防衛隊の弱体化が理由ではなく、反イランの色が濃いトランプ大統領をあまり刺激すべきではないという戦略的な思考が理由であるため、イスラエルはすでにトランプ大統領に救われていると見ることもできるかもしれません。
そのシリアを巡る中東情勢の混乱の火に油を注いでいるのが、シリア国内での主導権争いと隣国トルコの影です。
シリア内戦下において、反アサド勢力としてクルド人居住エリアで暴れていたSDF(シリア民主軍)は、その名の通りクルド人民兵組織人民防衛部隊(YGP)が中心で、その活動は米軍の支援を受けてきましたが、アサド政権が崩壊した今、HTS(シャーム解放機構)は、クルド人組織を忌み嫌うトルコ政府の影響を受け、「アサド政権はもう存在せず、SDFも我々も存在意義を大幅に変えなくてはならない。反政府武装組織の武装解除を進めるのと並行し、SDFも同じく武装解除して解体されるのが望ましい」と要求していますが、SDFが反攻し、SDFと別の反政府組織であるSDAとの間の緊張が高まり、そこにHTSをはじめとする武装組織が加わりかねない状況に陥っています。
この状況には国連のシリア担当特使であるペダーセン氏も懸念を示しており、「この緊張は国連をはじめとする国際的な復興支援を著しく遅延させる恐れがあるのと同時に、新たな内戦状態を生む極めて危険な状況になる恐れが高まる」と述べ、HTSのシャラア氏やトルコ政府、そしてSDFの背後にいるアメリカ政府などに介入を要請していますが、今のところ、緊張の緩和には至っていないのが実情です。
まさにアメリカとトルコの代理戦争の弊害がここで出てしまっています。
ところでシリアが混乱し、何なら再び内戦状態に陥って喜ぶのは誰でしょうか?
ロシア(プーチン大統領)とアサド前大統領ではないでしょうか。
今回のアサド政権の突然の崩壊は、シリアに軍港を持ち、アフリカに対する拡大の拠点としていたロシアにとっては大きな打撃となると思われ、かつロシアの面子を著しく傷つけるものと捉えられていますが、それは“欧米よりのシリア”が建設され、かつ安定的に運営されていくという条件が満たされることが基礎にありますが、今、その基礎が国内の勢力争いと関心国の代理戦争によって脅かされているため、ロシアにとっては、混乱に乗じて、シリアを再び獲得する機会を生むことになります。
その証拠に、アサド前大統領亡命後、ロシアの艦隊はシリアの軍港を離れていますが、それはロシアには帰らず、かつウクライナ戦線にも投入されずに、いまだにシリアの沖合に編隊を組んだまま停泊したままにされています。
これはあくまでも憶測にすぎませんが、シリアおよび周辺国の混乱が深まり、介入の隙を見つけたらすぐにロシア艦隊がシリアを急襲して再びロシアの権益化することを狙っているのではないかと疑っています。
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シリアの今後のカギを握るトルコ政府の出方
新たな内戦で反政府・反アサド派同士で争わせ、互いに力を削ぎ合ったところで一気に介入して駆逐し、フラットにしたシリアにまたアサドをreinstateする(再配置する)ような事態を計画しているかもしれません。
まあ、アサドを見限って、他でもいいのですが、まだ親アサド派も数多く残り、混乱を避けて地下にもぐっているとも言われているので、追放したはずのアサドが再び君臨するような事態も、全くないとは言えないと、勝手に想像して恐れています。
そのカギを握るのは意外にもトルコ政府の出方です。
現時点では、エルドアン大統領はアサド前大統領を嫌い、アサド政権崩壊を喜び、ゆえにHTSとの距離感を詰めて、新生シリアにおける影響力の拡大を狙っていますが、その狙いである「クルド人勢力の壊滅」が実現されるのであれば、その担い手は誰でもよく、仮にそれがロシアが指名した誰かであっても、最悪の場合、バッシャー・アル・アサドであってもいいのではないかと考えています。
もしシリアが再度混乱に陥り、制御不能に落ちった時にロシアが介入し、クルド人勢力への攻撃をトルコに容認したら…何が起きるかわかりません。
それを食い止めるにはアメリカの積極介入が必要になるのですが、先述の通り、トランプ次期大統領は「シリアにアメリカがコミットすることはない」と公言しており、かつバイデン大統領の命令で行われた米軍によるイドリブ県への空爆を非難していることから、“シリア”にトランプ政権が積極的にかかわることは考えづらいのではないかと感じます。
もちろん、イスラエルの隣国でもありますので、過剰なまでにイスラエルに肩入れするような中東政策を取って、代わりにアラブを敵に回すという大きなギャンブルにでることを決意するなら、イスラエルを後押しする形で“シリア”に介入することはあるかもしれませんが、直接的な介入はないものと思われます。
ここで不思議なことにカギを握るもう一つのエージェントが、ロシア・プーチン大統領です。
それはなぜか?
プーチン大統領を巻き込み、自身(トランプ大統領)の側につけておかないと、ロシア・ウクライナ戦争の停戦協議をうまく進めることができない恐れがあるからです。
もし就任後すぐのウクライナ戦争の停戦協議の際に、トランプ大統領とプーチン大統領の間で“シリア”もウクライナ停戦を巡るディールの一つに加えられた場合、勝手な想像ですが、トランプ大統領はシリアを切り、ロシア・ウクライナの停戦を優先する可能性がある気がします。
その際、プーチン大統領は、アサドを切っても、シリアを親ロシアに戻す工作をするのではないかと思われます。
実際にどうなるかはわからないのですが、シリアを巡るやり取りと、ロシア・ウクライナ戦争を巡るやり取りは、別の案件として切り離すことができるものではなく、パッケージで扱われる可能性が高まってきます。
そうなると、イスラエルが絡む中東情勢の行方も、このパッケージに関わることになり、トランプ大統領は多重的なディール・メイキングを強いられることになりますが、果たしてトランプのアメリカにそれが仕切れるでしょうか?
もしYESなら、それこそノーベル平和賞受賞の最有力候補に挙がることになりますが、ロシア・ウクライナ間の紛争を停戦に導き、イスラエルに圧力をかけながら中東情勢の安定化に臨み、同時にアジア太平洋地域における中国の伸長と、前政権時とは比べ物にならないほど軍事力を高め(自分は強いと勘違いしている)北朝鮮の予測不可能な動きに対応することを強いられる現実をどう受け止め、manageするでしょうか?
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「24時間以内に戦争を終わらせる」という発言の裏
正直、欧州各国は役に立ちません。ドイツは2月に政権交代が確実視され、政府として機能するまで、連立協議などで時間を要するため、早くてもGWくらいまでは動きが取れません。
フランスは、マクロン大統領がまだいますが、国内での影響力に陰りが出てきており、マクロン大統領は自分のプレゼンスを示すために海外案件に口を出すものの、実際には身動きが取れず頼りにできません。
英国はスターマー政権になり、少し安定感が出ているという分析もあるのですが、盲従的にアメリカの施策に追随してくれる以外は頼りにならず、他国を動かすほどの影響力も発揮してくれないのが実情でしょう。
イタリアは、レバノン絡みの案件でイスラエルと“戦って”おり、イスラエル絡みでのディールには、それがネタニエフ首相を懲らしめるようなことにならない限りは、乗ってくれませんし、何か即応性を求められるような合意が出来ても、イタリアには、知っている限り、即応性はありません。
それに加え、欧州各国は、中東案件(地中海案件)には懸念と関心はあるものの、より大きな敵と脅威がロシアの動きであり、ロシアを利し、ロシアに余力を蓄えさせるようなディールの片棒を担ぐことにはアレルギーが出る可能性があります。
かといって、欧州各国はもうウクライナを政治的にも経済的にも、また軍事的にも支え続けることは出来ず、口は出しても結局何もせず、責任も取らない欧州の状況が強まっているように思います。
そうなるとどうなるか?
それは、幸か不幸か、どれだけアメリカ、特にトランプ政権が本気になって戦争をおさめる手伝いをし、デリケートな停戦状態を監視して維持する気があるかどうかにかかってくることになります。
実際にはどうか知りませんが、これまでのトランプ氏の発言と、前政権時の行動を見ていると、アメリカによる海外でのコミットメントを増やすという方向には進みづらく、思考は国内、つまりアメリカ・ファーストになるため、あまり期待を持てないように思います。
また「24時間以内に戦争を終わらせる」という発言の裏には、アメリカを戦争には関わらせないという意図があるように感じ、バイデン政権下でアメリカのリソースを著しく消費する戦争へのコミットメント(直接ではないにせよ)には、バイデン政権と逆のことをしたいという思考からも、関わらない気もします(ちなみに、バイデン政権下での“コミットメント”が、アメリカの軍事産業を復活させ、さらに拡大させたことに気付けば、American Economy Firstのトランプ氏は、別の表現をしながらコミットするのかもしれませんが)。
いろいろなことが不確定で、この先がどうなるか不明瞭ですが、一つ確実なことは、ウクライナにとってあまりよい未来は訪れそうにないということでしょうか。
トランプ氏は“ウクライナに対するアメリカからの支援”をウクライナに対しても、ロシアに対しても交渉カードとして用いることになるかと思いますが、それはあくまでも“カード”であり、いろいろな見解を総合してみると、実際には“ウクライナへの支援の継続”にはあまり関心がなく、一刻も早くアメリカをウクライナから撤退させたいと願っているようです。
パリでゼレンスキー大統領と面会して協議した際にも、いろいろな要求をしてくるゼレンスキー大統領に対してあまり色よい返事をせず、ゼレンスキー大統領が持ち出した“ウクライナへの核兵器の再配備”というアイデアに対しては激怒したらしく、同行した人曰く「彼は危険だ。あまりアメリカが付き合い、ウクライナに引き込まれるべきではない。アメリカはロシアとの戦争には関心がないことを明確にしておく必要がある」と話したそうです。
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日本にも戦火が及ぶという考えうる最悪のシナリオ
中東情勢についても同じようです。イスラエルのネタニエフ首相にはシンパシーを持つものの、アメリカを再び中東の地に引きずり込もうとしている“誘い”には乗る気は毛頭なく、トランプ政権としては「アメリカの直接介入はしないが、イスラエルが自国の安全保障のために行うことに対しては、それがアメリカの権益を脅かすものでない限りは、黙認する」という形のサポートに留まるのではないかと考えます。
そうなると懸念は、ネタニエフ首相の暴走と、それに一致団結して反攻に乗り出すアラブ諸国、そしてイランによる本格的な対イスラエル報復の実施です。
そして毎度のことですが、中東における紛争の連鎖は、海を渡って東アフリカに広がり、スーダン内紛を一層悲劇に晒し、下手をするとそれがGreat Nile Damの紛争と相まってエジプトに及び、それが中東の紛争の火に油を注ぐような事態になるかもしれません。
またその火はトルコを経由してロシア・ウクライナにも及ぶ可能性が高く、すでに停滞気味の戦況を刺激して再び熱戦化して、コーカサス地域を戦火に巻き込むかもしれません。アゼルバイジャンとアルメニアの緊張もそうでしょうし、South Corridorを伝ってスタン系の国々を駆け抜け、最悪の場合はインド・パキスタンなどにまで及ぶかもしれません。
そして戦火がアジア方面に広がると、北東アジアではロシアのシベリア軍と北朝鮮が何かを始めるかもしれず、その場合、韓国が標的になり、さらには日本にも戦火が及ぶという最悪のシナリオも考えられます。
方向がどちらからくるかわかりませんが、もし先に中国による台湾への威嚇が何らかの偶発的な衝突に繋がり、それが武力衝突を引き起こすようなことになると、北東アジアに対して南からも火の粉が降ってくるかもしれません。
そうなると、北半球全体を巻き込む大きな戦争に発展してしまうかもしれません。
あくまでも最悪の事態を想像した内容になってしまいますが、「誰がいつどのようなことを始めるか」の内容次第では、この最悪の連鎖が引き起こされる可能性は否定できません。
いろいろなことがあと3週間から1か月後には見えてくるものと思われます。
2025年は奇跡的にすべての大紛争が停止するか終わり、久々の“平和”が訪れる素敵な一年になるか?
それとも戦争の連鎖が引き起こされ、世界の多くを悲劇に巻き込むような“恐怖の一年”になるか?
期待と不安を織り交ぜながら、今年最後のコラムといたします。
以上、国際情勢の裏側のコラムでした。
(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2024年12月27日号より一部抜粋。全文をお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録ください)
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
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