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トランプ関税は「最も深刻な自傷行為」と米国内から猛批判も。嫌気が差した東南アジアが中国・習近平の訪問を歓迎した理由

トランプ大統領の相互関税により大きな迷惑を被る国際社会。その最大のターゲットとなっているのが中国ですが、アメリカとのディールに応じる気は持ち合わせていないようです。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では著者の富坂聰さんが、吠えるトランプ氏を尻目に東南アジア3カ国を歴訪した習近平氏がどのように各国で迎えられたかを紹介。さらにASEAN諸国の「トランプ関税」に対する本音を考察しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:トランプのディールに「ゼロ回答」のまま東南アジアへと旅立った習近平の思惑

トランプのディールには「ゼロ回答」。歴訪した東南アジアで大歓迎受けた習近平の思惑

現在のようにグローバル化が後退し、ルールに基づく通商秩序が損なわれる先行きの見えない経済のなかで、私たちは友人として隣国として信頼できるパートナーとしての中国に希望と確実性を見出す──

これは今年、東南アジア諸国連合(ASEAN)の議長国を務めるマレーシアのアンワル・イブラヒム首相の言葉だ。

米中が関税をめぐり激しく火花を散らすなか、ベトナム、マレーシア、カンボジア3カ国を訪れた中国の習近平国家主席を迎えた晩餐会でのスピーチだ。

アンワルは「(中国・マレーシア)両国に黄金時代がやってきた」とまで語った。

マレーシアの前に訪れたベトナムでも大歓待を受けた習近平は、アメリカとの交渉を急ぐよりもむしろ、足元である周辺の国々との関係を確認することにエネルギーを注ぐ選択したようだ。

中国にとってASEANは最大の貿易相手である。そのなかでもベトナムとマレーシアは中国にとって1位と2位の貿易相手国だ。

習を迎えたアンワルが「ASEANを含め、地域の経済に大きな圧力をかける国に対抗する」という表現で「名指しは避けつつ、アメリカに言及した」(シンガポールのテレビ『CNA』)のは大きな成果だったはずだ。

ベトナム訪問時にはアメリカを意識した発言は聞かれなかったが、それでも習近平はベトナムでトー・ラム書記長をはじめ指導部4役(書記長、国家主席、首相、国会議長)と面談。40を超える覚書に署名し、共同声明を発表した。習が去った後にも董軍国防大臣が残り、中国ベトナム国境国防友好交流プログラムに出席。ベトナム『VTV4』はその様子をトップニュースで報じられるなど、蜜月ぶりをアピールした。

歴訪の一つのハイライトは鉄道分野での協力強化だった。

ベトナムでは中国からハノイ、また港湾都市ハイフォンなど北部都市へと乗り入れる標準軌鉄道に関する中国側からの技術支援(ラオカイ‐ハノイ‐ハイフォン鉄道建設投資プロジェクト)が約束された。

鉄道建設は中国が進める「一帯一路」構想の目玉であり、中国とASEANが同じ経済圏として強く結び付いてゆくための基盤を築く重要なプロジェクトだ。

マレーシアでもそうした視点が顕著であった。事実、マレーシア東海岸鉄道(ECRL)の建設プロジェクトが中国との間で進められている。

プロジェクトの調印式(2024年12月23日)に臨んだマレーシアのアンソニー・ローク運輸相が「(ECRLは)マレーシアの東西海岸を結ぶ重要な『陸上の橋』となり、東海岸のクアンタン港と西海岸のクラン港を結び、貨物輸送効率を高め、マレーシアが国際貿易システムにより緊密に融合するのを後押しする」と大きな期待を寄せたように、東西の港をつなぐというマレーシアの悲願に中国が協力することで、ウインウインの関係が加速できるとされているのだ。

ECRLは中国・マレーシア両国の「一帯一路」共同建設の重点プロジェクトで、全長600キロメートル余り。2027年末の完成を予定している。

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トランプはASEANで存在感を示す習近平に不快感

中国とASEANの関係は、単に鉄道建設という視点だけで見ても、目が離せない勢いで急速に進んでいる。

前述した中国南部とベトナム北部の都市を結ぶ鉄道は、当然のこと将来的には中国ラオスを結ぶ鉄道や、タイで進められている鉄道網とも一体化する予定だ。

タイの内閣は2月4日、中国タイ鉄道の第2期プロジェクトの決議を採択している。

中国とタイの関係は、今回の習近平のASEAN3カ国歴訪の前に、ペートンタン・シナワット首相が訪中(2月上旬)していることからも良好さが際立つ。

ペートンタン首相は中国東北の都市・哈爾浜で行われた第9回アジア冬季競技大会開会式にも出席し、自らを「中国系の血を引くタイ首相」と語った。

中国とカンボジアの深い関係はいまさら指摘するまでもないが、象徴的なのはフン・マネット首相が就任して初めて公式に訪ずれたのが中国だという事実だ。

現在、カンボジアでは首都プノンペンを流れるバサック川をまたぐバサック川大橋プロジェクトが進行中で、2027年に開通予定だ。これは中国とカンボジアの協力枠組みである『ダイヤモンド・ヘキサゴン』の目玉プロジェクトだ。

トランプ政権とのディールには沈黙を守ったまま、ASEANで存在感を示す中国の動きをドナルド・トランプ大統領が快く思うはずもなく、トランプは早速「米国に損害を与える戦略を考案するためのもの」(『フォーチュン』誌4月15日)とけん制した。

もちろん東南アジアの国々がアメリカとの対立を望むはずもなく、相互関税の発動が90日間延期されるなかで、各国は交渉による解決の道を探っている。

だが、彼らの本音はアンワルが語った以下の言葉に代表されるのではないだろうか。

アンワルは「今日私たちが目撃しているのは欠点のあるグローバル化がもたらす当然の代償ではない。部族主義に陥った経済だ。市場参入権は武器として扱われ、ともに成長するために交わされた多国間の取り決めが恣意的な破壊や一つの国の気まぐれの前に屈している」と、世界経済の不安定が「人災」であると指摘したのだ。

実際、トランプ関税がアメリカ経済に追い風を吹かせるとの見通しを示した専門家はアメリカにも少ない。経済学者のポール・クルーグマンは「完全に狂っている」とSNSで発信し、ジャネット・イエレン前財務長官は「自分の見たなかで『最も深刻な自傷行為』」と批判している。

しかもトランプ政権の関税政策は債券市場の混乱を前に朝令暮改が続き、先行き不透明感を世界にばら撒いている。

多少の規模の縮小があっても安定的で先の見通せる関係をきちんと構築したい。中国とASEANがそうした考えに傾いたとしても不思議ではないはずだ。

(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2025年4月20日号より。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をご登録ください)

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1964年、愛知県生まれ。拓殖大学海外事情研究所教授。ジャーナリスト。北京大学中文系中退。『週刊ポスト』、『週刊文春』記者を経て独立。1994年、第一回21世紀国際ノンフィクション大賞(現在の小学館ノンフィクション大賞)優秀作を「龍の『伝人』たち」で受賞。著書には「中国の地下経済」「中国人民解放軍の内幕」(ともに文春新書)、「中国マネーの正体」(PHPビジネス新書)、「習近平と中国の終焉」(角川SSC新書)、「間違いだらけの対中国戦略」(新人物往来社)、「中国という大難」(新潮文庫)、「中国の論点」(角川Oneテーマ21)、「トランプVS習近平」(角川書店)、「中国がいつまでたっても崩壊しない7つの理由」や「反中亡国論」(ビジネス社)がある。

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【著者】 富坂聰 【月額】 ¥990/月(税込) 初月無料 【発行周期】 毎週 日曜日

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