恐怖は人を動かし、ビジネスを生みます。魔女狩りや脱CO2に共通するのは、情報と感情と産業が絡み合った信仰の構造、これに変わりはありません。メルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』の著者で生物学者、CX系「ホンマでっか!?TV」でおなじみの池田教授は今回、科学と陰謀論の間にあるグレーゾーンを浮き彫りにしています。
陰謀論について
今回は、前回の続きで陰謀論の話をしよう。ユヴァル・ノア・ハラリ『NEXUS 情報の人類史 上 人間のネットワーク』(河出書房新社)に次のような記述がある。「サピエンスが世界を征服したのは、情報を現実の正確な地図に変える才能があるからではなかった。成功の秘訣はむしろ、情報を利用して大勢の人を結びつける才能があるからだ。不幸にも、この能力は嘘や誤りや空想を信じることと分かち難く結びついている場合が多い」(53ページ)。重要なのは、情報の当否ではなく、単純でわかりやすいものほど人々を結びつける力が強いことだ。
ヨーロッパ近世で起きた最悪の陰謀説は、主に15世紀から17世紀に流行った、不作や病気の原因はサタンに率いられた魔女たちによって引き起こされたというものだ。魔女に関する膨大な情報が流布され(もちろん全部出鱈目だったのだけれども)、当時猛威を振るった地球寒冷化による飢饉や病気に苦しむ人々は、この情報を真実と信じて共有し、魔女狩りに熱狂した。一説によれば50万人近くの人が魔女とされて処刑されたと言われている。この陰謀説を支えたのは人々の恐怖心と、サタンに対する怒りと、正義のためならば残虐な行為もまた楽しいという、多くの人々の心性に潜む魔性である。恐らく、現代人の心性もさして変わっていないと思う。(中略)
前回でも書いたように19世紀後半に、制度化された科学が勃興すると、エビデンスに基づかない言明は正しいものとは認められなくなってくる。魔女に関する膨大な情報は、噂と伝聞と妄想で構成されており、エビデンスを持たず、再現可能でもなかったので、人々が科学を信じるようになると、急速に見捨てられて、19世紀の後半までには消滅してしまった。
単純でわかりやすい情報ほど、多くの人々を結びつけるという話をしたが、科学の理論は一般の人々にとっては、決して単純でもわかりやすくもない。ではなぜ、19世紀の後半以降、多くの人々は科学を信じるようになっていったのか。それは、科学理論に基づいて作られた道具や薬が人々の生活にとってものすごく役に立ったからだ。鉄道や自動車、電気製品、医療機器、抗生物質などなど、挙げればきりがない。かくして、20世紀の後半まで、人々と科学(技術)の蜜月時代は続いたのである。
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ところが、20世紀後半になって、人為的温暖化説が現れるに及び、科学は実証不可能な領域に入って行ってしまった。地球の気温は19世紀半ばから10年に約0.1℃ずつ上昇していることは事実であるが、20世紀になるまで、人為的なCO2の排出は微々たるものだったので、19世紀後半の気温上昇が人為的なものでないことは明白である。それ以外にも反証データは山ほどあるが、なぜか、日本では人為的温暖化は無謬という話になってしまった。前回書いたようにアメリカでは、トランプ大統領をはじめ人為的温暖化を信じない人が結構たくさんいる。人為的温暖化論は信じても信じなくとも自分の生活には直接的な影響を及ぼさないので、その時々の世間の気分に左右されて、信じる人も信じない人もいるわけだ。
それ以前の科学は、実証に基づいていたので、その正しさを信じざるを得なかった。スイッチを入れればテレビが付き、アクセルを踏めば自動車が走るのは紛れもない事実であるが、CO2を出せば温暖化して、排出を止めれば温暖化が止まるのは、事実として実証されているわけではない。多くの日本人は脱CO2を進めないと、地球はそのうち灼熱地獄になるという予想を信じさせられているだけである。昔の魔女裁判と同じで、魔女を退治しなければ、病気も飢饉も収まらないという人々の恐怖を煽った妄言とそっくりである。
なぜそういう妄言がメジャーになったかというと、権力とつるんだ脱CO2産業が儲かるからだ。電気自動車、太陽光発電、風力発電と、脱CO2産業は花盛りだが、地球の温度は下がっていない。前記のユヴァル・ノア・ハラリの本によれば、魔女狩りに意欲を燃やしたハインリヒ・クラーマーというドミニコ会の修道士は『魔女への鉄槌』という本を15世紀の終わり頃に出版した。『魔女への鉄槌』はベストセラーになり、クラーマーは名士となり、教皇の代理に任命された。この本は長く読み継がれ、1670年までに29回、版を重ね、多くの言語に翻訳されたという。最盛期には魔女狩りは産業になり、魔女についての情報を集めて、魔女の正体の暴き方や撃退の仕方を教える、専門の魔女狩り人たちが現れ、政府や地方自治体のために働き、高額の報酬を受け取ったという。人々の恐怖を煽って妄言を広めて、産業にする点で、現代の脱CO2産業と選ぶところがない。
脱CO2が揺るぎない産業になった頃、新型コロナが出現して人々を恐怖に陥れたーーー(『池田清彦のやせ我慢日記』2025年5月23日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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