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中国が“現産地偽装”なら日本も同罪。トランプ関税回避で生産拠点を移した隣国と日米貿易摩擦解消のため工場を移した我が国

トランプ関税を回避するため生産拠点を東南アジア等に移転した中国の対応を、「現産地偽装」なる言葉を使い報じる日本メディア。同じく国内メディアは、「東南アジア各国が中国に対して警戒を開始した」というトーンで伝えていますが、はたしてそれは真実なのでしょうか。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では著者の富坂聰さんが、これらの真偽を専門家目線で考察しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:米中関税戦争で中国が東南アジア諸国にも警戒されているって本当か

米中関税戦争で中国が東南アジア諸国にも警戒されているって本当か

中国の李強総理がインドネシアを公式訪問──。

このニュースが中国発で流れた日、日本で目立っていたのは以下の記事だ。

「中国の原産地偽装で東南アジア各国が対策、アメリカの『貿易赤字の一因』と主張…関税交渉を意識」(『読売新聞』5月23日)

見出しが与える印象は、トランプ関税回避のため中国に利用されている東南アジアの国々がその問題に気付いて中国を警戒し始めた、といったところか。

いまや日本人の90%が「中国嫌い」という事情も手伝い、「やっぱり中国は東南アジアでも嫌われているのか」と留飲を下げるたくなるニュースだ。

しかし、実態はどうか。

原産地偽装という言葉の使い方も気になるが、まずは中国と東南アジアの国々との関係を見てみたい。

今回の李強のインドネシア訪問は、プラボウォ・スビアント大統領の招待に応じて5月24日から26日にかけて行われる公式訪問であって、現地で歓待されるだろうことは容易に想像できる。

また李強はインドネシアの後に今年ASEANの輪番議長国であるマレーシアを26日から28日にかけて訪問する。これもアンワル・イブラヒム首相の招待だが、その後、クアラルンプールで「ASEAN─中国 湾岸協力会議サミット」にも出席する予定だ。

今年は、習近平国家主席が4月にベトナム、マレーシア、カンボジアの3カ国を訪問したばかりだ。

2月にはタイのペートンターン・シナワット首相が訪中。ペートンタンが自らを「中国系の血を引く首相」と紹介して話題となった。

また昨年11月にはインドネシアのプラボウォが、大統領就任後初の外遊先に中国を選び訪れている。

中国と東南アジアの国々の関係という意味では、フィリピンとの摩擦が激化していることを除けば、むしろスキのない外交を展開していると見るべきだろう。

少なくともトランプ関税で慌てた東南アジア諸国が中国との距離をにわかに調整し始めたなどといった動きは見当たらない。

実際、読売新聞の記事とまったく同じ時期に中国国内では以下のニュースが流れている。

「中国・ASEAN10ヶ国、自由貿易協定3.0交渉を全面的に妥結」

わざわざ「中国ASEAN自由貿易協定(ACFTA)」が3.0に入ったと打ち出しているのだから、関係が後退したという話ではない。中国との自由貿易協定をさらにアップグレードしようという話なのだ。

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安価な労働力を求め工場を次々に移転してきた世界の企業

そして問題は、先に指摘した「原産地偽装」という表現だ。

中国の原産地偽装というニュースは韓国でも度々報じられるが、基本的にはラベルを張り替えるなど犯罪だ。数量的にも決して大きくない。よって二国間関係に影を落とすような話ではなく、ましてや、この見出しが匂わせるように通常の貿易と混同してよい話でもない。

中国企業がトランプ関税を回避するため東南アジアやメキシコに生産拠点を移転し、それが移転先国の対米輸出を高めたことはよく知られている。

ただ関税などに合わせて生産拠点を移動させることは、むしろ業界の常識だ。

例えば、かつての「北米自由貿易協定(NAFTA)」を「USMCA」に進化させた米国、メキシコ、カナダの3カ国の関係を利用し、日本は自動車産業を筆頭にサプライチェーンを構築してきた。その背景には「安い関税を求める」企業の動機があるが、工場の移転はカナダやメキシコにも利益をもたらした。

そもそも世界のメーカーは、安価な労働力を求めて工場を次々に新興国や発展途上国に移転してきた。

典型例は日本のメーカーが生産拠点を中国に移した動きだ。日本は基幹となる技術をともなう中間財を中国に輸出し、そこで組み立てられた製品を最終消費地へと向かわせてきた。

ここに貿易自由化の波が重なり、労働コストと関税を考慮して最も適した国を選び生産拠点を移してきたのだ。

その結果、かつては貿易摩擦を抱え、アメリカとの関係に苦しんだ日本は、その圧力から脱したのである。

日米貿易摩擦は米中貿易摩擦となり、いま、トランプ政権がベトナムなど東南アジアに警戒の目を向け始めているのも同じ文脈で理解できる。

そもそも「原産地偽装」という言葉は、こうした大きな流れとは区別して使われなければならない。貿易赤字問題でターゲットになるような物品の移動は、単純な工程で生産されるわけではない。

例えば、アップルの生産するiPhoneだ。iPhoneはアメリカの企業が設計し、中国やインドで生産されてアメリカへと向かうが、その途中では半導体を含めて膨大な部品と手が加わっていて、複雑だ。

もし原産地偽装が犯罪を指すのであれば、それは外交問題ではない。警察が粛々と対応すればよいだけの話だ。

(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2025年5月25日号より。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をご登録ください)

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image by: Zulfadhli Bin Zulkifli / Shutterstock.com

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1964年、愛知県生まれ。拓殖大学海外事情研究所教授。ジャーナリスト。北京大学中文系中退。『週刊ポスト』、『週刊文春』記者を経て独立。1994年、第一回21世紀国際ノンフィクション大賞(現在の小学館ノンフィクション大賞)優秀作を「龍の『伝人』たち」で受賞。著書には「中国の地下経済」「中国人民解放軍の内幕」(ともに文春新書)、「中国マネーの正体」(PHPビジネス新書)、「習近平と中国の終焉」(角川SSC新書)、「間違いだらけの対中国戦略」(新人物往来社)、「中国という大難」(新潮文庫)、「中国の論点」(角川Oneテーマ21)、「トランプVS習近平」(角川書店)、「中国がいつまでたっても崩壊しない7つの理由」や「反中亡国論」(ビジネス社)がある。

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【著者】 富坂聰 【月額】 ¥990/月(税込) 初月無料 【発行周期】 毎週 日曜日

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