家族を介護しながら働くビジネスケアラーの中には、介護していることを周囲に明かさず働き続ける「隠れ介護」をする人たちがいます。なぜ会社にも明かせないのでしょうか。介護をしていると明かすことの弊害について今回、メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』で健康社会学者の河合薫さんが語っています。
ビジネスケアラーと隠れ介護
家族を介護しながら働く「ビジネスケアラー」が300万人を超え、生産性の低下などで企業が被る損失は9兆円に達する見通しであることがわかりました。
「隠れ介護 1300万人の激震」──。衝撃的な見出しが『日経ビジネス』の表紙を飾ったのは、2016年9月です。就業者6357万人(総務省統計局の労働力調査)の実に5人に1人が隠れ介護と推測され、その多くが40代~50代の管理職層だったことから、経営者の関心も集まりました。
しかし、介護問題ほど誰もが直面するリアルでありながら、実際に冷たい雨に降られた人しか雨の冷たさがわからない問題はありません。
いつだって親の変化は突然であり、一つの大きな変化をきっかけに、次々と予期せぬ変化が起こり続けます。「老いる」とは、昨日までできていたことが一つ一つできなくなることであり、目を、耳を、疑うような絶望の現場に直面し、出口の見えない孤独な回廊に足がすくむのです。
当たり前だった「親と子」の関係が、「世話をされる人、世話をする人」に変わるのを受け入れるにも時間がかかる。どんどんと心がおいてけぼりになっていきます。それは自分のことだけ考えて生きていた時代が、実は特別なことだったと知る経験であり、それでもなんとかしなければならない現実に会社を辞める選択をする人もいますしm隠れ介護、ビジネスケアラーとして、働き続ける人もいます。
どちらの選択も……厳しい。実に厳しい。なんとか自分では「親には親の人生があり、私には私の人生がある」と割り切ろうとするのに、それができない状況は実際に経験した人にしかわかりません。
親のためにやっていることが、本当に親のためになっているのかさえ確信が持てない。老いた親は「自分」のことで精一杯なので、子をねぎらったり、子に感謝することもなく、不満だけをぶつけます。関係が近ければ近いほど、攻撃されてしまうのです。
子は頭ではその現実を理解できても、心が反応できず、つい、本当につい、親に暴言を吐いたり、手が出てしまったりして自己嫌悪する。事態が深刻になればなるほど、自責の念から他人に打ち明けることができず、一人で抱え込むようになる。ドラマで描かれる「老いる姿」は、所詮きれいごとなのです。
この記事の著者・河合薫さんのメルマガ
介護を理由に離職する人は毎年10万人程度で、約8割が女性です。一方、ビジネスケアラーの男女比は、男性が6割程度と、男性が多いと言われています。ただし、これには隠れ介護者が含まれていない可能性も高いので、実際の数字はもっと多いと考えた方がいいかもしれません。
もちろんまだわずかではありますが、ビジネスケアラー問題に真剣に取り組む企業もあります。以前、取材させていただいた日立製作所もそうでした。同社では45歳以上の社員が半数程度を占めることから、「介護離職はしない・させない」を合言葉に、2018年から「教育」と「支援施策」の乗り出しました。
「40歳以上の全従業員に仕事と介護の両立に関する基礎教育」と「全管理職に仕事と介護の両立マネジメント研修」を実施。「隠れ介護は経営リスク」という企業戦略のもと、金銭的サポートや在宅勤務やスポットリモートワークなどの勤務柔軟化など、かなり充実した社内制度が整備されています。
国は介護制度をとりやすくする制度改正を進めていますが、制度だけを充実させても使われなければ意味がありません。そういった意味からも、同社が行っているような「介護社員教育」をマネジメント層に徹底することは不可欠です。
しかし、残念なのは企業側はこの人手不足に直面してもなお、50歳を過ぎたら「在庫一掃セール」にかける究極のエイジズムを続けているという歴然たる事実です。
「若手に転勤は命じられないので、役職定年者に転勤辞令が降りるようになった。私が転勤を命じた相手は、親を介護する52歳の元上司だった」
「親の介護で休職を申し出たら介護休暇を使えばいい、とアドバイスされたのでホッとしたのも束の間。閑職に異動になった」
これらは実際に私が聞いたケースです。
厚生労働省が介護離職した人に対して行った調査でも、仕事を辞めた理由は「勤務先の両立支援制度の問題や介護休業等を取得しづらい雰囲気等があった」が43.4%で最も多く、「介護保険サービスや障害福祉サービス等が利用できなかった、利用方法がわからなかった等があった」30.2%と続いています。
みなさんのご意見、お聞かせください。
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