内閣不信任決議案と衆参ダブル選挙をめぐる与野党の「出来レース」について、元全国紙社会部記者の新 恭氏が詳しく解説する。「39年ぶりの同日選挙」を囃し立てていた大手マスコミは、ここにきて「立憲・野田代表は不信任案を提出せず、石破首相は解散見送り」に報道内容を修正しているが、こうなることは最初から分かっていた。国民としてはこんなプロレスよりも、裏で着々と進行する自民・公明・立憲「消費税増税大連立」を警戒したほうがよさそうだ。(メルマガ『国家権力&メディア一刀両断』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:内閣不信任提出も衆参ダブル選もないと考えられる理由
誰も本気でやる気なし「衆参ダブル選挙」をめぐる出来レース
“進次郎・コメ政局”にあおられたのか、急に解散風が吹き始めた。メディアは39年ぶりの衆参ダブル選挙か、と騒ぎ立てる。だが、ちょっと待てよと言いたい。
きっかけは、おそらく朝日新聞のこの記事(6月2日)あたりだろう。
石破茂首相は2日、立憲民主党から内閣不信任決議案が提出された場合、採決を待たずに衆院を解散する方向で検討に入った。
官邸、あるいは自民党幹部からリークされたに違いない。「採決を待たずに」というのがミソだ。「出したら即、解散」と衆参ダブルへの意気込みをちらつかせ、党勢が上向かずに苦労している立憲に「(内閣不信任決議案)やれるものならやってみろ」と喧嘩を売ったかたちである。
むろん、小泉進次郎農水大臣の改革姿勢に国民の期待感が高まっていることが強気の背景だ。
岸田前首相も8日朝、フジテレビの番組で、内閣不信任決議案が提出された場合、「石破首相の判断を尊重する」と語り、解散容認の姿勢を示した。他の党幹部からも同じような見解が飛び出してきた。
これほど気軽に「解散」が云々されるところをみると、どうやら真剣味のある話ではなく、単なる脅しのようだ。石破首相が本気で「解散」を考えているとはとても思えない。“進次郎効果”で内閣支持率が多少上向きになっているとはいえ、選挙の投票日までそれが続くかどうか。コメ価格下落への期待が大きい分、下がらなかった時の落胆も大きい。
それに、内閣不信任決議案が提出されなければ、「解散」の大義名分はないが、肝心の野党第一党、立憲民主・野田代表の覚悟が定まらない。
「急に提出したらみんな驚くのではないか。物事を実現するためには事前にどの党とも話をするというのはあるだろう」「かねてより言ってきているとおり、適時・適切に対応し、総合判断をしていきたい」(6月6日記者会見)
不信任決議案を提出するかどうかについて、事前にほかの野党と話をしたいという。過去の国会で、否決されるとわかっていても、必ずと言っていいほど不信任決議案を出してきた立憲が、可決の可能性がある今回に限っては慎重になっているのだ。これは、その気なしとみるのが妥当なのではないか。(次ページに続く)
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衆院解散は禁止技。立憲・野田代表が唯一守りたい「協力関係」
野田代表には自信がないのであろう。不信任案を提出し、ダブル選挙に突入したら、昨年の衆院選でせっかく増やした議席を激減させる恐れがある。かりに石破政権が総辞職して首相指名選挙になるとしても、日本維新の会や国民民主党が「野田佳彦」の名を書いて票を投じてくれる可能性は低い。
それだけ、今の立憲執行部には野党をまとめる力が不足しているということだ。
国民民主の玉木代表や、維新の前原共同代表が内閣不信任決議案を出すようけしかけるのも、野田氏が提出に後ろ向きであることを見透かしているがゆえである。彼らもまた、ダブル選挙などやりたくないのだ。
野田代表が不信任案提出をためらう理由はほかにもある。「年金改革法案」の修正合意という自公との協力関係が成立したことだ。むしろこれが最大の要因といえるかもしれない。
野田氏は民主党政権で財務副大臣、財務大臣を歴任した。その生真面目さが災いしたのか、同省の「財政再建」論理にたやすく染まってしまった。首相時代には「社会保障と税の一体改革」を掲げ、社会保障の財源に充てるという名目で消費税増税に道筋をつけたが、それが原因で民主党は内部対立のすえ、分裂・凋落の道をたどった。
野田氏が年金改革法案に強いこだわりを見せてきたのは、自らにとっては最大のレガシーである「社会保障と税の一体改革」が、2012年12月の衆院選で惨敗し、政権を失う結果につながったことへの“リベンジ”を果したいからだでもあろう。
消費増税が「一体改革」の全てのように思われてきたのは、「基礎年金の底上げ」など「本丸部分」に手がつけられなかったからだ。年金改革にそれを盛り込むことは、「一体改革」を正当化するために、どうしても必要だった。
ところが、政府から提出された法案からは、与党案に当初盛り込まれていた「基礎年金の底上げ」策が削除されていた。財源を厚生年金の積立金から流用するという当初案は、将来的に受給額が減額されるのではないかとサラリーマン層の不評を買い、参院選に悪影響を及ぼしそうだったからだ。
野田氏は「あんこがないアンパンのような法案」と強く反発。「あんを入れ直せば賛成する」と、「基礎年金底上げ」の復活を要求した。少数与党として立憲を取り込みたい自公にとっては“渡りに船”だったのか、あっさり元の法案内容に戻して修正案を作成し、自公立の合意が実現。衆議院本会議で可決された。(次ページに続く)
自公立「大連立」で浮上する、悪夢の消費税増税シナリオ
こうした、いわば“出来レース”のような経緯を見ると、親交のある石破首相と野田代表、国対族として信頼関係を築いた森山幹事長、安住衆院予算委員長といった人間関係のなせるわざという趣がある。
さらには、今後の展開として、自公と立憲が大連立を組む可能性が囁かれるのも無理からぬことという気さえしてくる。
もし、そうなった場合、懸念されるのは消費税増税である。「税と社会保障の一体改革」のさいと同様、基礎年金底上げの財源として消費税を充てる可能性がきわめて濃厚だ。
「増税大連立」ということになれば、国民にとっては最悪である。立憲の将来のためにも、そうならないよう願いたい。自公と野党第一党が組むという大政翼賛的な体制が民主主義を危うくするのはもちろんだが、野党の存在価値を低下させ、衰退につながる可能性が高い。
昔、自公と民主党が「大連立」を画策したことがある。2007年の参院選で自公が参院の過半数を失い、衆参ねじれ国会が発生、政権運営が難しくなったのがその背景だ。福田康夫首相と民主党・小沢一郎代表が2度にわたって党首会談を実施。自公・民主による大連立政権構想が話し合われた。
小沢代表は党の役員会に連立構想を持ち帰ったが、多数の幹部が反対したため、やむなく福田首相に断りの電話を入れた。その時、反対の急先鋒だったのが広報委員長・野田佳彦氏である。
その野田氏がよもや、自公との大連立に本気だとは思えないが、増税路線まっしぐらの財務省が水面下で動いている気配もあり、不気味であるには違いない。(次ページに続く)
日米関税交渉という「国難」を人質にする石破・野田両氏
ところで、石破首相が日米関税交渉の協力を求めるため与野党党首会談を開きたいと呼びかけている。朝日新聞の記事はこう解説する。
〈「国難」における与野党協力を確認し、内閣不信任決議案の提出を踏みとどまらせたい考えだ。〉〈内閣不信任案が提出された場合、少数である与党側は自力で否決する手段がない〉
日米関税交渉への協力要請というより、不信任決議案の阻止が主眼。つまり、決議案を出さない大義名分を日米関税交渉という「国難」に求めるよう、わざわざ公式の場を設けて、そそのかすための会合なのではないか。
立憲の野田代表はさっそく「国難だから協力してほしいというわけだから、党首会談をやるべきだ」と応じている。「国難」のおりに内閣不信任案を出すのはどうか……とかねてから予防線を張っていただけに、石破首相の“助け舟”に乗りたい気持ちは山々なのだ。
結局、ぎりぎりまで衆参ダブル選挙ありやなしやの空騒ぎだけが続き、通常国会は異変なく閉幕することになるのだろう。
“進次郎劇場”に頼る大手メディアのネタ不足は埋まっても、それ以上の意味はない。情報に踊らされ、さっぱり真相がつかめないまま、いたずらに時は過ぎてゆく。
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