世界で唯一の被爆国である日本において、未だタブー視されている感のある核武装論。しかし先の参院選で参政党の候補者が口にした「核武装は安上がり」なる発言に賛同する声が上がっているのも現状です。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では作家で米国在住の冷泉彰彦さんが、「被爆者や反核団体の方々の怒りは理解できる」と前置きしつつ、核武装を巡る論点を4つ上げ各々について掘り下げた考察を展開。その上で、「コスパが良い」とする言説に否定的な姿勢を示しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:被爆80年、核武装論の論点をまとめる
検討すればするほど分かる高いハードル。被爆80年の今まとめる「核武装論」の論点
戦後80年の今年は、自動的に広島と長崎の被爆80周年になります。非常に大きな節目であり、被爆国である日本としては、核兵器に関する政策を議論して発信する必要があると思います。ロシアによる核威嚇が続いている中、改めて核兵器の禁止と不拡散についてメッセージを出すべきタイミングだからです。
その一方で、被爆国である日本の中に、近年は核武装論が増えて来ました。今回は、この核武装論に関する論点を整理してみたいと思います。
問題は、議論の是非です。被爆国である日本が核武装するというのは、被爆者や反核団体の方々からすれば「絶対に許せない」というのは自然なことだと思います。その一方で、ロシア=ウクライナ情勢を見ながら「日本は核武装しないと危険だ」的な意見が増えているのは、これもまた否定できない事実だと思います。
そう考えると、いくら被爆者や反核団体の怒りが理解できるにしても、核武装論に関する「議論」はしておかねばなりません。この被爆80周年にあたり、議論の自由ぐらいは解禁しても良いのではと思います。
改めて申し上げますが、被爆者や反核団体の怒りは理解できます。ですが、議論の封印を解く時期は来ていると思います。その場合の論点は次のようなものになると思います。
1つ目は、NPT(核拡散防止条約)体制についてです。NPTは、国連加盟国のほとんどが批准しており、国際法として機能しています。仮に日本が核武装を宣言した場合には、このNPT体制が重大な脅威にさらされます。日本の核武装については、2015年に現在のトランプ大統領が「駐留費を払わないなら、日本と韓国から米軍は撤退。その場合は両国に核武装を認める」という発言をしています。
この発言だけを聞いていると、まるで実現可能なように聞こえますし、アメリカは日本に核兵器を売りつけるつもり、そんな印象もあります。ですが、実際は違うのです。
NPTの成立に奔走したのは佐藤栄作総理で、日本は国策としてNPTを推進してきました。その日本が核武装を宣言した場合には、このNPTは崩壊します。その場合に、世界における核拡散をどう抑止するのか、その構想をしっかり組み立てなくては、世界における核拡散が加速して地球社会全体が非常に危険になってしまいます。
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「核武装の完了前」に国連無視の攻撃を受ける可能性も
2つ目は、核実験の問題です。まず国際法としては、包括的核実験禁止条約(CTBT)というのが発効しており、日本も批准しています。ですが、仮に核武装する場合にはどうしても核実験をしなくてはなりません。
そこで、日本がCTBTから脱退するとなると、これはCTBT体制の崩壊を意味します。そこをどうクリアして、核実験を実現しつつ国を存続させるのかは、全くもって簡単ではありません。
仮に国際法の問題がクリアできたとして、どこで核実験を行うのか、これも大きな問題になります。実験に成功したタイプの既存核弾頭をアメリカなどから買うということも考えられます。ですが、そうなると核保有のリスクだけを日本が負担して、経済的には弾頭を売りつける側は大金を得つつ、使用の判断は向こうが持ったまま、などということになってしまいます。
仮に自前の弾頭で実験するとなると、さすがに大気中では世界が反対すると思いますから、離島でやるのか、大深度でやるのか、一体どこでやるのか、考えただけでハードルの高い話です。
3つ目は、攻撃を受ける危険性です。国際法違反ですから、全く良いことではありませんが、今回のイスラエルとアメリカによる「イラン核施設爆撃」は一種の前例になっています。つまり、核拡散により直接脅威を受ける国は、国連を無視して核拡散を進める国の核施設を破壊して良いというのが既成事実になってしまいました。
例えばの話ですが、アメリカが「核の傘の提供はもう嫌だ」ということになり、日本が独自に核武装するとなった場合はどうでしょうか。日本としては「同じ抑止力を維持するが、弾頭はアメリカのものではなく日本が用意する」ので何も変わらないという態度になると思います。
ですが、相手はそうは思わないでしょう。他でもない日本が核攻撃のできる体制を作ったということになります。そうなると、その国の世論が大きな圧力を加えてしまい、その国の政府としてはイスラエルやアメリカのように、日本の核施設を「核武装が完了する前」に、国連を無視して攻撃するという可能性が出てきます。
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核武装を宣言した瞬間に立ち行かなくなる核の平和利用
4つ目は核の平和利用です。日本は多くの原発を持っており、その使用済み核燃料を、核サイクル、つまりエネルギーの再利用をするためにプルトニウムに加工しています。フランスで頼んで加工してもらったプルトニウムがあり、更には青森県の六ケ所村にある再処理施設で本格的な加工を計画しています。
核サイクルの本命は高速増殖炉ですが、怖がる世論を説得するのが面倒になった文科省はもうやる気がありません。ですから、加工したプルトニウムはMOX燃料といってウランと混ぜて原発で使っています。いずれにしても、日本にはプルトニウムはウジャウジャあります。
その日本が核武装するとなると、たくさん持っているプルトニウムは、国際社会から「平和利用目的ではない」という断定を受けることになります。いやいやフランスもやっているではないかという反論も可能ですが、国際社会は認めないでしょう。
最低でも、六ケ所村施設の閉鎖とプルトニウムの国際管理という制裁を受けるでしょうし、危機感を持った自国の世論を関係国が抑えられない場合は攻撃を受ける可能性もあります。
つまり、核武装を宣言した瞬間に、平和利用が立ち行かなくなる危険があるということです。反対に、G7と周辺国、いや国際社会が合意しない限り、核武装と平和利用を両立させた核政策を進めることはできません。
他にも経済制裁によるダメージの評価など、多くの論点があります。核武装論を禁ずるというのは、そろそろ緩めても良いのかもしれませんが、どの論点も非常にハードルが高いのは間違いありません。ですから、コスパが良いなどということはないと思います。
※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2025年8月5日号の抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。メイン・コンテンツ「USAレポート」(第1066回)の「ロジックを語れる世代は日本の希望になるか?」や人気連載「フラッシュバック80」もすぐに読めます。
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- 【Vol.598】冷泉彰彦のプリンストン通信 『ロジックを語る世代の希望』(8/5)
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