原爆投下から80年を迎えた今年、初めて10万人を割った被爆者の方々。彼ら彼女らの平均年齢も86歳を超えた今、被爆体験の風化が大きな懸念となっています。そんな中にあって人気ブロガーのきっこさんは今回の『きっこのメルマガ』で、原爆投下を自分ごととして感じられるようになったという、長崎の原爆で妻子4人を亡くした俳人の句抄を紹介。その上で我々日本人は「8月6日と9日という日を絶対に忘れてはならない」と記すとともに、石破首相に対しては核兵器廃絶に向けた「力強い戦後80年談話」を世界に向けて発信すべきとしています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:原爆の日
絶対に忘れてはならない記憶。原爆の日に読むべき被爆俳人の句
80年前の今日、昭和20(1945)年8月6日、広島に原爆が投下されました。そして、3日後の8月9日、長崎に原爆が投下されました。それから80年、世界では幾度も戦争が繰り返され、現在も愚かな指導者による理不尽な戦争が続いていますが、戦争に原爆が使われたのは、未だに広島と長崎の例だけに留まっています。つまり、原爆はそれほどまでに残酷で非人道的な兵器であるということが、広島と長崎で証明されたということなのです。
そこで今回は、特別企画として、原爆にまつわる俳句を紹介したいと思いますが、まずは次の句を読んでみてください。
八月や六日九日十五日 詠み人しらず
「はちがつや/むいかここのかじゅうごにち」と読むこの句の意味については、日本人であれば説明の必要はないと思います。「六日九日十五日」という日付の羅列がちょうど五七五の「七五」になっているため、上五に「八月や」や「八月は」を置いた句が、複数の俳人によって詠まれて来ました。
俳句はわずか十七音の世界最短詩形である上、その句が詠まれた時期を示すための季語が必要なので、どこかの誰かが詠んだ句と類似した句や、場合によっては一字一句同じ句が生まれてしまうことが多々あります。このような作品を「類想類句」と呼び、基本的には一番最初に発表した人の作ということになります。
しかし、この句の場合は「一番最初に発表したのが誰か」ということを調べて作者を特定するよりも、複数の人が同じ思いでこの句を詠んだという事実に重きを置き、この句を日本人の共通認識として「詠み人しらず」の形で残そうということになりました。大切なのは、誰の作なのかを特定することではなく、戦争という悲劇を二度と繰り返さないために、この句に詠まれた三つの日付を決して忘れないことだという判断です。
あたしは敗戦から27年後の昭和47(1972)年、東京の渋谷に生まれたので、戦争も原爆も遠い存在でした。小学校の社会科で、あたしは自分が生まれる前に戦争があったこと、広島と長崎に原爆が投下されて多くの市民が殺されたこと、今も多くの被爆者が苦しんでいることなど、最低限のことは教わりました。でも、東京で生まれ育った小学生のあたしにとって、遠く離れた広島や長崎での原爆投下は実感がともなわず、よその国の話のように感じられました。
それよりあたしの場合は、おばあちゃんから何度も聞かされた「東京大空襲」の話のほうが衝撃でした。特に激しかった空襲が、昭和20年3月10日と5月25日だったと聞かされました。当時、二十代半ばだったおばあちゃんは、結婚したばかりでお腹には初めての赤ちゃんがいました。でも、おばあちゃんの夫、あたしにとってのおじいちゃんは、赤紙一枚で徴兵されて南方の島へ派兵されていたのです。
この記事の著者・きっこさんのメルマガ
原爆という人類史上最悪の兵器の残酷さを伝えるための器
おばあちゃんは東京の下町の家を一人で守っていましたが、3月10日の大空襲で近隣の家が焼かれ、おばあちゃんの家も延焼してしまいました。おばあちゃんは臨月のお腹を抱えて防空壕に飛び込み、夜が明けてから数キロ離れた親戚の家に助けを求めました。そして翌4月、おばあちゃんはその親戚の家で、初めての女の子、あたしの母さんを産んだのです。
そして、運命の5月25日が訪れました。東京の夜空を埋め尽くすかのようなB29の大編隊は、焼夷弾の絨毯爆撃で、数十万人もの市民が暮らす住宅街を焼き払って行きました。焼夷弾の直撃を受けて燃え上がる親戚の家から飛び出したおばあちゃんは、生まれたばかりの母さんを抱いて逃げまどいます。防空壕には入れてもらえず追い払われ、燃え上がる町をさまよったおばあちゃんは、多くの人々が向かう隅田川方面とは別の方向へ逃げたことが幸いして、奇跡的に生き残りました。
数日かけて千葉の遠い親戚の家に辿り着いたおばあちゃんは、その家で終戦を知ります。その後は、その家の家業の手伝いと和裁の内職をしながら、必死で母さんを育てつつ、おじいちゃんの帰りを待ち続けました。しかし、終戦から一年以上が経っておばあちゃんのもとに届いたのは、おじいちゃんの死亡報告書と、遺骨の代わりに小石が入った箱でした。
戦後の混乱期を生き抜いたおばあちゃんは、和裁の腕を生かして復興した呉服屋に住み込みで雇ってもらい、母さんを育てました。おばあちゃんは母さんが片親だということで引け目を感じないように、手をつけずに貯めていた戦死者遺族年金で、母さんを大学へ進学させました。絵を描くのが大好きだった母さんは、志望した美術大学へ進学することができ、そこで知り合った父さんと結婚したのです。そして、あたしが生まれました。
ここでは便宜上「おばあちゃん」と書いて来ましたが、実際には戦争で夫を奪われた二十代半ばの女性が、戦禍で産んだ我が子を女手ひとつで育て上げた半生なのです。未だに正確な犠牲者数の分からない東京大空襲ですが、犠牲者数を「7~10万人」と見積もっている資料もありますし「約15万人」としている資料もあります。こうしたデータを見ると、おばあちゃんが生き残ったことも、母さんが生き残ったことも、どちらも奇跡のようなものなのです。
そして、その奇跡から、あたしが生まれたのです。もしも東京大空襲で母さんが犠牲になっていたら、あたしはこの世に存在していませんでした。ここまで考えた時、あたしは初めて、自分が生まれる前の戦争と、今ここにいる自分とが結びついたのです。これがあたしのルーツなので、あたしにとっての戦争のイメージは、広島と長崎の原爆投下でなく、東京大空襲となったのです。
しかし、そんなあたしでも、今では原爆投下を自分ごととして感じられるようになりました。それは、長崎の原爆を体験した「松尾あつゆき」という俳人の句を読んだからです。俳句といっても、あたしが実践している有季定型の一般的な俳句ではなく、種田山頭火や尾崎放哉に代表される音数や季語にこだわらない「自由律俳句」ですが、自由律だからこそ原爆という人類史上最悪の兵器の残酷さを伝えるための器となりえたのだと思いました。
この記事の著者・きっこさんのメルマガ
瀕死の我が子の口に木の枝をくわえさせた母
松尾あつゆきは明治37(1904)年、長崎県北松浦郡に生まれました。地元の高校を卒業後、商業学校の教員となり、その数年後、自由律俳句の大家、荻原井泉水(せいせんすい)に師事して、自由律俳句にのめり込みます。種田山頭火や尾崎放哉は先輩で、山頭火が長崎を訪れた際には、あつゆきが長崎を案内しています。その後、あつゆきは結婚し、四人の子をもうけて幸せに暮らしていたのですが、戦争が始まったため、国策として教員を辞めて長崎の食料営団に勤務させられます。そして、昭和20年8月9日を迎えました。
「原爆句抄」松尾あつゆき
八月九日 長崎の原子爆弾の日。
我家に帰り着きたるは深更なり。「月の下ひっそり倒れかさなっている下か」
十日 路傍に妻とニ児を発見す。
重傷の妻より子の最後をきく(四歳と一歳)。「わらうことをおぼえちぶさにいまわもほほえみ」
「すべなし地に置けば子にむらがる蝿」
「臨終木の枝を口にうまかとばいさとうきびばい」
長男ついに壕中に死す(中学一年)。
「炎天、子のいまわの水をさがしにゆく」
「母のそばまではうでてわろうてこときれて」
「この世の一夜を母のそばに月がさしてる顔」
「外には二つ、壕の中にも月さしてくるなきがら」
十一日 みずから木を組みて子を焼く。
「とんぼうとまらせて三つのなきがらがきょうだい」
「ほのお、兄をなかによりそうて火になる」
十二日 早暁骨を拾う。
「あさぎり、兄弟よりそうた形の骨で」
「あわれ七ヶ月の命の花びらのような骨かな」
十三日 妻死す(三十六歳)。
「ふところにしてトマト一つはヒロちゃんへこときれる」
十五日 妻を焼く、終戦の詔(みことのり)下る。
「なにもかもなくした手に四枚の爆死証明」
「夏草身をおこしては妻をやく火を継ぐ」
「降伏のみことのり、妻をやく火いまぞ熾りつ」
…これが全文ですが、自由律俳句は短文と区別がつかない場合があるため、俳句作品にはカギカッコをつけました。あたしは20年ほど前にこの作品と出会ったのですが、初めて読んだ時、涙が止まらなくなってしまいました。そして、それ以来、毎年8月9日の黙祷の前に読み直すのですが、やはり涙が止まらなくなってしまうのです。
お母さんは自分も全身が焼けただれて瀕死の状態なのに、死にかけている我が子の口に木の枝をくわえさせて「うまかとばい」「さとうきびばい」だなんて、あたしは、この悲しみと苦しみの中でのお母さんの思いが、胸に痛すぎて耐えられません。そして、先に逝った4歳と1歳の子のあとに、中学1年の長男がお堀の中から這い出して来て、倒れているお母さんのところまで必死に這って来て、ニコッと笑ったまま、こときれたのです。
その翌日、松尾あつゆきは、拾い集めて来た木を組んで、瓦礫の中で三人の我が子を焼きました。「とんぼう」というのは「トンボ」のことですが、三人の我が子の亡骸(なきがら)に、焼く前にトンボがとまったことが、せめてもの慰めだったのです。だって、それまでは、蝿ばかりがたかっていたのですから…。
昨日まで元気だった我が子たちが、次の日には焼けただれて死に、その亡骸に蝿がたかっているなんて、親として耐えられるわけがありません。だからこそ、その亡骸に一匹のトンボがとまってくれたことが、助けてやれなかった自分自身の気持ちに対する慰めでもあったのでしょう。そして、次の日の朝早く、子どもたちの骨を拾ったのです。たった7カ月で死んで行った我が子の、小さな小さな骨を「命の花びらのような」だなんて、これほどの悲しみがあるでしょうか。
この記事の著者・きっこさんのメルマガ
戦争という惨劇の頂点にある広島と長崎への原爆投下
これだけでも、あたしだったら発狂しそうなほどの苦しみの極限なのに、次の日には奥さんが亡くなったのです。そして、その奥さんを焼いた日に、戦争が終わったのです…。
「なにもかもなくした手に四枚の爆死証明」
…なんという悲しみでしょうか。なんという苦しみでしょうか。でも、これが戦争なのです。これが、未だに世界のあちこちで繰り返されている戦争なのです。そして、これは松尾あつゆきという一人の俳人の体験ですが、これと同じ思いをした人が、何万人も何十万人もいたのです。たった一発の原爆のせいで…。
あたしのルーツは東京大空襲ですが、大空襲は東京だけでなく全国各地で行なわれ、それぞれの地域で多くの市民が犠牲になりました。ですから、あたしと同じように「戦争と言えば大阪大空襲だ」「戦争と言えば名古屋大空襲だ」という人も数多くいると思います。そして、決して忘れてはならない沖縄の地上戦もありますので、戦争に対するあたしたちの思いは人それぞれということになります。
しかし、この戦争という惨劇の頂点にあるのが、広島と長崎の原爆投下なのです。全国各地の大空襲も、沖縄の地上戦も、すべて原爆投下に含まれているのです。赤紙一枚で戦地へ駆り出され、銃弾や食料などの支援が受けられずに餓死してしまったあたしのおじいちゃんのような犠牲者たちも、特攻隊として海に消えて行った少年たちも、すべてが原爆投下に集約されているのです。
だからこそ、あたしたち世界唯一の戦争被爆国の国民は、絶対に8月6日と8月9日という日を絶対に忘れてはいけませんし、日本は一日でも早く「核兵器禁止条約」を批准するための第一歩として、まずは会議へのオブザーバー参加をすべきなのです。
また、日本の現在のリーダーである石破茂首相は、この国が二度と戦争の当事国とならないためにも、地球上の核兵器をゼロにするためにも、力強い「戦後80年談話」を世界に向けて発信すべきなのです。
そして、限りなく植民地に近い不平等な「日米地位協定」を是正すれば、日本の長かった戦後もようやく終わるのです。
(『きっこのメルマガ』2025年8月6日号より一部抜粋・文中敬称略)
★『きっこのメルマガ』を2025年8月中にお試し購読スタートすると、8月分の全コンテンツを無料(0円)でお読みいただけます。
¥550/月(税込)初月無料 毎月第1~第4水曜日配信
きっこさんの最近の記事
- デマも差別も何でもアリ。参政党の神谷代表が証明した「なりふり構わぬトランプ方式」が選挙に強いという残念な事実
- 石破首相がオウンゴール連発。裏金議員を“全員公認”で支持者からも見限られた自民党が参院選で目撃する「歴史的大惨敗」という地獄絵図
- 石破自民「貧乏人には2万円ほど配っとけ」の本音。何千万円もの裏金を脱税し企業献金を死守する与党が参院選で大惨敗する日
- 石破「消費税の減税はカネ持ちほど有利」の大ウソ。それ以上にズレてる自民・森山幹事長「何としても消費税を守り抜く!」の意味不明
- 核施設への空爆は「トランプの手柄」を演出する自作自演の猿芝居。イランの報復攻撃を免れぬ米国「独断専行」の重い代償
【関連】被爆80年という節目だからこそ「核武装」をめぐる議論で整理すべき4つの論点。「核保有」と「平和利用」の両立は本当に可能なのか?
【関連】阿川佐和子、中江有里らの朗読と音楽、映画で紡ぐ原爆の悲劇。長崎の被曝80周年平和祈念イベント、東京・日比谷で開催
【関連】“核好き”自民政権の大罪。米国が今も「原爆投下を肯定」し続ける理由
初月無料購読ですぐ読める! 8月配信済みバックナンバー
- 第321号 原爆の日/Z世代の女性アナ/日傘/わが家のワイキキビーチ(8/6)
<こちらも必読! 月単位で購入できるバックナンバー>
※初月無料の定期購読のほか、1ヶ月単位でバックナンバーをご購入いただけます(1ヶ月分:税込550円)。
- 【号外】 きっこ 真夏の百句(7/30)
- 第320号 自公と立民が敗北した参院選/ねこタクシー/続々・時鳥/煮干しの運命(7/23)
- 第319号 オウンゴール連発の自民党/虹の日/続・時鳥/脳内シアターのススメ(7/16)
- 第318号 自民党が裁かれる日/愛猫物語/時鳥/愛するほんまかいなちゃん♪(7/9)
- 第317号 「消費税は社会保障の財源」は大嘘/ペルセウスの大冒険/泥鰌鍋/一年の中心で何か叫ぶ(7/2)
- 第316号 独断専行の産物/さみだるる五月雨/かき氷/九文字の掟(6/25)
- 第315号 裸の王様と焦げたアンパンマン/ザリガニのシンクロ率/梅雨晴間/サバの身を崩す女(6/18)
- 第314号 骨太の方針という茶番劇/シャケにのった少年/続・香水/二重のショック(6/11)
- 第313号 AIゆりこの逆襲!/双六ブルース/香水/楽しい象形文字(6/4)
- 第312号 古古古米が2000円?/きっこの脳内システム/新茶/子どもの視点(5/28)
- 第311号 コメを買わない農水相/収納力と煙草/卯波/噂のニッポノプテルス(5/21)
- 第310号 殺処分と安楽死の間で/母さんの浴衣/穴子/洗濯機のない選択(5/14)
- 第309号 自民党の水増し政策/尾ひれのついた聖地巡礼/余花/ごましお慕情(5/7)
image by: Iryna Makukha / Shutterstock.com