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「高市の不用意」と「習近平の心理戦」に振り回されるな。日本国民に求められる“感情を抑え国益を冷静に守る”という姿勢

高市首相の台湾情勢をめぐる発言をきっかけに、対日姿勢を硬化させた中国。事態はトランプ大統領までをも巻き込む状況となっていますが、日本政府及び国民はどのような姿勢を取るべきなのでしょうか。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では元全国紙社会部記者の新 恭さんが、国内外に「高市発言」を喧伝する中国政府の狙いを分析。その上で、高市氏が安易に「台湾有事は存立危機」発言を撤回すべきではない理由を解説しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:高市「台湾有事」発言、不用意だが撤回には及ばす

中国に与えかねない誤った認識。高市「台湾有事」発言、不用意だが撤回には及ばす

「戦艦を使って、武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうる」。

台湾に一旦緩急あれば参戦も辞さず、とまではいかないが、かなり踏み込んだニュアンスを帯びていた高市発言。これはなにも、立憲民主党の岡田克也氏が失言を狙って質問したから飛び出したわけではない。

21年12月13日の衆院予算委員会。当時、自民党政調会長だった高市氏の質問は、その月の1日に安倍晋三元首相が台湾における講演で語った内容に関するものだった。

「安倍晋三元総理が、台湾有事、それは日本有事です、すなわち日米同盟の有事でもありますと発言をされました。この発言に対して、中国外務省の報道官が、でたらめな発言だと反発しただけではなくて、中国の外務次官補が日本大使を呼んで、中国の内政に対する粗暴な干渉であり、主権に対する露骨な挑発だと抗議したと伝えられています。台湾有事は日本有事という安倍元総理の御見解について、安全保障の観点から正しい認識だとお考えになりますか」

質問を受けた当時の岸信夫防衛大臣が「政府としてコメントすることは差し控える」としたのは、当然のことだった。「一つの中国」を主張する中国共産党にとって、台湾問題は「核心的利益の核心」であるからだ。

むろん、高市氏としてはその回答を予測したうえで、「台湾有事は日本有事」という安倍発言への賛意と、中国の反発は不当という考えをあえて表明したわけだ。

これにより、今年11月7日の衆院予算委員会における高市首相の「台湾有事」発言は、岡田氏の誘導によってたまたま飛び出したものではなく、日本の首相かくあるべしと確信を持って発せられたことがわかる。安倍元首相の発言後と同じく中国側が強く反発するのを承知のうえだったと解釈するのが妥当だろう。

気の毒なのは、中国側の“怒り”の相手役をつとめさせられた外務官僚だ。11月18日に行われた金井正彰アジア大洋州局長と中国外務省の劉勁松アジア局長の協議。つい今しがたまで普通に喋っていた劉勁松氏は部屋から報道陣の待つ玄関ロビーに出る寸前、両手をポケットに突っ込み、傲慢な態度で金井氏に接する姿を演じて見せた。

この2人、ことし6月5日に名古屋市で会って以来、日中間の諸問題について話し合ってきた。石破政権のもとで、両国の関係改善は少しずつ進んだかに見えていた。高市政権発足後、高市・習近平の首脳会談を実現させたのも、金井氏と劉氏のタッグによるものだった。それだけに、高市発言後の事態急変で、お互い気づまりな心境だっただろう。

中国国営テレビがSNSなどで公開した動画では、首を傾けて通訳の声を聞く金井氏が、あたかも平身低頭して劉氏に謝っているように見える。中国メディアのSNSは“快哉”の声であふれかえった。「本年度のベストショットだ」「先生が不合格の学生を叱っているようだ」…。

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習近平政権が理解できていない日本の安全保障政策と世論

むろんこの反応は、「反日教育」を受けてきた中国国民の複雑な心理の裏返しでもあろう。

中国は1840年のアヘン戦争以降、欧米列強と日本による侵略・分割・干渉を受ける苦難の歴史をたどった。それは、中国共産党が「百年国恥」と呼ぶ、いわば国家の“トラウマ”だ。

日中国交正常化が実現した1972年、中国はまだ貧しく、文化大革命の混乱が続いていた。日本政府は、戦前・戦中の反省をもとに、「中国の近代化を支援することがアジアの安定につながる」として、巨額の経済協力を開始する。

1978年から鄧小平が開始した改革開放によって、「巨大な中国市場」に期待する日本企業の大規模進出が始まる。それから半世紀が過ぎ、中国は驚異的な成長を遂げ、世界第2位の経済大国にのしあがった。

ところが、中国は日本の経済援助に感謝するどころか、1990年代以降、「反日教育」を徹底し、歴史問題・領土問題で対日圧力を強めている。「日本は残虐な侵略国家である」「日本は信用できない」。反日教育と経済成長期の対日観が複雑に混ざり合い、アンビバレントな感情を抱く人々もいるだろう。

一方、日本国内には、支援した相手に脅かされる理不尽な構図への失望と反発が広がった。中国批判を軸とするネット論壇が活発化し、親中派を「売国奴」と一部のネット民が罵る現象も起きた。こうした時代を背景に登場したのが安倍元首相であり、その路線を最も忠実に受け継ぐ政治家が高市首相だ。

中国の狙いは明確だ。高市首相の発言を「極右の暴走」として国内外に喧伝し、「台湾有事は日本有事」という認識を封じ込める。野党の反応、メディアの批判を“増幅”し、「台湾問題に関わると政治的リスクが大きい」という空気をつくり出す。つまり、中国が好む「認知領域」の戦いである。

しかし、中国からの圧力が強まれば強まるほど、日本社会には安全保障への危機感が浸透し、「台湾有事は日本有事」という認識が従来以上に共有されていく可能性が高い。

政府主導の歴史教育やナショナル・ナラティブが浸透した中国の感情構造を日本人がつかみきれないのと同じく、習近平指導部もまた、日本の安全保障政策と世論についての理解が十分とはいえない。大災害時の対応で示されたように、日本人は、いざ本物の危機を前にすれば、意外なほど迅速に人心がまとまり、政治も一気に方向を定める傾向がある。

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怒りの感情を抑え冷静になることこそが肝心な日本国民

しかし、どんなことがあっても戦争は絶対に起こさないのが、平和国家・ニッポンの原理原則だ。その意味で、高市首相の発言はいささか不用意だったといえるが、それでも中国の要求に応じて撤回するべきではない。むしろ安易な撤回は、「日本の政治に介入すれば首相発言を変えられる」という誤ったシグナルを送ってしまう危険があるからだ。

「トランプ大統領から、私とは極めて親しい友人であり、いつでも電話をしてきてほしいというお話がございました」。

高市首相は11月25日、トランプ大統領の呼びかけに応じて電話会談を行い、記者団にそう語った。

習近平氏もまたその前日夜、トランプ氏に電話している。ニューヨーク・タイムズは「トランプを中国の側に近づけ、米国に日本を抑えてもらおうとする狙いがあったのは明らかだ」と論評した。

予測不能なトランプ氏をめぐって、日中双方が同時に働きかける奇妙な構図だ。どちらも気休めなのか、何らかの効果が期待できるのか、さっぱりわからない。

高市氏が首相の座にいるかぎり、日中関係は火種が絶えないだろう。だが、今のところ内閣支持率は高く、積極財政をめざす新政権への期待感は衰える気配がない。それなら、日本国民は怒りの感情を抑え、冷静になることが肝心だ。

日本が怒りに任せて反応すれば、それもまた中国の計算のうちだ。求められるのは、挑発に乗らず、原則は曲げず、国益を冷静に守る姿勢である。高市首相の不用意さ、中国の心理戦、そのどちらにも振り回されずに。

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image by: 首相官邸

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