Kバレエ・オプトによる舞台『踊る。遠野物語』は、民俗学の古典として知られる『遠野物語』を起点に、日本が経験してきた二つの大きな悲劇――太平洋戦争と東日本大震災――を重ね合わせ、生と死の「あいだ」に立ち現れる感情を身体表現として可視化した作品です。メルマガ『ジャーナリスティックなやさしい未来』の著者でジャーナリストの引地達也さんは、この舞台を観劇して感じた人間の切実な想いについて語っています。
踊る遠野物語が語る二つの悲劇、心の邂逅
Kバレエ・オプトによる『踊る。遠野物語』(2025年12月27日観劇)は、創造性に満ちた圧巻の表現の連続に時空を飛び越えて真ん中に何かが沸き立つような舞台だった。
生と死のはざまを行き交いながら、物語として刻まれたナラティヴとして認識された世界をバレエや舞踏、ダンスで繰り広げていく成り行きに圧倒され、心が揺さぶられた。
遠野物語という民話を題材にした「こころを震わす、究極のラブストーリー」(主催者)とのキャッチコピーは、ポップな恋愛をも視野に置いたのかと思いきや、その解釈は間違っていた。
究極の極とはすなわち生と死の狭間のことであり、狭間で行き来する愛とはつまり、こういうことか、と胸を突かれる。
振付家、森山開次による物語の解釈と表現、舞踏家、麿赤児の圧倒的な存在感にそれぞれの舞は神聖な光を放つ。
舞台の設定は、1945年に特攻隊員として墜落死した青年が舞い落ちた遠野。
最期に綴った遺書「会いたい、話したい、どうしても…」という女性への想いを胸に、この場で女性との邂逅する─。
『遠野物語』は民俗学者、柳田国男が1910年に発表した岩手県遠野地方に伝わる逸話や伝承をまとめた説話集で、もちろんそこに特攻隊員は存在しない。
説話集の内容は、天狗や河童、座敷童子、山人、神隠し、臨死体験等、幻想的な内容が多く、また神様とそれを地域で奉る行事や風習は記録文学としても貴重な作品。
思えば、高校生だった私は、初めて一人旅をした先が遠野。
同じ東北に住んでいても、岩手県の遠野地域は不思議と神秘的で特別な場所との印象が強かった。
遠野物語の幻想性に惹かれ、鈍行列車に数時間揺られ、河童の出現する現場に向かった。
遠野は内陸の盆地にあるが、今回の舞台の題材となった99話は、津波で亡くなった妻が海辺に夫の前に現れる話である。
東日本大震災と太平洋戦争の2つの日本の悲劇が交差する世界、踊りは、時には特攻機のように、時には波のように、舞台を縦横無尽、儚く舞う。
プロデューサーの高野泰樹さんは、「災害の前でもなく後でもなく、その“あいだ”をどう生きるか」を記した赤坂憲雄さん著「災間に生かされて」に影響を受けたという。
「震災のあとマテリアリスティックになった社会の中で、幽霊の話や“この世ならざるもの”への感覚もふっと露わになった」ことが遠野物語に行き着いた。
多くの命が亡くなった東日本大震災で、被災地で活動していた私の耳にも津波で亡くなった人に関する幻想的であり、かつ不思議な物語を耳にした。
私自身、震災直後、まだ電気が復旧していない沿岸部の波打ち際付近には漆黒の闇の中に何かを見たような気もしている。
東日本大震災が発生したのが遠野物語から101年目、と公演の案内に示されているように、震災を意識し、また「災間」にいる私たちにも向けられている作品である。
そして、この舞台は振付家・森山開次が、バレエ・舞踏・歌舞伎の美しさを凝縮し、また融合させ、刹那的な感情を昇華させた。
舞台に関する見識を持たない私ではあるが、舞台を構成する断片に多少触れている観客の一人として、親近感のあるものでもあった。
そして、河童を演じる森山開次さんを見ながら、高校生の時に、いるはずのいない河童がいないかとのぞきこんだ、あの河童淵と自分の心境を思い出していた。
そして目が覚めるような麿赤兒さんの存在感は、いるだけで、もう踊り、であった。
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