1月19日の記者会見で、23日の衆院解散を正式に表明した高市早苗首相。総選挙の行方についてはさまざまな予測が語られていますが、そもそもこの解散を識者はどう見ているのでしょうか。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では作家で米国在住の冷泉彰彦さんが、財政、外交、他党の動向という選挙情勢を左右するの3つのファクターを分析。その上で、高市政権がこのタイミングで解散総選挙に打って出た判断の是非を考察しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:衆院選に関する3つのファクター
年初解散は妥当だったのか。衆院選に関する3つのファクター
情報管理という意味では、上手く行っていたのだと思います。昨年中は気配すら見せず、年明けになると読売のスクープでアドバルーンを上げると、ジワジワと「解散風」を吹かせ順次既成事実化していきました。こうした手法は故安倍総理に学んだのだと思いますが、気づいたら解散が既成事実となっていたわけで、まず最初の段階としては無難に進めた感じです。
ならば、勝利は見えているのかというと、そこは全く簡単ではありません。この場では、当落予想や勢力図の予想はできませんし、そもそも通信社などの熟練記者でもこの2026年2月の選挙をこの時点で予測するのは難しいと思います。そこで、今回は選挙に関する今後の推移に関して3つのファクターを取り上げて、注目点を探っていきたいと思います。
1点目は、これが最大の眼目と思いますが、高市政権というのは政権の構造そのものが矛盾に満ちているわけです。和戦の双方を探っているとか、赤でも青でもなく紫、あるいは水と油をかきまぜて乳化しているとか、炎と氷をどちらも抱え込んでいるとも言えます。
最大の問題は、積極財政と財政規律という正反対の施策を抱え込んでいるという点です。今の時点では世界から見ると、内閣の積極財政の姿勢だけが目立っています。ですから、円も下げているわけです。また、総理自身もそのように振る舞っています。ですが、政権を支える麻生太郎、片山さつきの両氏は、少し違うスタンスだと考えられます。
そもそも麻生氏が総裁選において土壇場で高市氏を担いだのは、積極財政を叫ぶ拡声器のようなこの政治家を「抱え込む」ことで、日本という国家が存続するための最低限の財政規律を守るというウルトラCを実行するためと考えられます。どうしてかというと、敵陣の懐に飛び込んで敵を懐柔し、連合を組むという手法でしか、事態を回せないと考えたからだと思われます。
高市氏は、確かに実務的な処理能力、理解力、説明力という意味では平均やや上程度の政治家です。ですが、政治の勘所に関する理解力は、例えば「小渕、森、福田康、安倍、岸田、石破」というような顔ぶれよりは上だと思います。ですから、こうした麻生氏のポジションは理解しており、また財務相になった片山氏の説明を受け止めていると思われます。
ちなみに、片山氏は、ここまで自身の言動が市場に影響を与えることを意識しながら、巧妙なトークで事態に対処していると思います。それでも、長期金利がこのペースで上ってきているというのは、黄色信号が赤信号に代わりつつある証拠で事態は切迫しています。
いずれにしても、高市氏の「積極財政」は「表の顔」であり、予算案では何らかの帳尻合わせをするのは必須です。そこで問題になるのが政治姿勢です。例えばですが、新しく給付を決定するたびに「正直なまでに財源を明示」すなわち増税を示してきた岸田文雄氏の悲劇が思い起こされます。給付には財源が伴うというのは当たり前ですが、そのたびに「増税メガネ」と言われて、世論に憎まれたわけです。
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外交についても透けて見える同じような二重構造
行政官としては当然ですが、大衆政治家としては、この手法はミステイクということになる時代です。案の定、岸田氏は最後は消え入るように権力を喪失しました。こうした道を繰り返さないというのは、高市氏の固い決意となっていると思われます。
つまり、高市政権というのは二重構造になっているわけです。表面には積極財政論があり、消費減税だとか国土強靭化などが並べてあります。ですが、その裏には「国家の非常事態」が隠されており、ギリギリのところでの財政規律を守っていく固い決意のようなものがあると考えられます。
実は、売り物の外交についても、同じような二重構造が透けて見えます。対中関係悪化の原因となった「存立事態」という言明ですが、勿論、そこには「自衛隊が人民解放軍に攻撃を仕掛ける」という意味合いは「ゼロ」であることは明白です。そうではなくて、台湾海峡封鎖という事態においては、在沖海兵隊への先制攻撃や、第七艦隊への挑発行動の危険は増大します。
これは日本にとっては危険になるので困るし、そこまで事態が悪化するのは避けたい、抑止したいというのが発言の趣旨です。また、背景にある思想としては自由と民主主義のエリアを死守するという大義があるはずです。これをしっかり述べるなどとして、もっと胸を張る、少なくとも日本軍国主義の復活というのは全くのデマだとすることは必要だし可能だと思います。
ですが、高市政権は中国外交の口舌による挑発については、喧嘩を買った格好を見せています。例えば敵国条項を盾にした恫喝に関しては、日本は国際秩序を乱す行動はしないと胸を張ればいいのです。ですが、わざわざ敵国条項の無効化の話で反論するなど、完全に売られた喧嘩は買うモードです。
しかし、ここにも二重性はあります。日本と中国の経済関係を考慮すると、この状態を放置はできません。日本から中国への輸出を変更して、例えばスマホの部品や素材を中国に売るのではなく、自前で組み立てまでやろうとすると、巨大な数の「英語のできる理系人材」が必要になります。ですから逆立ちしても現在の日本では不可能です。自動車エンジンも同じで、複雑化したロボットマシンのオペレーターは大量には日本では用意できません。
インバウンド観光も同様です。中国からの観光客の減少は、直接的に地域経済にダメージを与えます。試しに今年は春節は2月17日ですが、この日の京都のビジホの料金をサーチすると、悲惨な数字しか出てきません。欧米系向けの外資系や、超富裕層向けは予約が入っているのですが、中国団体客向けのビジホのツインルームに関しては壊滅状態です。こちらも暖かくなる季節までに、何とかしないとという時間を限った問題となっています。
政権政党としては、全国各地の商工会議所を通じてこうした問題は時々刻々と入ってきているのだと思います。ということは、強気の「一見するとタカ派」の姿勢をいつまでも続けるわけには行きません。
この2つの問題、つまり積極財政か財政規律かという問題、対中強硬か、現実に基づいた軟化かという問題、これによって成立している二重構造政権というのは、実は見せ方として成立するのは「今だけ」とも考えられます。
中国との経済交流については、永遠に抑えることはできず、引っ張れば引っ張るほど、兵糧攻めで日本のダメージは大きくなります。また、財政に関しては、予算審議を進めてゆけば、責任与党としては「財源」を示差なくてはならなくなります。ですから、解散としては「今」しかない、つまり予算審議を行う通常国会の冒頭で解散するしかないということになります。
解散総選挙の背景にあると考えられる「外交日程」
勿論、政治手法としては全くの邪道ですが、このタイミングであれば、大衆政治家の行動としては辛うじて成立する話です。予算にしても、外交にしても選挙に勝った後にもっと有利に進めるための手段の問題とも言えます。
もっと言えば、玄人有権者向けにはこの「二重構造を政治手法とする」という内閣の姿勢を堂々と問う選挙ということになるかもしれません。邪道かといえば、本当に邪道なのですが、そうでもしないと2つの矛盾した構造、つまり
「直近の生活水準を切り下げるのというのでは怒りを買って政権が不成立」
「財政規律を更に緩めれば、通貨への信認も国債への信用も崩壊」
「対中強硬姿勢を簡単に緩めてしまえば、媚中派と言われてより悪質な右派ポピュリストの台頭を招く」
「輸出入の相手として中国経済抜きには日本の経済水準は成立しない」
という構造の中では、年初解散を成功させて政権求心力を維持することが必要と考えた、ということは理解可能と思われます。
2つ目は、対米外交です。高市氏は、とりあえずトランプ大統領との首脳会談は無難にこなしています。その一方で、3月には訪米という外交日程がセットされているようです。そして、今のところ日米間には喫緊の課題というものはありません。通商問題に関しては石破内閣が、大変な思いをして懸案を着地させた後ということもあります。
3月の訪米ですが、これは非常に絶妙なタイミングになります。まず3月初旬には中国で全人代が行われます。ここで李強首相の経済報告、目標や五カ年計画の発表があります。向こう5年間の中国の動向について方向性が示されるのです。そのうえで、4月にはトランプ訪中が決まっています。
高市訪米は、そのちょうど間にセットされているわけです。米中が今後どのように共存するのか、トランプ訪中の前に説明を受けて討議する場が設けられることになります。これは重要なことです。
一方で、2期目のトランプ外交は年明け以降、更に不確実性を増しています。ベネズエラの一件、グリーンランドの一件ともに、従来の国際法や国際秩序を動揺させるわけで、仮に日本が巻き込まれた場合には非常に困ったことになります。ですが、幸いにベネズエラに関する「出資要請」は政治的には出ていませんし、グリーンランドに関する「踏み絵」を踏まされる様子もありません。
ということは、これから1ヶ月間、高市総理は対米外交について、当面「頭を悩ませる」ことはないわけです。問題があるとしたら、一部野党からの「ベネズエラの件、グリーンランドの件で日本は正義の立場から反対すべき」というような政治的には意味の薄い「挑発」をされるケースです。
今回の選挙については、非常に興味深いのですが「対米外交」は争点から外れていますし、争点になる可能性はありません。あるとしたら、「自分たちならもっと巧妙にできる」的な交渉力の問題で、民意を揺さぶるということぐらいです。ですが、とりあえずこの点では自民党には一日の長があるわけで、恐らく争点にはならないでしょう。
ということは、この時点で内閣の信認を問う、その上で国民の信を得て3月の日米首脳会談をやり、米中の何らかの合意を見て日中関係も修復するというのが、政権側のストーリーになると思います。そして、この手順に大きな異論は出ないのではないかと思われます。そう考えると、こうした外交日程も解散総選挙の背景にあると考えられます。
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首相の解散攻勢に追い込まれた公明と立憲の提携発表
3番目は、他党の動向です。まず、立憲と公明の提携ということは、昨年2025年の内に高市氏としては、気配として察知していたのだと思われます。であるならば、先手を打ったことが考えられます。
この提携話ですが、発表以来いろいろな毀誉褒貶がされているのは事実です。ただ、時事通信社が数字を公開して話題になっているのは、前回総選挙における公明票が自民から立憲に動いた場合の議席数に与えるインパクトです。
時事のアニメは手が込んでいて、公明票が抜けた場合の自民の議席を予想、更に公明票が立憲と組んだケースの議席を予想と2段階方式になっていて、仮に試算を信じるのであれば、自民惨敗ということになるのです。ちなみに、このアニメですが、気をつけなくてはいけないのは維新と自民の選挙協力のファクターが考慮されていない点です。
後述しますが、維新というグループは今度という今度は退潮が明らかになる可能性が濃いのですが、少なくとも大阪圏だけでなく東京でも、ある程度の票があります。由来としては、渡辺喜美系の「みんなの党」崩れとか、構造改革で経済現実主義の票などです。仮に、こちらを薄く広く上乗せできれば時事通信のシミュレーション通りにはならないと思います。
いずれにしても、高市氏としては公明と立憲の提携に対しては先手は打てたのだと思われます。真相は分かりませんが、党内の取りまとめが完成しない時点で、野田+斉藤による発表があったというのは、高市氏の解散攻勢に追い込まれたと見ることも可能です。
問題は維新ですが、とにかく社保スキャンダルで炎上中です。どう考えても悪質で、組織的であり、有権者への裏切りに他なりません。ですから政党としては大ピンチなのですが、手法としては大阪のダブル選(+衆院のトリプル)に命運をかけようとしているわけです。
この動きに関しては、高市政権としてはトリプル選については、維新に勝手にさせるという判断なのでしょう。対抗馬は立てないし、無風になれば選挙運動を盛り上げることもできない、小選挙区は提携するが、比例の得票は維新にそんなに流れないようにする、そんなイメージです。また、政策面では大きなことを言わせないということで、副首都の話も、定数削減の話も曖昧にできている感じがします。
他政党の動きということでは、参政党との関係もそんなに心配しないでいいという判断があるのだと思われます。昨年の参院選では、自民党から参政党が「保守票」を奪ったと見られています。ある意味では、自民党が高市早苗という総裁人事を選択したのには、「保守票が満足する」ようなキャラであり、参政から票を奪還できそうという見通しがあったのは明白です。
効果はあるようで、神谷党首などはあえて高市政権との違いを出さずに、「高市氏が仕事をしやすいように」するなどと言っています。ただ、こちらも例の二重性が可視化されて、高市政権は結局は「典型的な自民党政権」だということになれば、何らかの動きを始めるかもしれません。その意味で、このタイミングで解散すれば参政を恐れずに選挙ができると踏んだ、政権側にはそんな計算もありそうです。
さて、選挙戦の行方については、現時点では全く見えません。まずは、国民民主の動きが気になります。さすがに一転して財政規律を言うことはないでしょうが、少なくとも「壁」も「減税」も与党に呑ませた格好とはなっています。それを自分たちの成果とするのか、それとも実現してしまったことでテーマ喪失に陥るのか、注目して行かねばなりません。立憲と公明、自民と維新の両勢力は、それぞれ盤石ではない中では、一部の有権者が国民にバランサーの役割を期待することは十分にあります。
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現時点では未知数の「裏金議員を厚遇する判断」の是非
後は、旧清和会、旧宏池会などの「裏金議員」に対して総理が厚遇することの得失ですが、これも未知数です。自民党内には「みそぎ」が済んだなどという声がありますが、甘い感じもします。何よりも、裏金が「地方選挙区の涵養」に使われたとなると、やはり都市の有権者は許さないからです。
いずれにしても、現時点では少なくとも高市氏の側から見た場合には、解散に踏み切った判断には、ある程度の合理性は認められます。それが票になるのかどうかは今後の展開次第です。
最後に筆者個人の見方ですが、日本社会の、そして経済の生産性を改善するのはどうしても不連続な改革が必要です。喫緊の問題としては5点あります。
「教育改革として、英語のできる理系、財務諸表の読める経営管理者、利害相反局面における調整スキル、といった人材を各百万単位で生み出す」
「雇用改革として、AIを使う側の高次元の現場スキルを持った人材と、AIに代わられる人材を入れ替える仕組み」
「官民の管理コストをDXで劇的に改善する標準化の断行、例えば苗字における異体字の非公式化」
「農林水産業の総見直しと、地方への知的産業の移転、同時に地方における封建遺制の撲滅」
「グローバリズムへの最適化国家への脱皮、英語、国境管理、通商、食糧資源調達のそれぞれにおいて、冗長性を確保しつつ越境流動の摩擦抵抗の除去」
まあ、こうした改革については「やり遂げて、ようやく食っていける」問題だと思うのですが、現在の世論動向、政治情勢からすると非常に難しいのが現実です。問題が比較的見えていた菅義偉氏にしても、志半ばで舞台から去ることになりました。その意味では、右派ポピュリズムを利用する姿勢には賛否両論あるのは分かりますが、こうした改革の問題でも高市式の二重性を使った取り組みに期待するしかないのかもしれません。
※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2026年1月20日号の抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。今週の論点「AIで管理職が不要にというネタにビックリ?」「旧年中のエンタメ寸評(映画「国宝」)」、人気連載「フラッシュバック81」、読者Q&Aコーナーもすぐに読めます。
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- 【Vol.622】冷泉彰彦のプリンストン通信 『衆院選に関する3つのファクター』(1/20)
- 【Vol.621】冷泉彰彦のプリンストン通信 『米政治日程と課題解決の時間感覚』(1/13)
- 【Vol.620】冷泉彰彦のプリンストン通信 『マドゥロ拘束作戦、8つの観点』(1/6)
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