中国でいま、人型ロボット人気が過熱状態にあります。ダンスやマラソンをこなす動画がネット上に氾濫し、市民は自国を世界最先端の「ロボット大国」と信じ込んでいます。しかしその心臓部は日本製部品に頼り切りで、産業ロボットの大手企業はこの分野への参入を尻込みしているのが実情です。メルマガ『勝又壽良の経済時評』では、著者で元『週刊東洋経済』編集長の勝又壽良さんが、補助金に群がる新興企業の実態と、中国が抱える需要ゼロという深刻な矛盾を鋭く読み解いています。
プロフィール:勝又壽良(かつまた ひさよし)
元『週刊東洋経済』編集長。静岡県出身。横浜市立大学商学部卒。経済学博士。1961年4月、東洋経済新報社編集局入社。週刊東洋経済編集長、取締役編集局長、主幹を経て退社。東海大学教養学部教授、教養学部長を歴任して独立。
中国「人型ロボットの謎」、大手企業尻込み 新興企業が資金調達で過熱化 技術「日本より10年遅れ」
中国では、人型ロボット人気が過熱状態にある。ネット上に氾濫するのは、ロボットがダンスを踊ったり、マラソンを走ったり、家事をこなしたりする動画である。市民はこれによって、中国が世界最先端の「人型ロボット国」と信じているほどだ。習近平国家主席には、国民を喜ばせるまたとないニュースとなっている。
政府の15次五カ年計画(2026~30年)では、ロボティクス(人間生活に役立つロボット研究)を中国経済の新たな成長エンジンに位置付けている。25年のロイター報道によると、当局は24年以降、人型ロボット開発支援に少なくとも200億ドル(約3兆2000億円)を拠出している。政府は、人型ロボットをEV(電気自動車)に次ぐ成長産業へ育てる計画だ。この政府の熱気を受けて、新興ロボット企業が続々と名乗りを上げ、証券市場で資金調達を始めている。
人型ロボットに関わる動画の氾濫は、投資家に夢を持たせている。新興企業が、これを資金調達に利用していることは明らかだ。公式推計によると、知能ロボティクス分野の登録企業は、24年末時点で45万社を超える。4年前の3倍以上に膨らんだ。6月時点で、人型ロボット関連の新興企業約50社が、香港での新規株式公開(IPO)計画を提出した。この一連の動きから、中国がロボット大国として台頭する、と憶測を生むまでになっている。
人型ロボット分野の登録企業が、45万社を超えているのは明らかに「バブル」である。儲かりそうだということで、ロボットと無関係な企業が名乗り出ている結果とみられる。半導体企業の勃興時でも、無関係な不動産業や極端な例では理髪業までが「半導体」へ群がった。この伝で言えば、人型ロボットでもこういう無関係な筋が、投機的な意味で名前を出して、補助金に与ろうということであろう。
見落としていけないケースは、既存の産業ロボット企業が、人型ロボットへ名乗り出ないという現実だ。これこそ、中国での人型ロボット製品化がいかに困難であるか。また、収益見通がつかないかを示唆している。結論として、現状では人型ロボット需要が見込めないのだ。この裏には、中国の不規則な産業発展構造の歪みが災いしている。全産業が、「不完全雇用」状態にあるので、人型ロボットの導入が必然的に失業者を生むのだ。この点についての詳細な説明は後で行う。極めて重要なポイントである。
この点で、日本とは事情が大きく異なっている。日本は、各産業が完全雇用による「人手不足」状態にある。これに加えて、企業データが完備している。人型ロボットを導入できる基盤が整っているのだ。日中では、このように人型ロボット需要の違いが明確である。人型ロボットについて、中国を日本と同列に論じるのは間違いである。日本は、中国からみれば異次元の世界である。
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人型ロボットに格段の困難
中国は、新規事業において半導体産業で何とか成功させた。この調子で資金さえつぎ込めば、人型ロボットも成功すると思い込んでいる。両者は、全く別の技術体系である。人型ロボット製造は、高度の部品企業群の存在が不可欠である。中国には、精密な部品企業が存在しないのだ。中国政府は、全くこれに気付かずにいる。
半導体は、極端に言えば資本・設備・人材を大量投入すれば、一定レベルまで到達できる産業である。設備投資の巨大化(数兆円)が前提である。工程は、標準化されている。設計は、米国依存でも製品化できる。こうした背景によって、政府が巨額補助金を出せばキャッチアップは可能である。中国は、こういう半導体の「資本集約型モデル」の強みを生かして成功の域へこぎつけた。
ロボットは、半導体と違って資本を大量投入すれば、成功できる産業でない点が大いに異なる。ロボットは、「現場・精密機械・制御・社会実装」の統合が必要である。さらに、必要な技術分野の特許は、すでに日米欧が先行取得している。後発の中国が、先発国の特許網を潜り抜けることはかなり困難である。こういう技術面での制約が大きいのだ。
例えば、精密機械加工では、日本・ドイツが圧倒的地位にある。サーボ・減速機は、日本が世界シェアの60%を占めている。制御工学は、日本・米国が支配している。データによる現場改善は、日本の独壇場である。安全規格・社会実装は、欧米・日本が強みを発揮している。さらに加えれば、中国企業は長期的な製品への信頼性で苦闘している。「メード・イン・チャイナ」の人型ロボットは、信頼性の面で海外販路が絶望的である。
こうしてロボットは「文化・現場・制度・技術」が全部揃わないと成立しない産業である。半導体のように「資金を大量に投入すれば追いつく」構造でないのだ。半導体は、設備を購入すれば製造できるが、ロボットは減速機・精密加工・制御が基盤になる。この分野は、日本が世界トップであり、中国も日本へ依存しているのだ。
中国の人型ロボット企業は、ほとんど新興企業で補助金依存である。これでは、長期の信頼性試験や社会実装ができず、これが根本的な弱点になる。こうして、「飛んだり跳ねたりする」こと以外に、社会的訴求できない悩みを抱えている。メディアは、この限界を無視して、話題性だけを追って持ち上げているのだ。
日本の人型ロボットは、既存の産業ロボット企業が蓄積した技術を基盤にして開発している。中国は、既存企業が参入しないという全く「アベコベ」現象である。
中国の産業ロボット企業は、人型ロボットが「儲からない」ことを知っている。産業用ロボットが、すでに激しい価格競争で利益率の低下に見舞われているからだ。また、人型ロボットの技術的難易度が高いことや、耐久性の低いことも熟知している。加えて、生産コストが高いこと、実用化時期の遠いことも知っている。こうして、既存企業は総合的にみて人型ロボットの「採算が困難」と判断しているのだ。
中国の製造業は、すでに「固定式ロボット」で自動化済みである。中国の工場は200万台超の産業用ロボットを保有している。人型ロボットを採用する余地が少ないのだ。こうして、既存企業は「人型ロボットは不要」と見ている。S&Pグローバルが、25年発表したリポートによると、中国の企業設備投資全体は、2025~27年に年0.6%減少する見通しである。2022~24年の3年間は、年率平均6.2%増であった。企業設備投資は今後、急減予想である以上、人型ロボット採用は絶望的である。
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補助金へ群がる新興企業群
人型ロボットの起業では、新興企業が「補助金目当てに参入」していることが事実だ。これによって、何が起るのかである。EVバブルと同じ構造が予想される。技術的に差別化できない企業が、大量に出現することで過剰競争が始まる。それは、EVバブルの再現である。利益率が急低下し、人型ロボットのもたらす「夢」だけで投資家を釣る「株式公開」によって資金調達し、多くの企業は生き残れない地獄絵が繰り広げられるであろう。「EVバブルの再来」になる可能性が極めて高いのだ。
人型ロボットは、一国製造業の到達すべき総合的な技術水準の象徴になる。それが、実際に商品化(実装化)されるには、その国の「産業構造・市場・投資環境」によって決まる。これは、人型ロボットの将来性を判断する上で極めて重要な点である。まず、中国の場合、人型ロボットが登場すべき客観的な条件(技術と市場)を満たしているかどうかが問われるのだ。
中国の人型ロボットの技術水準を精査すると、人型ロボットの心臓部は日本製部品が多いことだ。人型ロボットの性能を決める主要部品は、以下の通りで日本製品の独壇場だ。
1)減速機(ハーモニックドライブ)
ロボット関節の精度を決める最重要部品である。世界シェアの約60~70%が日本製である。中国企業は国産化を宣伝するが、精度・耐久性は日本製に遠く及ばない。こうして、中国の人型ロボットの多くは日本製減速機を使っている。
2)高精度モーター(サーボモーター)
安定したトルク(ねじりの強さ)・低振動・高効率が必須であることから、日本の安川電機、三菱電機、オリエンタルモーターが世界標準になっている。中国製は安価だが、発熱・寿命・精度で劣っている。中国の人型ロボットの高性能モデルほど、日本製モーターの採用傾向が強い。
3)センサー(IMU・力覚・距離)
ロボットの姿勢制御の要である。日本の村田製作所、TDK、オムロンなどが強い存在だ。中国製はノイズが多く、長期安定性に課題を残している。姿勢制御の精度が必要なロボットでは、日本製センサーを使っている。
4)リチウムイオン電池(高安全性セル)
日本製は安全性・寿命・安定性で、世界トップである。中国製は安価だが、発火リスクが高いという難点を抱えている。高信頼性が必要なロボットは、日本製電池を採用する。
以上のような背景から、中国が「全部国産化した」と言うのは宣伝であり、実態とは全く異なっている。中国企業は、投資家向けに「国産化率100%」を宣伝して、資金調達しているであろうが、実際は以下のような構造になっている。
主要部品は日本製、周辺部品は中国製、組み立ては中国国内、ソフトウェアは自社開発(ただし未成熟)である。「国産化」と言っているのは、組み立てと外装だけであって、心臓部は日本製のままである。中国製人型ロボットを動かしているのは、改めて日本製部品であることを指摘したい。
余剰人員抱え市場開拓困難
中国市場には、人型ロボットの需要がどこまであるのか。それは、既存の雇用を奪わず、労働力不足を補う役割を果たせるか、という視点である。これによって、人型ロボットが経済へ寄与するかどうか分かるのだ。人型ロボットの採用が、中国GDP成長へ役立たない限り、社会的な存在意義は割引かれる。すでに将来、ユーザーになる企業からは気になる発言が出ているのだ。
中国ネット通販大手の京東集団(JDドットコム)創業者、劉強東董事長(会長)は、『フィナンシャル・タイムズ』(6月22日号)で、「配達するのは、間違いなくロボットだ。70万人の配達員は仕事がなくなる」と警告した。この衝撃的発言は、「未来への警告」である。ただ、人的ロボットが、路地裏まで配達するには、現在の中国ロボット技術では不可能とされている。こういう事情から、劉氏は人型ロボットが配達員の代替役として、大量失業を生む時期について明言しなかった。
この発言の問題点は、人型ロボットが雇用を奪い失業者を生むという厳然たる事実にある。先進国では、人型ロボットが労働力不足を緩和する「助っ人」になる。中国は、雇用の「略奪」に変る。この違いこそ、中国の抱える最大の問題点である。これは、中国の産業構造が未成熟であることに起因している。ここで、経済発展と産業構造の変化についてみておきたい――(続きはご購読ください。初月無料です)
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