障がい者支援や教育の現場では、支援する側とされる側という関係を超え、互いを尊重しながら対話を深めることが求められています。そのための新たな視点として注目されるのが「共在感覚」です。今回のメルマガ『ジャーナリスティックなやさしい未来』ではジャーナリストの引地達也さんが、日本質的心理学会での共同研究発表を振り返りながら、「共在感覚」を軸とした対話のあり方と、その社会的な可能性について考察します。
学びの支援の現場から「共在感覚」による対話を考える
今月初め東京大学で行われた日本質的心理学会で、ケアメディラボ主任研究員の大内雅登先生、千葉商科大学の松熊亮先生とともに「共在感覚を伴う支援実践のための“対話”-就労継続支援 B型事業所における支援から-」との題目で共同研究発表を行った。
支援の現場における対話を考える上で「共在感覚」なる概念を示しながら、対話の質を検討していくもので、私の役割はみんなの大学校が運営する就労継続支援B型事業所での「学び」と仕事の両立における対話の変化や和歌山県紀の川市の就労継続支援B型事業所での参与観察から得られた知見を示すことである。
ほかの2人に比べ社会における対話の成立をマクロな視点で伝えるものではあるが、3人の視点でこの「共在」を語ることは結構面白い。
同時に、その面白さは、支援や教育の場で対話の質を考える際に新たな視点になるような気がする。
私の発言は、「『学び』を基盤とする関係構築によるコミュニケーションの変化」と題し、福祉サービスでの支援者と利用者の対話が、行政サービスの延長との位置づけなどから伝達に重きが置かれるために上意下達の構造になりやすいことを課題として、水平型の対話を成立させるのは能動的な行為への意識づけが必要であるとの認識に立つ。
「学び」をサービスに導入し、対話による信頼関係を基盤にしてきた経験により、重症心身障がい者や各種障がい者とのコミュニケーションに質的変化に結びついたことを、関係性が再構築された実践のプロセスと枠組みとして提供した。
厚生労働省による生活介護事業所への生涯学習支援や、医療的ケア者法の成立により、福祉サービスの中でも対話の質が重要視されることを見通し、質の保証に向けた関係性構築のプロセスをメディア論の視点からも考察した。
この記事の著者・引地達也さんのメルマガ
前回ここで取り上げた就労継続支援B型事業で「チンドンパフォーマンス」を提供している「トンカラポンガ」楽団の公演を事例に紹介した。
特に頭のてっぺんにプロペラが付いた帽子を被り、韓国の伝統楽器であるチャンゴを改良した太鼓をたたくタクちゃんの「対話」事例である。
公演前の控室では私にウルトラマンの図鑑を見せて、繰り返し「ウルトラマン」と話してきたタクちゃんは、公演後、舞台を降りて太鼓を観客に見せながら「これ太鼓」と言って、説明しようとする。
太鼓は、タクちゃんにとって仕事の道具であると同時に、自分の役割が社会とつながるツール、メディアであるとし、この道具が共在感覚を可能とすると指摘した。
ウルトラマンも対話のツールではあるが、それは外在したものと位置付けられる。
一方の太鼓は自分の仕事の道具である、自己表現の拡張機能を持つ他者とのツールである。
これは、共在することを活性する。
社会や他者との対話をどちらかに偏ることのない状態でと変容していく瞬間でもあろう。
この発表に先立ち、大内さんは、繰り返しの言葉が多い知的障がい者との対話にその変化に気付き、そこからほかの利用者の対話が変化したことを事例にしながら、その解釈を示し、関係性にも着目して整理。
司会兼まとめ役を担っていただいた松熊先生には、これらを情動調整という言葉を使って整理した。
それは「人々の行動や活動は探索的につくられるものであり、達成のメカニズムや形成のプロセスが同じとは限らない」とした上で、大内先生と私の事例を「共在感覚」としたときには、「心地よい 状態を 達成できたときに生まれる身体感覚」ではないかと投げ掛けている。
発表者3人でその後、話していくと3人の考える対話への感覚のずれや、そもそもの成立する前提となる視点の違いも浮き彫りになりまだまだ議論する必要性を感じている。
とはいえ、3人の共同研究は面白い展開になりそうだ。
私自身は障がい者の対話はもちろんであるが、対話するべき関係性における社会での機能不全の状態にも対応可能な議論へと鍛えられたらうれしい。
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