最近よく流れてくる、ターミナル駅で営業していた大型書店の閉店や「現代人の活字離れ」「本が売れない」というニュース。街から書店が減り、紙の本を取り巻く環境が厳しさを増すなか、書籍を紹介するための「書評」には今、改めてどのような役割が求められているのでしょうか。昨年27年ぶりの主演映画『道草キッチン』が上映され、テレビや映画から小説などの執筆活動でも精力的に活躍する女優・作家の中江有里さんが、書評集『ホンの贈りもの』(立東舎)を上梓しました。
『ホンの贈りもの』(2026年、立東舎・刊、税込2,530円)
出発点は、文学フリマに出店するために自費出版した初めての書評集。新聞や雑誌に掲載されても読み捨てられがちな書評を一冊にまとめたことで、本と人とをつなぐ「架け橋」としての書評の力を、改めて実感したといいます。今回、著者の中江有里さんに、出版の経緯をはじめ、文芸の魅力、読書の効用、AI時代における「紙の本」の信頼性や所有する喜びまで、本にまつわるお話をいろいろとうかがいました。タイパなる言葉が叫ばれる今だからこそ、ゆっくり自分と向き合う時間としての読書のススメ。本の森を歩くための「道しるべ」となる書評と、手に取る紙の本の価値について語っていただきました。取材・文/田端宏章(MAG2 NEWS編集部)
文学フリマの熱気から生まれた、初めての書評集
──このたびは、書評集『ホンの贈りもの』(立東舎)ご出版おめでとうございます。中江さんといえば、自費出版された書評集『ホンのときめき』を先に出されていますよね。今まで書かれた書評を一冊の本として出すことになった経緯をお聞かせください。
中江: きっかけは文学フリマ(文フリ)ですね。まず、文フリに出店したいという思いが最初にありました。
中江有里『ホンのときめき』(自費出版)
本を取り巻く環境は、決して明るいとは言えません。書店は減っていますし、紙代や印刷代も上がっています。読書人口も、コロナ禍で一時売り上げが伸びたものの、全体としては右肩下がりだと言われ続けてきました。暗い話が多いなかで、文学フリマがとても盛り上がっていると聞き、気軽な感じで遊びに行ってみたんです。そこで、こんなに文学のファンがいるのかと驚き、次回はぜひ出店しようと決めました。
実際に行ってみると、商業本ではなく自分たちで作った自費出版本を出している方がたくさんいらっしゃいました。それなら自分も作ってみようと思い、では何を作るかと考えたときに浮かんだのが書評だったんです。
書評って、あまり残ることがないものですよね。新聞なら掲載された日、週刊誌なら一週間、月刊誌なら一か月、ウェブは長く掲載されるとはいえ、読まれるのはやはり新刊が出た直後が中心です。言ってしまえば、読み捨てられてしまうものなんですね。私は、仕事で長いこと書評を書いてきました。自分自身が「書評好き」ということもありますし、書評を頼りにいろいろな本と出会ってきたからです。ところが、その書評が「形になったもの」というのがほとんどないんですよ。以前、本に関するエッセイ集を出したときに少し書評を収めましたが、それもごく一部です。
そこで、自分で過去に書いたものを整理することも兼ねて、書評集を作ってみようと思ったのが始まりでした。それが『ホンのときめき』です。
──実際に書評を一冊にまとめてみて、どのような印象や感想をお持ちになりましたか。
中江: 「結構いろいろ書いてきたな」と思いました。一作ずつ書き終えると次の作品に向かってしまうので、振り返る機会はあまりなかったのです。編集するなかで、改めて読み返すよい機会になりました。
──書評集というジャンルは、あまり確立されていないように思います。文学フリマで出してみて、手応えはいかがでしたか。
中江: 最初は「何だろう」と思って買ってくださった方が多かったと思います。ただ、一番喜んでくださったのは、掲載した本の作者の方々でした。たまたまその日に会場にいらした作家さんもいて、後日、本をお送りしたりもしました。皆さんとても喜んでくださったのが嬉しかったですね。
それから「こんな本があったのか」と本書に収めた書評で発見し、本を読んでみました、という声もいただきました。それが私にとって一番嬉しいことです。書評は、本とつなぐ架け橋のようなものだと思っています。きっかけがなければ出合えない本もありますから。これがきっかけで今回、きちんとした出版社から商業出版として『ホンの贈りもの』(立東舎)を上梓できたことは本当に嬉しいですね。
書評は、本の森を歩くための「道しるべ」
──書店が減り、ウェブで本を買う機会が増えました。書店員さんのおすすめPOPや、新聞の書評記事に触れる機会も減っています。第三者の目線で書かれた、その本のよさを伝える文章に出会う機会が減っているなかで、66冊分もの書評を一冊にまとめられたのは、本当にすごいことだと思います。
中江: ありがとうございます。いま書店が一軒もない市町村も増えていますね。そのなかで「読書が趣味」という人は、すでに私が子供のころから少数派だったんですよ。読書仲間を見つけること自体が難しいという(笑)。一方で、ネット社会になって、読んだ本の感想を書くレビューサイトも増えました。個々に感想を発信している方は多いですよね。
──書店の中にもウェブ上にも、本というものは膨大にあって、いわば「本の森」という状態ですよね。そのなかで、時間やお金をかけて何を読むかを選ぶときの「道しるべ」として、アナログではありますが、「書評」というものが果たしてきた役割は大きいのではないでしょうか。
中江: そうですね。私も、好きな書評家の方をチェックしておくことがあります。一人で全部読むことはできませんから、本読みのプロの手を借りるのは、アリだと思います。「この人が薦める本なら読んでみよう」と思えますからね。
私は自分を「書評家」だとは思っていません。本当の書評家の方々は、一日に三冊ほど読む方もいて、心から尊敬しています。数年前に亡くなられた北上次郎さん(元『本の雑誌』発行人の目黒考二氏のペンネーム)のように、幅広いジャンルを読んでこられた方の書評は、横にも縦にも読書がつながっていて、重みがあるんです。読みたい本が見つからないとき、そういう書評のプロの手を借りるのは、すばらしい架け橋になります。
私も、本を探している人に「こういう本がありますよ」と差し出すような役割が担えればいいなと思います。子供のころから本が好きで、本にたくさん助けられてきましたから「恩返し」のような気持ちもあります。誰かが紹介しなければ、届かない本もありますしね。
──本を出版する側にとっても、書評って大切ですよね。私は以前、親戚と二人で小さな出版社を経営していたんですが、広告にお金をかけられないなかで、新聞に書評が載ると本当に嬉しかったですね。しっかり読んで褒めてくださると、せっかく作った本が多くの人に知ってもらえたと感じました。
中江: 私も自分の作品に書評を書いていただいて、すごく嬉しかったので、よくわかりますよ。「少なくともこの人は、自分の本をきちんと受け止めてくれたんだ」という実感を持てるんですよね(笑)。
──作る側にとっては、「紙の本を出す意味」を感じられる瞬間でもありますよね。ウェブで済んでしまう今は、紙で本を出すハードルが高くなっていますから。
中江: ウェブにも紙にも、それぞれ長所と短所がありますよね。ウェブは情報を取る分には便利で役に立ちますが、心に残らないんですよね。物として残らないだけでなく「自分の中に刻まれない」ことが一番大きいと思います。これは実感としてありますね。
「絵空事」だからこそ。いまの大人に必要な「文芸の世界」
──今回、出版社から書評集のお話が出たときは、どう思われましたか。
中江: 嬉しかったです。商業出版はビジネスです。だからどんな本が売れるかをシビアに考えなければなりません。でも、売れたものと同じようなものを出せばいい、という考えは「少し違うんじゃないか」とも思っています。出版社では通りにくいと思い、自分で企画して出した書評本にそれなりの反響があり、あらためて出版社からパワーアップした形で出してもらえるようになったのは、本当にありがたいことです。
今、大人向けの本は「実用書」に偏りがちだと言われています。必要なことに応えてくれる実用書も、もちろん必要なジャンルですよね。ただ、この「本の書評」は、ノンフィクションもありますが、文芸が中心です。文芸は、今の現実とは違う世界のことを描いた、言い方は悪いかもしれませんが「絵空事」ですよね。でも、大人こそ「絵空事が必要なんじゃないかな」と思うんです。実用の世界だけで生きているのって、とても寂しいことだなと。
──確かに、仕事で実用的なことは必要ですが、同じ世界に地続きでずっといると息が詰まりますよね。そういうときこそ、まったく正反対のものに触れることが必要なのかもしれませんね。
中江: そうですね。ただ、「本を読む」ってハードルが高いじゃないですか。長い文章を読むのは大変ですし、時間もかかります。その点、書評は原稿用紙二枚から長くても五枚ほどですから、すぐに読めますよね。そこから興味を持っていただいて、少し厚い本に挑戦するきっかけになればいいなと思っています。
──今回の『ホンの贈りもの』は書評だけでなく、本にまつわるエッセイや、渡辺満里奈さんとの読書対談も収録されていますね。
『ホンの贈りもの』より、中江さんと渡辺満里奈さんの対談
中江: 書評をテーマ別に分けたのも工夫した点です。ただ並べるのではなく、年代にあまりこだわらず、手に取っていただくきっかけになればと考えました。
──後半には、手塚治虫さんの漫画に関する書評をまとめた章もあって、これは面白い構成だなと思いました。
中江: 手塚漫画は広い世代で親しまれていますし、あまり知られていない手塚治虫作品を知るきっかけになればと思います。
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読書は「自分と向き合う」ゆっくりした時間
──中江さんは、本を読むことの意味について、どうお考えでしょうか。
中江: 本が映画や映像と大きく違うのは、読んだ人がそれぞれ、違う場面を思い浮かべるところだと思っています。映像は、作り手が作ったものをそのまま受け止める形になりますよね。一方、読むという行為は、自分から能動的に入っていかなければ想像できません。その人がこれまでに経験したことや、見てきたものから想像しうる世界があり、そこに豊かさがあると思いますね。
今は娯楽が本当に増え、ある意味で「時間の奪い合い」じゃないですか。そのなかで、本のよさとは何かと考えると、時代と逆行するかもしれませんが、「ゆっくりしているところ」じゃないでしょうか。何でも素早く、ファスト〇〇という時流のなかで、ゆっくり時間を使うことは、むしろ贅沢になってきていますよね。本と向き合うことは自分と向き合うことでもありますから、そこにファスト〇〇は向かないんじゃないかなと思います。自分自身とぐらいは、ゆっくり向き合う時間を作ってみたら?と思いますね。
──最近は、頭のなかで何かを想像する機会は、本を読むときぐらいしかなくなってきましたね。たとえば「ショート動画」を見ているうちに、気づいたら何時間も経っていた、ということも問題視されています。
中江: SNSをはじめ、動画でも「刺激の強いもの」がとても増えましたよね。それはそれでわかるんですが、そういうものって中毒的なところもあって、ちょっと危険だなと思います。
──本の場合、「書店で本を選ぶ」というプロセス自体が、ひとつの楽しみでもありますよね。
中江: おっしゃるとおり、そのプロセス自体が物語になりますよね。どんなときに書店へ行き、その本を手に取ったかも、物語として自分のなかに刻まれていくじゃないですか。読んだ本が、成長の糧にもなりますし。そのプロセスのひとつとして書評を読んでいただけるなら、とても嬉しいですね。書評って長く続いてきた文芸ジャンルの一つで、消えそうで消えないジャンルでもありますから。
読解力は、読書で鍛えられる「筋力」
──「本を読む力」の大切さについてはどう思いますか。
中江: 私は「読書力」と呼んでいますが、読解力、想像力、集中力が必要だと思っています。もちろん大変なことですが、本を読む力を持っていて損をすることは絶対にありません。これは筋肉と同じなんですよ。普段から鍛えていないと、急に山に登ったときに足ががくがくになりますよね。けれど、普段から長い文章に慣れていれば、どんな文章が来ても怖くないじゃないですか。特に「読解力」は、読むことで鍛えられるんです。
──行間を読む、という言葉がありますよね。最近、世の中で大きなことが起きると、何かに書かれたことをそのまま受け止めて、すぐに感情的になる人が多いように感じます。何を言っているのか、その裏に何があるのか、何をあえて言っていないのかまでを読み取る力が不足しているのかもしれませんね。これは、本を読まなくなったことと比例しているような気がするんです。
中江: ネット上では特に多いですよね。「何を書かないか」という点は、書き手としても重要なポイントだと思います。もともとすべてを書くことってできないんですが、何かを書かないことで、物語をこう見せたいと導くこともできる。感情的な反応は、「自分が世の中のすべてを知っているわけではない」という意識が足りないからなのかもしれません。私自身も、本当にわからないことだらけです。何かに書かれたことを疑うことも必要ですし、自分がどう受け止めるかということにも、もっと自覚的であるべきですよね。そのまま受け止めて反発するのは、あまりに短絡的なんじゃないかなとよく思います。
──「無知の知」という言葉がありますね。自分が何も知らない存在であるということを知る。それを忘れると、自分が見ているものがすべて正しいと思い込んでしまいますよね。本を読んで、一度読んだものを頭のなかでどう解釈するか、そういった考えるという行為をすることで鍛えられる部分があるのでしょうか。
中江: そうですね。以前、日本地図を作った伊能忠敬の話をテレビでしたとき、伊能忠敬のことを「ちゅうけいさん」と言ったら、読み方が間違っていると、「間違いだ」と指摘する声が殺到したことがありました。もちろん「ただたか」と読むことは知っていたんですが、記念館のある千葉県佐原では愛称として親しみを込めて「ちゅうけいさん」と呼ばれていて、思わずそれを言ってしまったんですよ。テレビだから、そのことを事前にきちんと言うべきだったのかもしれませんが、ええっ、そこまで厳しいことを言われるの?って驚きました。「間違う」ということが怖い世界だと感じましたね。
人は言い間違えをしたり、勘違いしたりするものですよね。だから「もう少し優しくなろうよ」とは思いました(笑)。メディアだって間違えることはいくらでもあって、そのたびに訂正していますよね。それが意図的でなければ、それでいいんじゃないかなって思います。
──最近は寛容さがなくなりましたよね。
中江: 本当に、怖いくらいです。
本は「疑似人生」を体験させ、生き方を学ばせてくれる存在
──頭で想像する力って、これまで本によって養われてきたんじゃないかなと思います。かつては娯楽といえば(テレビはあったにせよ)本や雑誌、あとはラジオでした。ラジオも、声を聞いて頭のなかで思い巡らせるものですよね。今はビジュアルや映像ですべてが済んでしまうので、行間を読む機会が少なくなっています。ネットが広がった今だからこそ、改めて本の大切さを痛感しています。
中江: 小説にも純文学やエンターテインメントなどいろいろあって、好みも分かれますから、一概に「これを読んでください」とは言えません。ただ、私たちは、そんなに大きな世界で生きているわけではなく、出会える人も限られています。だからこそ、本を読むことは、違う世界へ安全に行ける扉を開けることだと思うんです。そこで「疑似的な人生を味わう」ことができるじゃないですか。
作り事の人生も、たいてい実人生をモデルにしています。とても稀有な人生を送る人に伴走するような気持ちになったり、その人の立場に立って、自分ならどう振る舞うかを試されたり。コミュニケーションを学ぶこともあれば、危機的な状況をどう打破するかを学ぶこともあります。真面目に言えば「生き方を学ぶ」ことですし、砕けて言えば「困ったときにどうするか」のシミュレーションでもありますよね。
──そう考えると、文芸には別の意味での「実用性」がありますね。こういうことをこう考える人もいるんだ、という発見がありますよね。
中江: 本当にそうです。言葉や話題をどこで学ぶかといえば、本を読むのが一番たくさん学べると思います。
でも、本って「感情移入できる人」ばかりが出てくるわけじゃないじゃないですか。たとえば「稀代の殺人犯」のような人物が出てきて、その心理は理解できなくても、そこに至るまでのプロセスが必ずあるはずで、私はそこに強い興味があります。どんな人でも、両親がいて、そこから生まれてくるんですから、私たちと同じなんですよね。
──破天荒な人の生き方の真っすぐさに、心を打たれることもありますよね。
中江: ええ。それも本を読んで知ることだと思います。
紙の本には信頼があり、記憶が宿る
中江: 最近、AIで創作された文章を目にすることがありますが、うまくできているようで、どこかに「大きな穴」があったりするんですよ。これからもっと精度が上がって良くなるかもしれませんが。一方、本として作られたものは、ある程度の真実を含んでいると思います。歴史や現状を踏まえていますし、作者が暴走して書くわけでもありませんからね。編集者がいて、出版社があり、校閲部があります。システムとして成立していることは、書かれた内容に対しての「信頼」に値すると思います。
出版社はチェック体制が厳密です。たとえば小説で「何月何日」と書くと「その日は雨でしたが大丈夫ですか」と指摘されることがあって、天気まで調べてくれるのかと驚きました。気象庁のデータが残っているからできることですが、書いた本人は、そこまで考えずに書いていることもあるんですよね。
──私も仕事でAIを使うことが多々ありますが、資料を渡して短くまとめるよう指示しても、渡していない内容を勝手に書いてくることがあったりするんです。知らずにそのまま使うと、詳しい人が見れば、すぐにおかしいとわかりますよね。
中江: Wikipediaも、みんなが参考にしていますが、本人はまったく手を入れてなかったりするじゃないですか。私のWikipediaにも間違いがあるんですが、自分のサイトではないので直していません(笑)。
──たしかに、Wikipediaって「出典がない」と誰かに指摘されることもありますよね。誰かが間違って書いたものを出典にしてしまうと、それが真実として伝わってしまう弊害もあります。
中江: だから私は、ネットを出典にはできないと思っています。何かを確かめるときは、必ず本で裏付けをとるようにしています。たとえば、東京オリンピックは2020年から2021年に延期されましたが、名称は「2020」のままです。このバグを、みんなが忘れてしまっていたら、いつ開催されたのかわからなくなりますよね。私たちの世代が全員いなくなったとき、ネット上の情報だけが頼りになったら大変なことになると時々思うんですよ。
──紙の本は、手触りや装丁も含めて記憶に残ります。買ったときのことや、繰り返し読んだ時代のことが、思い出とともに蘇りますが、データだとそうはいかないじゃないですか。
中江: 装丁と中身は、つながっていますからね。私は本棚にたくさん本がありますが、それをスキャンして電子書籍にしたいとは思いません。そうしたら、きっと読み返さないでしょうから。データ上で書名を見ても手が伸びませんが、物がそこにあるから手が伸びるんです。「この時これを読んだな」と振り返ることもできますし。その意味で、紙の本のほうが断然いいなっていつも思っています。最近は「教科書の電子化」という話もありますが、ほどほどにしたほうがいいんじゃないかなと思いますね。でも、皮肉にも「電子」が出てきたことで、紙の本の価値を、みんなが考えるようになったんじゃないかなと思います。
中江有里さん
──文学フリマの盛り上がりも、電子化が進んだことへの揺り戻しのようにも感じますね。
中江: 音楽も同じですね。いつでも何処でもサブスクで聴ける時代になって、逆に生のライブが盛り上がっています。便利を追求して技術が発達しても、それが本当に人間の必要としているものかまでは、計算しきれなかったんじゃないでしょうか。
学校の「図書室」の思い出と「所有する」ことの喜び
──子供のころは、図書館によく行かれましたか。
中江: 学校の図書室に入り浸っていました。当時の図書室は、じめっとした、人のいない空間でした。落ち着く場所でしたが、そこにいると必ず暗い子だと言われました(笑)。それでも、古い本の匂いや、本の見返しにある貸出カードのハンコで「こんなにいろいろな人がこの本を読んでいたんだな」と、知らない誰かの跡を確かめるのが楽しかったですね。
学生の頃って、経済的にもそんなにたくさん本を買えないじゃないですか。ようやく高校生ぐらいになって、自分のお金で本を買えるようになったときは嬉しかったですね。図書室みたいに本を返さなくていいんですから。返すとなると、自分の本じゃないわけですし。そう考えると、本を所有することって、とても大切なことだと思います。
──美しい装丁の本は、一つのオブジェのようであり、何度引っ越したとしても取っておきたくなりますよね。また、何度も読んでボロボロになった本とかを見ると、読み返した日々のことを思い出したりします。自分のお金で本を買って所有する喜びは、ネットにはない大きな体験だと思います。
中江: ミニマルな生活には電子のほうがいいのかもしれませんが、私はミニマルじゃなくていいなって思います。物を所有しない生活、私にはムリです(笑)。今も積読だらけで、手を伸ばせばすぐに本があります。この仕事をしている限り、片付かないのは仕方ないし諦めてます。整った綺麗な部屋に住むことは、生涯無理なんじゃないかなと。
──私も同感です。本が全くない空間に住んでいる自分が想像つかないですね。では最後に、書評集『ホンの贈りもの』を手に取る読者の皆様へ、何かメッセージをお願いします。
中江: 紙の本って、ハードルが高いと思われがちです。実際、読むまでにとても時間がかかるものだと思います。この『ホンの贈りもの』は、そのハードルを少し下げて、本に届きやすくするための本です。ぜひ手に取っていただき、自分にとって大切な本に巡り合うきっかけになれば嬉しいです。
──本日はお忙しい中ありがとうございました。
中江: こちらこそ、ありがとうございました。
【取材を終えて】
編集者になって30年を迎えた今年、思えば長いこと「紙の本」に向き合って仕事をしてきました。そんな自分は、どんなものを見て本を選び、そしてレジまで持っていって買ったのだろうか? 今思えば新聞の書評や、雑誌に載っていた本のレビューをよく参考にしていたことを思い出しました。書店になかったときは、わざわざ出版社に取り寄せてもらったり、それを取りに後日書店へ出かけて行ったことも良い思い出です。中高生の頃にテレビの中で見ていた中江有里さんが、いつしか作家となり、これだけ多くの書評を書かれていたことを知ったのはごく最近のことでした。これだけ多くの本を読むのだけでも大変なのに、その中身を伝える書評を書くということは、ある程度の「才能」がないとできないこと。中江さんの『ホンの贈りもの』を読んで、さっそく気になる本が見つかりました。みなさんも、それぞれ素敵な本との出会いを体験してみてください。ホンの少しのお手伝いが、人生を変えることだってあるかもしれません。(MAG2 NEWS編集部・田端宏章)
取材協力(敬称略):
オフィスクレヨン
山口一光(立東舎)
濱田髙志
【書籍情報】
『ホンの贈りもの』
祝・文筆活動20周年!
ルシア・ベルリンから東野圭吾まで、最新書評集が登場!
自身も小説家として活動しながら、数多くの書評を執筆している中江有里さん。そんな彼女の文筆活動20周年を記念した、最新書評集が登場です。特徴的なのが、本のカテゴリーや時系列で並べるのではなく、5つのテーマを設定。それに適した書籍を配していくことで、書店の文脈棚のように思いがけない出合いを引き起こす構成となっています。また「本とともにある暮らし」を綴ったエッセイ数篇のほか、公私にわたり交流がある渡辺満里奈さんとの対談も掲載。あなたにぴったりな本が見つかる、そんな書評集です。
CONTENTS
- 「大人」になるとは、どういうことか 成長について考える
- 過去の意味を知る 記憶とか歴史とか家族とか
- わかり得ない相手とどう付き合うか その存在の意味とは
- 名付けようのない感情を言語化するために あの日の私に教えたい
- 答えのないときの「答え」 知らない世界から見えてくる
- APPENDIX 手塚先生からのまなび
- エッセイ 本にまつわるエトセトラ
- 対談 渡辺満里奈+中江有里 読むことの楽しみ、書くという情熱
著者:中江有里
企画・編集:濱田髙志
カバー装画:福田利之
発売日:2026年10月21日
定価:2,530円(税込)
出版社 :立東舎
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