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今や「オタク」は、ほめ言葉。彼らが危機を救えるかもしれない業界

以前は変わり者、というイメージのあった「オタク」。しかし、日本でも最近は各種メディアでも取り上げられたり、「自分はオタクだ」と胸をはって言ってもいいくらいの市民権を得ています。ファッションビジネスコンサルタントの坂口昌章さんが自身のメルマガ『j-fashion journal』でオタク文化をファッションとして取り扱い、新たなビジネスを生み出せないかという提案を紹介しています。

「オタク」はほめ言葉になった

日本で「オタク」と聞くと、どこか一般人とは異なる変わり者というイメージがある。ヨーロッパで会った日本マニアの外国人は「私はオタクです」と胸を張る。彼らが語る「オタク」という言葉には、「一つのことに集中して興味を持つ純粋な人」という意味があり、尊敬に値するというニュアンスがあるのだ。

最近は、オタク的な趣味や嗜好が市民権を得ているように思える。その理由は、就職しても、会社の付き合いなどに時間を取られることが少なくなったこと、独身者が多いために、異性や配偶者に時間を取られることが少なくなったことが考えられるのではないか。

自分の時間が増え、少年少女の頃から続いている興味や趣味を継続することが一般的になり、互いにそれを認める環境が整ってきたように思える。

かつては、子供の頃に好きだったアニメやマンガ、ゲームを大人になっても熱中することは恥ずかしいこととされた。子供のままでいることは恥ずかしい。大人は「大人として社会的に認知される行動をするべき」という価値観が支配的だったのである。

しかし、土地に縛られず、非正規採用が増えるにつれ、地域共同体、会社共同体のどちらにも所属せず、個人の時間、個人の意識、個人の嗜好を継続することになっていった。そのため、個人の趣味嗜好を大切にする風潮が強まり、必然的に同好の士も増えていった。加えて、SNS等によるネットワークが広がり、一つの社会的トレンドを形成するに至ったのである。

オタクが市民権を得ること。オタクが変わり者ではなく、ごく一般的な人々であること。熱中できる趣味を持つことは健全であり、魅力的であるという認識が広まったこと。それらが重なって、オタク文化が広がっていったと考えられる。

もはや、オタク的な趣味嗜好を持たないことは、会社組織に魂を売り渡し、ダークサイドに転落することを意味しているのかもしれない。

オタク文化の広がりはファッション現象

オタク文化は世界に広がっている。世界の人々にとって、日本のオタクは西欧的価値観、キリスト教的価値観から解放され、個人の自由意志が尊重されているように見える。

西欧社会において、ファッションとは社会的な要素である。社会的ステイタス、ある種の階層や職業等を表現するものであり、ロリータやコスプレのように社会と切り離された個人的嗜好だけの服装を公の場で着用することはあり得ない。服装は歴史や宗教によって厳然と規定されているのである。

日本のストリートファッションはそうしたドレスコードやルールを無視している。個人が個人のセンスで自由にファッションを楽しむこと。日本では当たり前のことだが、西欧社会では考えられないことなのだ。

同様に、日本のアニメやマンガは、西欧的価値観、キリスト教的価値観に縛られてはいない。独自の世界観を構築している。独自の世界観を持つことは、キリスト教にとっては邪教崇拝につながる。世界とは神が創造したものと考えられているからだ。

現実社会に適応できなかったり、絶望を感じている人々にとって、アニメやマンガの世界は別世界である。規範の多い現実社会から逃れ、自分の精神が解放される世界がそこにはあるのだ。

そうした独自の世界観を世界に広めたという意味で、オタク文化は世界中の社会や人々のライフスタイルに大きな影響を与えたと言える。それは、ファッション現象と呼べるものだ。

ファッション現象が変化を継続しつつ、社会と人々のライフスタイルに継続的に影響を与えるようになれば、真のファッションになり得る。そうするには、具体的にどうすればいいのだろう。

製造販売権を競う公開コンペ

例えば、コスプレはファッションにはならないのか。コスプレの課題は、知的所有権ではないか。コスプレの多くは自作であり、個人が楽しむ場面に限定されている。

もし、知的所有権を持つ者が、毎年決まった時期に、公認のコスチュームを限定販売するとしよう。ここでは、知的所有権の問題は発生しない。

ここで販売される作品は、人間が着られるフィギュアとも言える。当然、コレクションアイテムになるだろう。

あるいは、コスチュームの製造販売の権利を競うコンペを行う。世界中のアパレル企業やデザイナーがノミネートし、作品を制作する。それを公開審査するというイベントはできないか。作者や出版社、テレビ局、広告代理店だけでなく、インターネットで投票させるのもよいだろう。

そして、コンペに勝ったアパレル企業やデザイナーだけが、そのコスチュームを一年間販売する権利を有するのである。勿論、知的所有権を持つ者はロイヤリティを受け取る。

このイベントは、ある意味でファッションショーに近いものになるだろう。そこで見たコレクションは、その後、製品として販売される。

アパレル企業、デザイナーは、独自の解釈のもとに、素材を選び、ディティールを決定する。勿論、原作のイメージを損なってはならないが、その範囲ないでのクリエーションができるのではないか。

このイベントが定期的に行われ、製品がある程度の規模で販売されるようになれば、これはファッションになるだろう。

新たなライセンスビジネス

ファッションデザイナーとは、自分のクリエーションを発表し、それを受注販売する職業である。つまり、消費者はデザイナーの才能やセンスを認め、製品の品質や技術を支持しているのである。もし、才能やセンスが認められなければ、誰もコレクションに見向きもしなくなるだろう。

私は、すでにその兆候が見えているのではないか、と考えている。ファッションデザイナーが持つコンテンツより、マンガやアニメ、ゲーム等のコンテンツの方に興味があるのではないか。

もし、そうならば、コンテンツとプロダクトは分離しても良いのかもしれない。これは、ライセンスビジネスと同様の考え方だが、現在のキャラクターライセンス商品は、キャラクターの力に依存し過ぎているところに問題がある。

例えば、通常のハローキティーのライセンス商品は、必ずしも質が高いとは言えない。しかし、ハイセンスなデザイナーブランドの限定コラボになると質が高くなる。コンテンツの魅力だけでなく、それを解釈し、企画生産する能力が加わることで、より高い付加価値が生み出されるのである。

この関係は、メゾンとデザイナーの関係でもある。ディオールやシャネルというブランドには、固有のキャラクターがある。そのイメージを壊すことなく、デザイナーは新たなクリエーションを生み出す。

マンガやアニメ作品をディオールやシャネルのようなブランドに例えられないだろうか。マンガやアニメの持つキャラクター性やストーリー性を尊重しながら、デザイナーやアパレル企業はシーズン毎に製品を企画生産、販売するのだ。

この仕組みができれば、日本はコンテンツ大国になれるだろう。それが、ファッション大国につながる道ではないだろうか。

image by: PHANTHIT MALISUWAN / Shutterstock.com

 

著者/坂口昌章(シナジープランニング代表)
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