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世界最強の韓国人棋士があっさり敗北。人工知能は次に何を奪うのか?

米グーグル傘下の企業が開発した囲碁AI「アルファ碁」が、世界最強の棋士である韓国のイ・セドル9段を4勝1敗で下し、世界中で大きな話題を呼んでいます。囲碁は数多くあるゲームの中で最も難しいものの一つで、AI(人工知能)が人間に勝つには10年以上かかるとされてきました。このニュースについてジャーナリストの高野孟さんはメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』で、「人間は何をAIに任せ、自分では何をすればいいのかの棲み分けを真剣に考えないといけない」と語り、このままではAIが人間界の仕事や娯楽までも奪ってしまいかねないと警告しています。

もうAIにはかなわないのか?

世界最強の棋士とされている韓国のイ・セドル9段人工知能アルファ碁」の対決はAI側の4勝1敗に終わった。これが衝撃的なのは、今までの常識では、コンピューターは予め人間によってプログラムされている以上のことを自分で考えることは出来ず、ただ計算速度が速いというだけなのだから、例えば人間の直感力という論理を超えた能力には敵うはずがないと考えられてきた。ところがこのアルファ碁は、坂村健=東京大学教授によれば、2つの点でその常識を飛び越えてしまった(17日付毎日)。

1つは、「ニューラル・ネットワーク(神経回路網)」という人間の脳を真似た働きを持つ。2つ目には、経験から学習する強化学習」という手法が導入された。これによって、まずは人間が指した棋譜の膨大な情報を取り込んで学ばせた後に、その自らのコピーと延々と戦い続けさせると、プログラム自体が進化して、その切磋琢磨を通じて独自の定石まで開発してしまうまでになった。

さらに、人間とコンピューターの関係で人間が圧倒的に不利なのは、人間には雑念があることである。アルファ碁は、目の前の対戦に全性能を集中するが、棋士は喉が渇いたとか、トイレに行きたいとか、晩ご飯はどうしようかとか、明日は息子の入学試験だとか、対局中もいろいろなことが頭をよぎる。脳の神経回路網はコンピューターよりも遙かに複雑だが、そのすべてを対戦に集中することは不可能なのだ。逆に言えばいくらアルファ碁が凄くても、それは縦横19本ずつの線が描かれた碁盤の目の上で厳格なルールの下で行われるゲームに勝つという単機能しか持っていないので、脳の超複雑系の機能にとって代わることは出来るはずがない。

もう1つ、イ9段は不世出と言われる天才で、そうであるが故に(当たり前だが)世界に1人しかいないが、アルファ碁はいくらでもコピーができる。囲碁という1つのタスクに関しては、不世出の天才でも敵わない超天才が1万でも1億でも登場して、彼ら同士で対戦して勝手に自己進化を続けていく。とすると、人間が趣味として囲碁を嗜むというのはそれでいいとして、世界選手権を開いて誰が一番かを競うことには余り意味がなくなってしまうのかもしれない。人間世界の外に一番がいるのでは、世界選手権に何の意味があるというのか。

車の運転に特化したAIがこの域に達すれば、乗り込んで「セブンイレブンに行ってくれ」と命令すればいいだけになって、運転免許証は要らないし、高齢者の免許証返上という問題もなくなって、実用的には便利だし安心なことこの上ないが、例えば「今日は天気がいいし、何となく海岸の方にドライブしてみようか」というような時に、「海岸に行きたい」と命令すれば、AIは最短距離で行ける海岸を検索して一直線にそこを目指すに決まっている。「そうじゃないんだ。のんびり走って、何か面白い店でも見つけたら立ち寄るとかしたいんだよ」と言っても、AIも私自身も、私が偶然何を見て面白いと思うかは分からないから、完全自動運転にというわけにはいかず、やっぱり免許証を持った人間が運転席に座らなければならない。あるいはまた、F1レースにAI自動運転が参入するとどうなるのか。囲碁の場合と同じで、AIが勝つに決まっているからF1レースで興奮することの意味がなくなってしまうだろう。

株のナノ秒取引というのも同じことで、どんなに速くても10分の1秒でしかキーボードを叩けない人間と、10億分の1秒で作動するAIが競うことは、不公平だという以上に、株式投資そのものが意味をなさなくなるのだろう。ところがすでに米国市場の5割、日本市場の4割はナノ秒の超高速取引に占められている。

結局、これは文明論上の大難問で、人間は何をAIに任せ自分では何をすればいいのかの棲み分けを真剣に考えないといけない。AIにはどこまで行っても出来なくて、どうしても人間にしか出来ないこととは、何なのか……。

ちなみに、今日の米ウォール・ストリート・ジャーナル電子版が伝えた調査結果によると、50年以内にロボットやコンピューターが必ずいま人間がやっている仕事の多くをこなすようになると予想した米国人は15%、たぶんそうなると思う人は50%だった。しかし、前掲の坂村教授は「いつか『その日』は来る。しかしもう少し余裕があると思っていた。アルファ碁の勝利はその日が意外と近いことを示している」と言っている。日本のコンピューター・サイエンスの頂点にいる健さんが「意外と近い」と驚いているのだから、これは大変だ。私らはそんなAI万能世界は見なくて済みそうだからどうでもいいのだが、若い人たちはそれに対する文明論的・思想的準備が出来ているのだろうか。宇宙物理学者のホーキングは「本当に知的なAIが完成したら人類は終わる」と言っていたが、ひょっとすると諸君はその人類の終わりに立ち会うかもしれないのですよ。

image by: Shutterstock.com

 

高野孟のTHE JOURNAL』より一部抜粋
著者/高野孟(ジャーナリスト)
早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。
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