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大隅氏ノーベル賞の一方で…日本の研究者が置かれた苦しい現状

2016年のノーベル生理医学賞を日本人の大隅良典さんが受賞したことは、今年の大きなニュースとなりました。2014年から3年連続でノーベル賞受賞者が出たことは日本にとってとても名誉なことですが、まぐまぐの新サービス「mine」で無料公開中の、「クマムシ博士」こと堀川大樹さんの記事によると、日本の科学研究の状況は、決して明るいものではないようです。堀川さんによると、偉大な発明には莫大な「お金」が必要とのことで、日本の研究者たちが置かれている苦しい現状について明かしています。

ノーベル賞から考える日本の科学研究のゆくえ

2016年のノーベル生理医学賞は大隅良典さんが単独受賞。オートファジー(自食)という生命現象のメカニズム解明が受賞理由です。生物はタンパク質を新しく作る一方で、不要になったタンパク質を分解してリサイクルに回します。

オートファジーという現象はこの一連の分解が起こることを指します。とくに細胞が飢餓状態になるとオートファジーは活発化します。細胞が十分な栄養を取れないと、自分自身を分解してそこから栄養素を得るわけです。

大隅さんは研究がしやすいモデル生物の酵母を使ってオートファジーに関わる遺伝子を次々と特定。オートファジーがどのように起こるのか、そして、どんな生理的意義があるのかを明らかにしてきました。

大隅さんの弟子の水島昇さんは、酵母のオートファジー関連遺伝子がマウスにも存在することを突き止め、体の発生に必須であることを見つけました。また、マウスの神経細胞でオートファジーが正常に働かないと、神経変性疾患になることも明らかにしました。オートファジーのメカニズムを明らかにしていくことで、このような疾患の治療や予防が可能になるかもしれません。

このような流れでオートファジー研究は医学につながり、ノーベル生理医学賞の受賞に至りましたが、もともとは純粋な基礎研究だったわけです。恒例の「その研究は何の役に立つんですか」というマスコミの質問に対しては、大隅さんはこう言っています。役に立つかどうかなんて、あとにならないと分からない、と。

2008年にノーベル化学賞を受賞した下村脩さんのGFPタンパク質も、もともとは「なんでクラゲ光ってんだよ」という純粋な興味で行われたものです。それが今では分子生物学研究にとってなくてはならないものに。

クマムシの環境耐性も、もしかしたら将来的には産業に応用できるようになるかもしれません。でも、僕が研究を始めた動機は、クマムシの能力が格好良いと思ったから。あと、かわいいから。あくまでも純粋な興味が動機なんです。

ある意味で、基礎研究には研究費のバラマキが必要で、リターンは長期的な視点で考えなければならない。

20年ちょっと前、大隅さんがオートファジーの一連の大きな成果を上げる前は、何年も論文を書いていなかった期間があったそうです。短期間での研究成果を要求される現代では、このような研究のやり方は難しいでしょう。ポスドクなんかだと、数年間論文を書いていなければ、次のステップに進むのはとても難しくなります。

ただでさえそんな状況にあるアカデミアですが、追い打ちをかけるように大学の運営費交付金はどんどん減らされています。この12年間ちょっとで1470億円減少

今すでに雇用しているテニュア研究者を解雇したり給与を減らすことはできないので、削減された予算のしわ寄せは、若手研究者の採用見送りという形で現れます。新潟大学では今年度から2年間、新しい教員を採用しない方針です。

僕も在籍していた北海道大学では、退職者の不補充と任期付教員の雇い止めにより、5年後までに人件費の14.4パーセントの人件費(教授だと205人分、助教だと342人分に相当)が削減される計画です。旧帝國大学ですらこの状況

大隅さんはノーベル賞の賞金を若手研究者のために使うことを表明しており、これはとても素晴らしいことです。ただ、当たり前ですが、これだけでは全体の問題解決にはなりません。

オートファジーでは新たな栄養が取れないときに古いタンパク質を分解して再利用しますが、これからの日本の大学などでは新たな人材を取れず、古い人材の再利用もできなくなります。オートファジーが機能しないような状態になるので、栄養をとることなくやせ細っていきます。これは、国家の基礎研究が破壊されていくことに他なりません。

基礎研究や教育は大事なので予算配分をすべきですが、国としても、好きでこのようなひどいことをしているわけではありません。もちろん、予算配分の仕方など、見直すべき点はあるでしょう。しかしながら、根本的にはこの国全体の財政縮小が原因にあるため、ない袖は振れない、というのが実態です。

国に文句を言ってもどうにもならない。研究者が受け身になっていたら、泥舟と一緒にもろとも沈んでしまうだけです。クラウドファンディングの活用の他に、研究者自身が民間企業や富裕層に働きかけ、快くパトロンになってもらう仕組み作りなども必要になるでしょう。国家という枠を超えた資金調達も考えなければなりません。

比較的研究環境の良い国に移ることも手段の一つでしょう。シンガポール、アラブ首長国連邦、中国などに移動する研究者が今後は増えてくるかもしれません。科学研究を実施するのに場所は関係ないのです。研究成果が人類全体に貢献すればそれでよいのですから。

【参考資料】

細胞が自分を食べる オートファジーの謎:水島昇著

大隅氏、基礎研究の危機訴え ノーベル賞金、若手支援に活用

隣のおじさん-大隅良典君(ノーベル生理学・医学賞の受賞を祝して)

北大で教授205名分の人件費削減を提案

国立33大学で定年退職者の補充を凍結

image by:  Shutterstock

 

著者/堀川大樹

慶応義塾大学特任講師。1978年東京都生まれ。2001年からクマムシの研究を続けている。北海道大学で博士号を取得後、NASA宇宙生物学研究所やパリ第五大学でクマムシ研究を実施。有料メールマガジン「むしマガ」も運営。

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