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【書評】なぜソムリエ・田崎真也の表現力は世界で通用するのか

例えば私たちがお客様に自社の商品やサービスを説明する際、きちんと自分の意図したとおりに相手に伝わっているかと問われて思わず考え込んでしまう方も多いかと思います。今回の無料メルマガ『ビジネス発想源』で取り上げられているのは、他人に伝えるのがもっとも難しいとも言われる「味」を表現するプロ、ソムリエの田崎真也氏による著作。ビジネスの現場でも使える「表現力」の磨き方が記された一冊です。

正しい表現力

最近読んだ本の内容からの話。

世界最優秀賞ソムリエコンクールで日本人として初の優勝を遂げ、日本の代表的ソムリエである田崎真也氏は、あるテレビ番組で、脳波を検査する器具をつけられた。脳の働きとテイスティングの関連をテーマに、そのワインのテイスティングをする時の脳波の働きを観察するためである。

すると、一般のワインファンは、嗅覚や味覚の認識を司る右脳が活動していたのに、田崎真也氏は同じワインのテイスティングの時には言語や文字の情報を司る左脳が活発に働いていた。

ソムリエという仕事は、お客様の前で吟遊詩人のごとく、ワインを文学的に表現する仕事ではない。目の前のワインの価値を判断する時に他のワインを開けて飲み比べなくても世界中に存在するたくさんのワインの中でいったいどんな位置付けにあるかを判断する。

世界中のワインの味や香りなどあらゆることを自分の頭の中に蓄積していくためには、自分で感じた感覚を言語化して、自分の頭に記憶していくのである。

そして、それをどんなお客様、どんな国のソムリエの間であろうとも、理解しあえる共通認識の情報で言語化し、他の人がそれを実際に飲まなくても文字だけでどのような味わいであるかを想像できる、そのような言語化が、ソムリエの仕事である。

人によっては意味が通じない、人によって認識している意味が曖昧でズレのあるといった言葉は、用いることができない

例えば日本ではピノ・ノワールの香りを「小梅みたいな香り」という表現があるが、小梅とは梅の品種であり、その生の小梅にはピノ・ノワールに見られる香りはない。正確には「シソにつけた小梅の香り」となるが、この表現は日本人にしか通用せず、海外のワイン関係者たちには通じない。

ソムリエは言葉を自由自在に並べて自分の感じたオリジナルな言葉によって表現しているわけではなく、感覚を相手と共感するために、互いに理解できる言葉で表現しているのである。

テレビ番組のグルメレポーターや雑誌やブログのレビュー記事などを見ると、「美味しさ」を正確に表現できていない、何かを伝えたつもりが何も伝わっていない、という表現が多すぎる、と田崎真也氏は語る。

ステーキやハンバーグを食べた時によく使う、「肉汁がじゅわっと広がる」という表現は、ただ肉汁の量を表しているだけである。不味い汁気が多く出てくることもあるし汁気がなくても美味しい肉もあるから、肝心に肉汁の風味を表現するべきである。

「バターを贅沢に使ったソース」「牛肉がたっぷり入ったコロッケ」などというのも視覚から来たを表しているにすぎない。「プリプリした刺身」「ほくほくのポテトサラダ」などというよく見る表現も、それは触感に基づく擬声語的な表現にすぎない。「ほっこりした味わい」「まったりしたうま味」などというのも、人によって定義が違う言葉で、意味の共有のできていないことばだから、言葉として使えない。

また、「手作りだから美味しい」「厳選した素材を使っているから美味しい」「地元の素材を使うから美味しい」といった表現も、プロセスにすぎないから、美味しさを表す要因にはならない。

日本人は食べ物に関して非常に関心の強い国民ではあるが、食べ物に関しての表現力は、適切な表現例が乏しく表現ベタである、と田崎真也氏は言う。そのような不十分な表現が頻繁に使われ、それを不思議だと思わずに受け入れると、本物の表現力を獲得する妨げになっていく。

五感のセンサーでキャッチした感覚を言葉に置き換えて記憶するというテクニックを身につけると、表現力は抜群に伸びる。そのためには、五感を鍛えていく、つまり物事を多面的多角的に感じる能力を鍛える。

洞察力に優れ、表現力が豊かになっていくと、同時に感受性が豊かになっていって、人の気持ちを察することもできて、相手への気遣いや思いやりも生まれる。その結果、より良い仕事ができて、より有意義な人生を送れるのではないか、と田崎真也氏は述べている。

出典は、最近読んだこの本です。世界的ソムリエ・田崎真也氏の著作。味や魅力を言葉に表す表現力を鍛えるためのヒントが満載。

言葉にして伝える技術
(田崎真也 著/祥伝社)

巷によくある表現」をつい使ってしまうと、本物の表現力が埋没してしまいます。たとえば、「こだわりの材料」とか「厳選した食材」などという表現がそうで、こだわるのはプロとして当たり前、厳選するのはプロとして当然のことです。

本当は、その人なりの強いこだわり過程や卓越した厳選能力があるはずなのに、それを「こだわりの」「厳選した」と言ったために、その辺の「こだわりの」「厳選した」と言い放つ一般レベルになってしまうのです。

「隠れ家的な店」なんていうのもそうで、隠れ家だから何なのか、隠れ家の雰囲気をどうしたいのかが分からないのに、「隠れ家的、って言ったらなんか好かれそう」という感覚で言ってしまっているケースがよくあります。

自分たちのこだわりや考え方を表現するのに、「巷によくある表現」に寄せてしまうことで、巷によくある商品、巷によくある店になってしまいます。

「表現力」というのは、いかに目立つかとか、いかに良いかを表すのではなく、「いかに本当の自分たちを伝えるか」ということです。表現力で売上を伸ばしたいと考えるのではなく、表現力で正しく伝える、と考えるべきです。

本当に良い商品、本当に良い店であれば、正しい「表現力」で伝えれば、それでいいのです。「表現力」で良い商品っぽく、良い店っぽく表わそう、などと考えてしまうから、「巷によくある表現」を研究して使ってしまいます。

正しい「表現力」とは、どのように身につけるのか。

たとえばソムリエやアナウンサーのような、正しい表現力を必要とするプロたちにそのヒントを求めるのもいいかもしれません。

【今日の発想源実践】(実践期限:1日間)

image by: Shutterstock.com

 

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【著者】 弘中勝 【発行周期】 日刊

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