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家畜たちは安堵? 現実味を増してきた「人工肉」の低コスト化

2013年にイギリスで牛の幹細胞を培養した「人工肉バーガー」が発表されたことをご存知でしょうか。当時は人工肉のパティを作るのに32万5千ドルという莫大な金額がかかり、実用化は不可能とされていましたが、メルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』によると、現在は11ドルにまで下がってきているのだとか。著者で早稲田大学教授・生物学者の池田先生は、これが2ドルくらいにまで下がれば実用化されると見ており、そうなれば「人間の食」や「法律」も変わっていくと予見しています。

人工肉は家畜を救う

人類が肉をかなり沢山食べるようになったのは、華奢型のアウストラロピテクス属(アウストラロピテクス属は華奢型と頑丈型に分けられ、後者はパラントロプスという別属にされることも多い)からホモ属に進化したころだと言われている。人類が約700万年前にチンパンジーの系統から分かれて独自の進化を始めてから450万年の間、脳容量が500mlを超えることはなかった。然るに、ホモ属になると脳容量は急激に大きくなった

現在知られるもっとも古いホモ属はホモ・ハビリス(240万年前~140万年前)で、脳容量は約650ml、それより新しいホモ・エレクトス(200万年前~10万年前)の脳容量は1000ml前後である。現生人類(ホモ・サピエンス)は平均1350ml、ネアンデルタール人(ホモ・ネアンデルターレンシス)はそれより大きく平均1450mlである。脳容量の増大と肉食は相関しているが、肉を食べるようになったので、脳が大きくなったのか、脳が大きくなったので、肉を食べる必要が生じたのか。ニワトリが先か、タマゴが先かという話だが、脳が大きくなるためには肉食が不可欠だったことは確かで、時間的には肉食が脳容量の増大に先行したのだろう。もちろんこれは因果関係を示しているわけではない。

脳は組織の50~60%が脂質で形成され、さらにそのうちの30%強が、多価不飽和脂肪酸、特にアラキドン酸とドコサヘキサエン酸で、前者は肉や魚に、後者は魚に多く含まれ、植物にはあまり含まれていないので、大きな脳を維持するためには肉食が不可欠なのである。肉食になって、脳を作る材料を豊富に供給できるという条件の下で、脳を大きくする遺伝的な変化が起きて、脳の巨大化が起こったのであろう。華奢型のアウストラロピテクスであるアウストラロピテクス・ガルヒ(250万年前)は肉食をしていたと考えられているが脳容量は450mlしかないので、肉食が脳の巨大化に先行しただろうことは恐らく間違いない

(中略)

1万年以上前の狩猟採集生活の時代世界人口は500万人から1000万人くらいだったと言われている。人口のキャーリング・キャパシティは調達可能な食物の量によって決まるので、それだけの人口を養える野生動物がいたということだ。狩猟技術が進歩すれば、捕獲できる野生動物の数も多くなるので、野生動物は徐々に狩り尽くされていったろう。マンモスもオオナマケモノも1万年前までには人間に狩り尽くされて絶滅した。人類は肉不足に直面したと思われる。

狩猟採集生活から農耕民への移行は、結果的に食料を増大させ、それに伴って人口も増大した。野生の動物を捕獲するだけでは肉の需要に追い付かなくなったので、人類は農耕と前後して野生動物の家畜化を行った。最も古く家畜化された動物はイヌと考えられている。その時期は定かではないが、少なくとも2.5万年前には家畜化されていたと思われる。イヌは狩猟用またはペットとして利用され、時には食用にもされた。現代の主な食用家畜であるヒツジブタは1万年前に、ウシは8000年前に、ウマは6000年前に家畜化された。ニワトリに関しては諸説あるが1万年前から6000年前には家畜化されたようだ。

これらの家畜は近年になるまで、最終的には人に食べられるにしても、生まれてから死ぬまでの間、人間と共にそれなりに安楽な生活を営むことができた。私が小さい時、自宅ではニワトリを飼っていたが、ニワトリは放し飼いに近い状態で、卵を取られる代わりに餌をもらって、自由に動きまわり、子供の目には楽しそうに見えた。卵を余り産まなくなると父親が捕まえて殺して食べてしまうのだが、ニワトリは自分の運命を知らないわけで、生きている間はニワトリなりに良い生活だったのではないかと思う。それが一変したのは、養鶏や畜産が産業になったからである。家畜を大量飼育して、なるべく安いコストで、食肉や鶏卵を生産するのが善であるという経済至上主義の波に畜産業もまた巻き込まれたのである。

(中略)

多くの人はこれらの家畜の悲惨な運命に思いを致すことはほとんどなく、ステーキやから揚げを食いながら、動物の命を大切に、などと戯けたことを言っているが、動物愛護の観点からは、このようなやり方で、感情も意思もある高等動物を処遇するのは、誉められた話ではないと私は思う。ただ、工業化された畜産業がないと現代社会は成りゆかないので、家畜たちの悲惨な運命に関しては、思考停止せざるをなくなっているのである。奴隷貿易が盛んだったころ、これを推進していたヨーロッパの知識人たちもまた、多くは奴隷たちの悲惨な運命については、思考停止していたのと似たようなものである。奴隷貿易がなければ自分たちの生活が成りゆかなかったからである。

長い前置きだが、ここから本題に入る。最近、ウシの体性幹細胞から細胞培養により筋肉組織を育てて人工肉を作る技術が開発され、ウシを解体しなくても牛肉を食べられるようになったのである。2013年にウシの人工肉が初めて公開されたときは、ハンバーガー用のパティサイズの肉を作るのに32万5千ドルかかったというが、現在は11ドルに下がっているという。価格が2ドルくらいまで下がれば実用化されるだろう。

この技術はウシばかりでなく他の家畜にも応用可能である。さらに、体性幹細胞ではなく、iPS細胞やES細胞を使えば、肉ばかりなく、他の部位も作れそうだから、食材の多様性も確保できそうだ。価格が下がって美味しいということになれば、通常の解体した肉よりもポピュラーになるかもしれない。ほとんどの人が人工肉を食べるようになると、現在の捕鯨反対論者がクジラを殺すなと言うのと同様に、動物愛護団体は解体に関して強い反対運動を起こすに違いない。しばらくすると先進国では家畜を解体することは規制されさらには犯罪になるかもしれない。さて何が起こるだろうか。

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image by: Shutterstock

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