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高齢者は転倒しやすい。現役医師が明かす転倒予防対策のジレンマ

高齢者を悩ます問題のひとつに「転倒事故」があります。医療の現場ではこれを防ぐため、高齢入院患者の動きを抑制する措置がしばしば取られているといいます。しかし、メルマガ『ドクター徳田安春の最新健康医学』の著者で現役医師の徳田先生は、それがさらなる筋力の低下を招き転倒・骨折のリスクを高めるとしています。徳田先生は「むしろ、よく動くようにすることが転倒の予防になる」とした上で、その具体的な方法を記しています。

安静の弊害

立ったり歩いたりする高齢者では転倒という現象をみることがあります。転倒すると大腿骨の骨折などのリスクもあります。でも、だからといって転倒を予防するために立ったり歩いたりすることを高齢者に対して止めさせるとどうなるでしょうか。

高齢者での転倒を予防するために動かないようにさせるのは本末転倒です。転倒の原因はむしろ筋力とバランス能力の低下です。筋肉とバランスはよく動くことによってその能力は維持されます。普段から歩いたり、階段を登ったり、階段を降りたりしている人は転倒のリスクが低いのです。

聖路加国際病院の日野原重明先生は以前から安静の弊害を説いています。病気で数日間ベッド上に安静になるだけで筋肉量は低下します。筋肉量が低下すると、当然筋力も低下します。また骨のカルシウム分も少なくなります。カルシウム分が少なくなると骨折のリスクが高くなります。軽い衝撃でも骨折することがあります。

私が聖路加国際病院に勤務していた当時、日野原先生のアイデアで、入院患者さんのベッドを片付け、入院患者さんの入院着を普段着に着替えていただくという介入研究をやろうとしたことがありました。この研究は先進的なアイデアによるものでしたが、理解されずに実現されませんでした。今振り返って考えてみると、日野原先生の先見の明は凄いものだったと思います。

転倒予防のジレンマ

この問題で医療現場にジレンマが起きています。動くことそのものに転倒のリスクがあると考えられているため、院内での転倒による骨折などの事故を防ぐ目的のために高齢の患者さんが入院したときにはなるべくベッド上から動けないようにする方策が病院現場ではしばしばとられています。

米国ではまた、院内で起きた転倒による追加医療費には医療保険の支払いがなされないというシステムが導入されています。アメリカの病院での入院患者データによると入院中の95%以上の時間がベッド上安静に費やされているとのことです。日本でも多くの病院がベッドアラームなどを導入しています。患者さんがベッドサイドに移動しただけでアラームが鳴ると言うテクノロジーです。

最近、先進国で「病院後症候群」という病態が増えていると指摘されています。病気で入院した高齢者が筋力やバランスの低下によって日常生活動作の能力が喪失してしまうものです。この症候群の要因の1つはベッド上安静である、と専門家は指摘しています。

欧米の研究データによると、病院内での高齢者の転倒はほとんど減っていません。実際、ベッド横にアラームや柵を設置しても転倒のリスクは下がらないといわれています。転倒のリスクが非常に高い高齢者の場合ではある程度やむをえないとも思いますが、リスクの低いもともと元気な高齢者に対して使われた場合に、その患者さん自身の体が拘束されていることによる心理的影響もあります。また、ベッドアラームの設置は頻回のナースコールにつながり病棟看護師のストレスを増加させる要因にもなっています。

突破口はモビリティーにあり

実際はむしろ、よく動くようにするのは転倒の予防になります。病気で入院した高齢者に対して、安静の弊害を予防するために早期からよく動くように早期リハビリを導入するのは大切なのです。転倒予防の突破口は患者モビリティーにあるのです。

ボランティアを活用した入院患者さんに対する介入プログラムで転倒の頻度が減ることも示されました。代表的なものにHELPプログラムというのがあります。ボランティアが交代で患者さんに寄り添い、患者さんとの会話や介助歩行による散歩へ患者さんと一緒に病院内を移動するものです。ボランティアを訓練することにより患者さんの筋力やバランスの能力をアップさせるようなことを施すこともできます。

医療の質を評価する基準も見直すべきと思います。転倒をゼロにするのではなく骨折に至るような転倒を予防することにマインドセットを切り替えるべきです。そのためには患者さんのモビリティーを増加させるような指標を導入すべきです。例えば、1日に何回ベッドから離れてリハビリや散歩をしたかが重要です。ベッドアラームではなく加速度計を患者さんに装着しましょう。転倒予防チームは患者さんモビリティー促進チームに名称を変えるべきかも知れませんね。

 

文献:Brown CJ, Foley KT, Lowman JD Jr, et al. Comparison of posthospitalization function and community mobility in hospital mobility program and usual care patients: a randomized clinical trial. JAMA Intern Med. 2016;176(7):921-927.

 

image by: Shutterstock.com

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