人工知能は、敵なのか、味方なのか…。今回の無料メルマガ『クリエイターへ【日刊デジタルクリエイターズ】』の編集長・柴田忠男さんが紹介されているのは、天才棋士・羽生善治氏がレポーター役として出演した番組の取材後、更に思索を重ねて出版されたという人工知能に関しての一冊です。柴田さんも舌を巻いた羽生氏の「慧眼」とは?
『人工知能の核心』
羽生善治 NHKスペシャル取材班 NHK出版
羽生善治・NHKスペシャル取材班『人工知能の核心』を読む。番組企画は2015年にスタートし、間髪を入れずレポーター役を引き受けた羽生が、アメリカ、イギリス、日本各地を取材班と一緒に飛び回る。あまりに取材へエネルギーを投入したため、本業の対局で負けることもあった。
番組は2016年5月15日に「NHKスペシャル 天使か悪魔か 羽生善治 人工知能を探る」として放送された。羽生は人工知能の進化を肌身で感じており、その進化を人間の新たな可能性を切り拓くものだと肯定的に考える人だったから、様々な論点の核心にズバリ切り込む、考えられる最善のレポーターであった。
「人間VS人工知能」という単純な対立構造を考えるのではなく、人間がさらに可能性を広げるために、人工知能をどう使っていくべきかを探る優れた番組。なんで棋士がテクノロジー革命を考えるんだ? と舐めていてすみません。最前線の取材後に、更に重ねた思索の結果を注ぎ込んだこの本、素晴らしい。
羽生自身には人工知能の専門的な知識があるわけではない。ビッグデータ、ハードウェアの向上、ソフトの発展とくにディープラーニング(深層学習)の台頭などは理解していたが、シンギュラリティ(技術的特異点)について初めて知った時、10%も信じられなかったという。だがこの棋士は前向きの人だった。
彼は人工知能を「仮想敵」とは位置づけない。「人工知能が社会に浸透していくことが確実視される今、セカンドオピニオンとしての人工知能をうまく使いこなすことが、今後ある種のスキルとして問われていくのはほぼ間違いないでしょう」。わたしは人工知能をやっぱり「仮想敵」と見做す旧人類である。
彼は「究極的な意味でクリエイティブなものに結びついていくかというと、中々難しい問題です」とし、人工知能関連の講演や対談時に「人工知能がどれだけ進化を遂げても、ふなっしーを生み出すことはできないのではないか」と話す。人工知能に「こういう可能性もある」と提示させる使い方はよしとする。
企画が立ち上がって取材を進めるうち、アルファ碁が登場した。さらにリサーチを深めると、ディープマインド社デミス・ハサビスは羽生の大ファンであることも分かり、独占取材を許可された。アルファ碁の強さは、アルファ碁同士のとてつもない数の対局をこなして、データを積み重ねた結果であるという。
驚いたことにこの棋士は、自分の言葉で人工知能の核心を文章化している。なみのサイエンスライターでは太刀打ちできない、みごとな出来だ。章末の「レポート」では番組ディレクター・中井暁彦が、羽生の言葉を受けて、客観的な解説や関連題目について補足する。アンチ人工知能な人におすすめ。
編集長 柴田忠男
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