米国育ちで元ANA国際線CA、さらに元ニュースステーションお天気キャスターからの東大大学院進学と、異例のキャリアを持つ健康社会学者の河合薫さんのメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』。今回は、夏休み明けに急増している「子どもの自殺」について。河合さんがアメリカのポスターに書かれた名文を示すとともに、いじめに悩む子どもたちへ送ったエールを送ります。
夏休み明けに子どもの自殺が増えるーーー
昨年、鎌倉市立図書館の公式Twitterで「学校が死ぬほどツラい子は図書館にいらっしゃい」と呟き話題となったことで、この“悲しき事実”が広く知られるようになったものの、残念なことに今年も“悲しみ”が続いています。
報道によれば、東京都内のマンションで私立中3年の女子生徒が飛び降りて死亡。
都内の公衆トイレで、高校3年の男子生徒が死亡。
千葉県では高校1年の男子生徒が電車にはねられ死亡。
いずれも自殺。最低でも3人の若い命が失われてしまいました。
子ども向けに設置された相談窓口では8月下旬から相談が急増し、「学校に行きたくない」と訴える子どもが昨年の2倍ほどいたそうです。
なぜ、こんなにも若い命が失われていくのでしょうか?
先の図書館のTwitterは、アメリカの学校や図書館に貼られているポスターを思い出した女性の司書が発信したものでした。
ポスターには、自分のこめかみに銃をつきつける男の子と、その周りに積み上げられたたくさんの本が描かれています。
そして、そのイラストの下に、
IF YOU FEEL LIKE SHOOTING YOURSELF. DON’T. COME TO THE LIBRARY FOR HELP INSTEAD.
というメッセージが綴られています。
If you feel like shooting yourself, don’t. Come to the library for help instead.
学校なんて世界のすべてじゃないよ。
新学期が人生の終わりじゃない。 pic.twitter.com/fCO2w8sm7Q— t.ko (@tajiko) 2017年8月28日
このメッセージの真意は、「学校だけが正解じゃない」ということ。
学校に行く、友だちをたくさん作る、友だちと仲よくする、学校のお勉強をがんばるーーー、それだけが「人生の正解」ではないよ、と。
図書館にきてごらんよ。ここには図書館の案内役や本のガイド役やら、“キミ”をサポートしてくれる仲間がたくんさんいるよ。
小説、エッセー、伝記、哲学、美術、車、食べ物 etc etc
いろんな世界が、本には描かれているよ。正解はひとつだけじゃない。
キミの大切なもの、楽しいと思えることを一緒に見つけようよ。
「ひとつの正解(学校に行くこと)」に囚われて、居場所を失っている子どもに、「本を読めば世界が広がる」「本を読むといろんな人と触れることができる」とメッセージを送ったのです。
本来、人間は「生きよう」とする動物です。
必死で立ち上がり、何度も転びながら前に歩こうとする。
3カ月微笑と呼ばれる赤ちゃんの愛くるしい笑顔も、人が社会の中で上手く「生きていくため」に、先天的に組み込まれていると考えられています。
ところが、その生きる力を萎えさせるナニかが社会に存在し、子どもを追いつめる。
生きるためにこの世に誕生した“子”が、自ら命を絶たなかければいけない社会は“異常”としかいいようがありません。
リストカットする子どもは誰一人として、最初からそういう子だったわけではない。
会社でストレスがたまった父親は、母親を家庭で怒鳴り散らす。
ストレス社会でイライラした大人たちが、それを子にぶつける。
その結果、子どもは傷つく。誰からも褒められたことがない。
誰からも認められたことがない。
そんな子どもは、自分を肯定することができず、自分は生きている意味がないと、自ら命を断とうとするのです。
数年前、自殺予防のシンポジウムでご一緒させていただいた「夜回り先生」こと水谷修氏はこう訴えていました。
死にたくて死ぬ子はひとりもいません。
子どもの自殺は学校の中だけの問題じゃなく、社会の問題。
「子ども社会は大人の縮図」なのです。
社会を見渡してみれば、「ひとつの正解」が溢れています。
進学も、就職も、結婚も、出産も、出世も、みんなみんな「ひとつの正解」にを求め、走りたくもないのに走らされている。
ちょっとでも「正解」から外れると、負け組だのがんばりが足りないのだの揶揄され、「どうせ俺なんて……」と自己嫌悪に陥っていく。
10人いれば10とおりの価値観や生き方があって然るべきなのに、なんとも不思議なこと。
良い中学、良い高校、良い大学に行き、良い企業に就職するーーー。
学生の「大企業志向の高まり」も、「ひとつしか正解がない」という息苦しさの裏返しなんじゃないでしょうか。
「“正解”を手に入れない自分は、生きている意味がない」という強迫観念が、日本の20代、30代の若者の自殺が「先進国」で突出している背景にあるんじゃないでしょうか。
そして、50代が定年後を不安に思うのは、かつての「正解」のチケットが激減していることを察知する一方で、「ひょっとしたら運良く手に入るかもしれない」とはかない期待にすがっているからじゃないでしょうか。
……まさしく既得権益にしがみつく“ジジイ”。ジジイを量産する社会は、若者(子)が生きづらい社会でもある。そう考えることはできないでしょうか?
《このメルマガの連載が本になりました》
日経プレミアシリーズ『他人をバカにしたがる男たち』河合薫・著(日本経済新聞出版社)850円+税
河合薫さんの最新刊『他人をバカにすることで生きる男たち』が、日本経済新聞出版社より発売されました。本書は、メルマガ「デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』」の人気連載【他人をバカにすることで生きる男たち】を大幅に加筆・修正したもの。連載時代のオリジナル原稿は、メルマガのバックナンバーをご購入いただくと読むことができます。この機会にぜひご登録ください。
(河合薫さんからのメッセージ)『世の男性をいっせいに敵に回しそうなタイトルになっておりますが、内容は「オジさんとオバさんへの応援歌」です。これまでずっと書きたかった自分の専門分野を軸に、職場にはびこる「ジジイの壁」をあばき、知に基づく真の共感を得るべく言葉を綴りました』
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