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安保法案の根拠「中国が日本を侵略する脅威」は本当なのか?

国内はもとより、海外でも大きく報じられた安保法案成立のニュース。その拠り所の1つとなったのは中国脅威論ですが、メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』では、その「脅威の見積もり」がまったくなされなかったと指摘しています。

「安保環境がかつてなく厳しくなっている」とは本当か?

政府の安保法制についての説明は「不十分だ」とする者が78%に達することについて、9月21日付日本経済新聞は「安保法、理解広がらず」という解説記事を掲げ、その中で匿名の政府関係者の次のような発言を引いている。

安保法が必要な理由は中国の台頭など安保環境の変化。[だが]外交的配慮から具体的なことはあまり説明できなかった

図星である。安倍安保法制の出発点は、中国脅威論──中国軍が尖閣を攻め、そこを足がかりに島伝いに日本に侵略を仕掛けてくるという空想的な脅威シナリオにある。それにさらに、中国の東・南シナ海における石油掘削プラットフォームや岩礁を埋め立てての航空基地の建設などの一方的な行動に対する過剰な恐怖感を重ね合わせて、ますます日米同盟を強化し、出来れば豪州やフィリピンとも連携して対中軍事包囲網を作り上げなければならないという妄想に走ることになった。

尖閣防衛それ自体は個別的自衛権の問題だが、仮に中国が本気で攻めてきた場合には到底日本単独で対処できないので、日米安保条約によって米国が日本に対する集団的自衛権を発動して共同で対処して貰わなければならないが、それを確実なものとするには、日本が米国の世界中での戦争に集団的自衛権を発動して支援できるようにしなければ、米国は乗ってこない。また南シナ海で中国の軍事進出に対抗しうるのは米国だけで、その場合、事は日本のシーレーンの安全に直結することなので何もしないという訳には行かず、ここでも集団的自衛権を発動して米軍を助けなければ馬鹿にされる……。

安倍は本音ではそう思い込んでいるのだが、肝心の米国は、尖閣にせよ南シナ海にせよ、軍事力を前面に出して中国と対決するつもりなど毛頭なく、それどころか日本が勇み立って小競り合いでも起こして中国との戦闘に巻き込まれるような事態を強く警戒していて、それを日本として無視することはできない。中国に対しても、まさか外交・経済関係を断ち切って全面戦争に打って出ようとまで思っている訳ではない。そこで安倍は「安全保障環境が厳しさを増す中で……」という抽象的な決り文句を呪文のように繰り返し、その中身を問われても「北朝鮮のミサイル」とか「ホルムズ海峡の機雷封鎖」とか言ってはぐらかし、できるだけ中国の軍事的脅威についてあからさまに語るのを避けてきた

また野党も、議論の前提となるはずの「安全保障環境」のどこがどう悪化しているのか、「中国の台頭」にどういう意味がありリスクが潜むのか、それは本当に軍事力強化によってのみ対処すべき事柄なのかどうかについて、具体的に踏み込んで追及することはなかった。そのため、与野党の双方から安全保障環境、すなわち日本は現在から見通しうる将来にわたって、どのような脅威に直面しているのかという議論は一向に深まらず、そのためにむしろ国民の間ではマスコミが作り出す「何となく中国は怖い」という漠然たる感情が広がり、「安倍のやり方はおかしいけれども、やはり抑止力は必要だ」というような意見が根強く残って払拭できない状態が続いている。

およそすべての防衛論議の第1章は、脅威の見積もりでなければならない。この場合、その中心は「中国の台頭」の評価、次いで「北朝鮮の企図」の見極めである。それを踏まえて、第2章から第9章までは、その脅威を潜在的なものに止めつつ上手に管理して危機を予防するためのあの手この手の平和的・非軍事的な手段の探究に割かれるべきで、それらすべてが不成功に終わったと仮に想定して、第10章で初めて軍事的な備えについて語るのでなければならない。今回の安保論議の根本的な欠陥は、第1章の脅威の評価も、第2章以下の平和的解決の知恵の積み重ねもなしに、いきなり第10章だけを切り離して持ち出してくる剣呑さにあるのであって、野党はその限りで健闘して問題点を浮き彫りにし、国民の理解を深めさせたのであるけれども、この議論全体の歪んだ枠組みを転覆してあるべき姿に戻すまでの力はなかった。

image by: Shutterstock.com

 

 『高野孟のTHE JOURNAL』より一部抜粋

著者/高野孟(ジャーナリスト)
早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。
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